3月の雪の日に | ナノ

変わったこと

『バイトが休みの時でいいからさ。また試合見に来てよ』


前に及川先輩から試合観戦に誘われた事もあり、バイトが休みの今日、私は仙台市体育館に来ていた。

今回の練習試合の相手は他県の強豪校らしく、去年のIHで全国ベスト16に入っていた高校らしい。
元々その高校は、宮城の他の高校に呼ばれて宮城に来ていたらしいが、青城の監督が無理を承知の上で頼み込んで、試合ができるようになったようだ。

「及川く〜ん!」
「頑張れー!」

相変わらず及川先輩への黄色い声援が多い中、1セット目は相手高校に流れを渡すことなく青城がセット先取。しかし、相手高校が2セット目から試合に入れるメンバーをガラリと変えてからは、なかなか点を取らせてもらえなくなった。

「集合!」

及川先輩の号令に、青城のメンバーが監督の周りに集まる。試合結果は2-1で相手高校の勝ち。青城の監督は、良い経験になった、と選手に声を掛けているけど、本人達は悔しそうに下を向いたり唇を噛み締めている。

選手がそれほどまでに悔しがっている理由の察しはつく。相手高校の1セット目のメンバーは、たぶんレギュラーじゃなかった。それが青城にナメてかかったことなのか様子見なのか…はたまた相手側の選手に経験を積ませる為なのか…。それは分からないけど、最初から全力で戦っていた青城からしたら悔しいことこの上ないはず。

「…今日は帰るかな」

いつもなら試合後、一言声を掛けて帰るけど、今日は何も言わない方がいいのかもしれない。そう思い、青城を応援に来てた人達とともに観戦席から離れようとした時、紫のジャージを着た人達が体育館に入ってきた。彼らとはまだ距離があり、背丈より少し低い手すりから、身を乗り出して1階を覗き込む。

控えの選手達なのか、ボールを拭いたり、ベンチの椅子を持って行き来している。ジャージの後ろに書かれた文字はよく見えない。でも、あのジャージどこかで…

「なんでわざわざ敵チームの試合を見なきゃいけないのさ…って、なまえちゃんだ!」
「あ、お疲れ様です」

2階から紫のジャージの人達を見ていたら、階段側からこちらに向かって歩いて来る及川先輩達に気付いた。見れば、青城のレギュラーの人達も彼の後ろを歩いて来る。みんなスポーツバッグを持っているし、何をしに2階に来たのだろう。というか敵チーム≠チて?

「お前も見ていくのか?あいつらの試合」
「あいつら?あの紫のジャージの人達のことですか?」
「そうそう、白鳥沢」

白鳥沢と聞いて、バッという効果音がつきそうな速さで反射的に手すりから離れた。どうかしたか?と不思議そうに聞いてくる岩泉先輩に、何でもないです、と出来る限り平然を装って返した。

「私、そろそろ帰ります」
「え、見て帰らないの?前にバレーの試合見るの好きって言ってなかった?」
「褒めたかないけど、白鳥沢と他県の強豪校との試合は結構見ごたえあると思うよ。ま、俺らの場合は、白鳥沢対策の参考のために観戦するんだけどな」

そう促す松川先輩と花巻先輩にすみません、と謝り、階段に向かおうとした。…が、誰かに手首を掴まれた。

「まあまあ、そう急がずにさ。見ていけばいいじゃん」
「いや、でも…」
「それとも何かここに残りたくない理由でもあるの?」

掴まれた手首に僅かながら力が入るのを感じる。及川先輩はわざとらしいくらいにニコニコしていた。青城の試合を見て、前から勘付いてはいたけど…及川先輩は人をよく見ている。

「そんな大層な理由は無いですよ!ただ、青城の試合終わったから帰ろうと思っただけです」

明るく、でも不自然にならないように、いつものように笑いながら返事をする。

「じゃあなまえちゃん残ってくれるんだね!」

満足したのか、観客席に座った及川先輩は鼻歌を歌っている。

「おい、クソ川!」
「岩泉先輩」

眉間にしわを寄せ、こちらを向く岩泉先輩に、私は首を横に振った。彼の言いたい事は分かる。でも、帰ろうと意固地になっている時、ふと思った。意固地になっている方が、あの一件をまだ引きずっていると証明しているようなものではないか、と。

「俺は立って見るけど、お前どうする?」
「私も立って見ます」

あまり白鳥沢から近い距離で試合を見たくなかったけど、それより今は、勘の鋭い及川先輩の近くにいたくなかった。

「えー、及川さんの隣においでよー」
「代わりに俺らが座ってやるから」
「野郎が隣に座っても嬉しくないんだけど」

花巻先輩と松川先輩は、両サイドから及川先輩の肩に同じタイミングで手を置く。及川先輩はその2つの手を振り払った。手すりに両腕を乗せている岩泉先輩の隣に立つと、私はウォーミングアップ中の二校を見る。

今はレギュラーやベンチ入りした人達だけ練習しているのか、どちらのチームも殆どが球拾いに回っている。

「あ、太一だ」
「知り合いか?」
「はい、幼馴染なんです。あの紫の方の12番です」

太一を指差して岩泉先輩に教えていたら、
何を思ってか、太一が振り返ったから目が合った。
彼が目を丸くしたまま固まっていると、隣にいた3番の人…瀬見さんに何か言われてコートの方に向き直った。久々に見た瀬見さんは最後に話したあの頃と何も変わってないように見えた。…のに、

「そろそろ試合始めましょうか。鷲匠先生」
「そうだな」

向こうの監督の審判の元、二校はそれぞれコートの端に並ぶ。

「え?」

コートに入ったメンバーを見て、一瞬思考が止まった。瀬見さんが…控えに回ってる。さっきの練習を見ていても怪我や故障をしているようには見えなかった。他の人に経験を積ませる為に代わりに抜けてる…とか?だけど、春高の代表決定戦が近いこの大事な時期に?

「白鳥沢は…いつもあのメンバーなんですか?」
「去年の秋くらいからじゃねーか?」
「そう、ですか」

試合が始まると、ウシワカもっと悔しそうにしろー!とか、天童ウゼェ!とか、後ろから及川先輩達が白鳥沢を野次っている声が聞こえていた気がするけど、肝心の試合内容はほとんど頭に入ってこなかった。

「大丈夫か?」

岩泉先輩に何度かそう聞かれた気もするけど、瀬見さんのスタメン落ち≠ニいう事実があまりにも衝撃すぎて、私はただ短く相槌を打つ事しか出来なかった。



2018.10.14
On a snowy day of March


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