3月の雪の日に | ナノ

遠い空

夏休みに入って、早くも10日が経った。
帰宅部の私は、部活動生のように学校に行く理由などなく、予定のない日はほぼバイトを入れていた。長期休暇に入ったからか、新しい学生バイトが数人ほど増え、その人達に業務を教える仕事に追われている。

「よぉ」

新しく入った子に仕事を教えていたら、岩泉先輩がジャージ姿でレジの前に立っていた。私は、お疲れ様です、と挨拶する。

「あれ?今日1人ですか?」
「あぁ。及川達は部室で練習試合のビデオ見てる」

岩泉先輩は、その試合のビデオを先にチェックしていたらしく、一足先に昼食を買いに来たとの事。それにしても先輩が1人で来るなんて珍しい。及川先輩がふらっと1人で来る日はよくあるけど。

「この間は悪かったな」
「この間?」
「日曜、体調悪かったんだろ?なのに、及川の奴が無理に引き止めちまって」

日曜といえば及川先輩に誘われて試合を見に行った日だ。白鳥沢の思いもよらぬ登場に、瀬見さんのスタメン落ちに呆気に取られた事を思い出す。先輩は私がボーっとしていたのが、体調が悪かったからだと思っているみたいだ。

「いえいえ!気にしないで下さい。私が好きで残ったんですから」

間違って解釈されている事を敢えて訂正はしなかった。隣でレジ誤差チェックをしている新人の子の状況を横目で確認しつつ、話を続ける。

「次、またふざけたこと言ったら鉄拳食らわせるから」
「ふふ、ありがとうございます」

鉄拳を繰り出すジェスチャーをする彼に、お願いします、と笑って返した。

「それじゃ、そろそろ行くわ」
「はい。また来て下さいね!」

弁当とスポーツドリンクを買うと、岩泉先輩は店を出て行った。後輩でもない私を時折気に掛けてくれる岩泉先輩。きっと学校でも部活でも後輩から慕われてる人なんだろうなぁと考えていると、ふと、ある人の顔が頭に浮かぶ。その人も後輩を可愛がり、よく面倒を見ている人だった。

「みょうじさん、確認をお願いします」
「はーい」

新人の子に声に現実に引き戻された私は、レジのカウンターに綺麗に並べられた紙幣や硬貨を数え始めた。







「久しぶりだなぁ…」

久々に来たその場所は、以前と変わらず広い上に内装は綺麗なままで、思わず入口付近で立ち止まって館内を見渡す。

15時過ぎにバイトを上がった私は、帰りがけにここ、中央図書館に来ていた。夏休みの課題に…と借りたかった資料が学校の図書館にはなく、調べてもらうと、近くではこの中央図書館にしか置いていないとの事で、あまり気が進まなかったが課題の為だと重い腰を上げた。

「取り敢えず席を探そう」

勉強スペースが広く取られている2階に移動する。

中央図書館は白鳥沢学園から近く、前に利用していた時も白鳥沢の生徒をよく見掛けていた。今現在、机に向かって勉強している人達も、恐らくその殆どが白鳥沢の生徒だろう。無意識に彼らの顔を確認している事に気付き、慌てて本棚の方を向いた。高等部に進まないと決めた時から、ここには一度も足を運んでいなかった。

「あの席は…」

資料を探すのに館内を歩いていると、前に私がいつも座っていた2人掛けの四角いテーブルを見つけた。いわゆる特等席というやつだ。2階の一番奥にあり、空間の角の部分に位置しているそのテーブルは、本棚に隠れるようにぽつんと1つだけ離れた場所にある。滅多に人が来ないから勉強や読書に集中できて気に入っていた。

久しぶりにその机に着くと、懐かしさのあまり笑みがこぼれる。1人の時はよくここで暇つぶしてたなぁ。勉強もだけど、パソコンでネットサーフィンしたり、寝てたり。

「…白布君、白鳥沢受かってて良かった」

特等席の存在に、数日前の白鳥沢の練習試合を思い出す。瀬見さんの代わりに誰がセッターをつとめているのか…コートに入ったメンバーの中で真っ先に確認したのがセッターで、そのセッターというのが白布君だった。

白布君とはここで知り合い、一緒にこのテーブルで勉強したりしていた。彼は、白鳥沢でバレーがしたいと必死に勉強をしていた。3年の冬休みから私が図書館に行かなくなった事により縁が切れてしまったが、彼の念願が叶ったのを知って嬉しく思う。と同時に、何も言わずに彼の前から姿を消した事に、申し訳なさも感じる。

最初は太一に連絡先を聞こうかな、と思った。だけど、順調に自分の道を進んでいる白布君の中で、私はもうとっくに過去の人間になっているだろう。あれからもうすぐ2年が経とうとしているのだ。下手したら忘れられているかもしれない。そう考えると、連絡先を聞くのはどこか躊躇われた。

私は席を立つと、近くにある窓から外を見る。
見えた先に広がっていたのは、雲一つない、真っ青な空だった。



2018.10.31
On a snowy day of March

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