3月の雪の日に | ナノ

さがしもの

「無い、なんで…」

家で一人慌てながら、バッグをひっくり返して中を確かめていく。

家に帰って少しして、課題に取り組もうとバッグから筆箱を取り出そうとしたら、ふと内ポケットにいれていたキーホルダーがなくなっていた。

今日は何となく違うバッグを使おうと、中学以来使っていなかったバッグを持って行っていた。
使う前に拭きあげて綺麗にしたつもりが、内ポケットまで確認してなくて、バイト先で初めて中にあるそれに気付いた。

捨てなきゃ、とずっと思っていたけど捨てられずにいたもの。でも見るたびにあの頃のことを思い出すから……だから、あまり使わないバッグの内ポケットに隠すようにしまっていたキーホルダー。


「……いい機会、なのかも」


探す手を止め、空になったバッグを見下ろす。そうだよ、今までも何度も捨てようとしたものなんだし、それが失くなったところで困ることなんて……でも……


「やっぱり探そう」


あれは特注品で二度と手に入らないし、デザインも凄く気に入っていた。それに、気にしている方が引きずっているみたいじゃないか、と白鳥沢の試合を見たあの日と同じことを考え、気持ちを改める。

カーテンの隙間から見える黒に、時計を確認すれば、日付が変わったばかりだった。流石に今から探しには行けない。明日はちょうど朝番でバイトが入っているから、早めに出て探そう。

私は布団に入ると目を閉じる。そして、瞼の裏に映った人物をかき消すように、失くしたキーホルダーを思い浮かべた。







「無いなぁ…」


早めにバイト先に行くと、ロッカーやバックヤード、店内など、昨日の自分の行動範囲を思い出しながら探す。


「あれ、みょうじさん?まだ出勤時間じゃないよね?」
「あ、お疲れ様です。あの、その事なんですが……」


キーホルダーを探している事を伝えるも、店長は心当たりがないのか、う〜んと唸ったまま。もう店の中は全部探したし、ここには落としてないのかな。

昨日行ったのはバイト先のココと、帰りに寄った中央図書館だけだ。ここに無いってことは図書館で落としたとしか考えられない。

気付けば勤務時間近くとなり、私は気を落としながらロッカーで着替えて店に出た。


「はぁ……」
「どうしたの?そんな大きいため息なんてついちゃってさ」
「! 及川先輩」


不意に掛けられた声に振り向けば、爽やかなミント色の練習着の及川先輩が立っていた。私と目が合うと、先輩はからかうように、ひょっとして恋わずらい?なんて聞いてくる。


「そんなんじゃないですよ」
「なんだ〜残念。もしそうなら、及川さんが協力してあげようと思ったのに」


心底つまらなそうにする及川先輩に、私は笑って流す。なんか、何を言ってもそういう方向に持っていかれそう。


「そういえば、この間体調が悪かったって岩ちゃんから聞いたんだけど……本当?」
「え?えーっと……」
「俺てっきり体調が悪いというより、軽く困惑してるように見えたんだよね。それで君をそうさせてるのは一体何だろうって気になって。だからあの時、引き止めちゃった訳なんだけど……」


違った?と私の顔を覗き込むように聞く先輩だが、その表情は自信に満ちたものだった。一方の私は、言い訳を考えるよりも先に核心を突かれ、頭が真っ白になる。この人は、どうしてこうも鋭いのだろう。


「すみませーん。コピー用紙なくなったみたいですー!」
「は、はーい!すぐに伺いまーす!すみません及川先輩。ちょっと行ってきます」
「あぁ、俺ももう練習に行くから気にせず行って」


及川先輩に会釈すると、私はすぐにお客さんの元に向かった。お客さんの対応をしながら、私は内心ホッと胸をなでおろす。先輩には申し訳ないが、今の私には、先輩のあの心を見透かすような視線が居心地が悪かった。





バイトからの帰り。行きと同じく目を凝らしながら道を歩くも、やはりそれらしきものは落ちていない。
結局バイト先ではキーホルダーは見つからず、今は落とした可能性のあるもう一つの場所、中央図書館に歩を進めていた。


「すみません!」


図書館に入ると真っ先に向かったのはカウンター。館内の落し物は全てここに届けられる。私は貸し出しコーナーいる司書さんにキーホルダーの特徴を伝えて落し物がないか聞いた。


「そのような落し物は届いていませんね」
「そうですか……」


司書さんに確認してもらうも、カウンターには届いてないそうだ。もしかしたら、まだ落とした場所にあるままなのかもしれない。

2階に上がると、真っ先にあの隅にあるテーブルに行った。そして、引き出しの中やテーブルの下、椅子の下、その周辺も探す。だけど、キーホルダーはどこにも見当たらない。


「はぁ…どこで失くしちゃったんだろう」


テーブルを一度離れ、図書館内全ての通路を歩き回って探したけどやはり見つからなかった。他の司書さん達にも聞いたけど、誰も記憶にないそうだ。

それから館内を見て回ったけど、キーホルダーは見つからない。

最後にもう一度、昨日使っていた机の周辺を見てみるが、結果は同じだった。屈んで床を探すの諦め、その場に腰を下ろした。これだけ探しても見つからないなら、もう諦めるしかない。そう思いながらも、まだ諦めきれずにいる自分もいる。

なんで私、こんなに必死に探してるんだろう。見つかったところで、今さら何かが変わる訳じゃないのに。


「何してんの?」
「!」


床に座り込んで途方に暮れてたら、誰かに声を掛けられた。思わず顔を上げたら、そこには紫のジャージを着た見覚えのある人が立っていた。


2019.06.17 
On a snowy day of March


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