3月の雪の日に | ナノ

幼馴染

夏休み。宮城の夏休みは短い。1ヶ月あるかないかだ。でもその分、夏休みの課題も少ないから悪いことばかりではない。

「やっと世界史終わったー」

イスの背もたれに寄りかかるとグーッと伸びをする。時計を見れば午後8時をまわったところだった。もうこんな時間か。 課題を早く終わらせたい一心で取り組んでいた為に、時間なんて全く意識していなかった。思えば昼におにぎりを食べて以降、何も口にしてない。

「何か適当に作って食べるか。どうせ1人だし」

部屋を出て、キッチンに行けば、カウンターの端に置いてある家族写真が目に入った。十年近く前に撮った写真だ。小さい頃から両親は共働きで家を空けることが多かった。私が中学に上がる年、父の転勤が決まり、今も他県に単身赴任したままだった。

ピーンポーンー

突然鳴ったインターフォンに、ふと我に返る。そして、玄関の扉を開けると、外にはラフな部屋着に着替えた幼馴染が立っていた。彼は私の顔を見るなり、いたずらな笑みを浮かべる。

「そろそろ俺に会いたくなる頃かなーって」
「またそんなこと言って…どうせ今日もおばさんから逃げてきたんでしょ」

そう言うと、ギクリとした様子で固まる太一。彼は昔から、私が1人で寂しそうにしてたから、とか、退屈してただろうから、とか私を気遣うようなもっともらしい理由をつけてはうちに逃げてくる。案の定、今日は勉強しろと言ってくるおばさんから逃げてきたらしい。

「あー腹減ったなー」
「ご飯食べてないの?」
「部活から帰ってくるなり勉強勉強言われたからな」

お腹をおさえて大袈裟に空腹をアピールしてくる太一を家にあげると、そのままリビングに通した。

太一とは幼稚園の頃からの幼馴染。彼の家は私の家の向かいにある。近所にお互い以外に同年代の子どもがいなかったこともあって、仲良くなるのに時間は掛からなかった。
キッチンに戻ると、用意していたチャーハンの素をしまい、冷蔵庫の中にある物を確認する。

「今からの時間だと簡単な物しか作れないけど、何か食べたい物とかある?」
「すきやき」
「却下。具が足りない」
「えー」

野菜はあるが、残念ながら今の我が家には牛肉がない。太一にはすきやきを諦めてもらい、無難に野菜だけカレーを作ることにした。未だに本人は口を尖らせて不満げだけど、気づかないフリをして野菜を切る。

「いつも言ってるけど、シャワー浴びたなら髪くらい乾かして来ないと風邪ひくよ?」

部活から帰るとシャワーだけ浴びて、うちに来たのだろう。今日も太一の髪は濡れている。彼の悪い癖だ。いつもお風呂やシャワーを浴びた後、めんどくさがって髪を乾かさない。

「めんどくさい」
「めんどくさい、じゃない」
「拭いて〜」
「子どもじゃないんだから…ほら、タオル」

野菜を煮詰めている鍋に蓋をし、脱衣所からフェイスタオルを持ってきて太一に投げつけた。勢いよく投げたというのに、彼は軽々とそれを片手でキャッチする。

「もしかして、それで全力?」

そう挑発されたのがまた悔しくて、投げたばかりのタオルを太一から引っ張り取り、乱暴に彼の髪をタオルで拭く。

「お客様〜お痒いところはございませんか〜」
「痒いどころか痛…痛たたたた!ホントやめろって!」

抵抗されて仕方なく髪を拭くのをやめる。痛みでソファーに倒れ込む太一の上にポイッとタオルを投げた後に再びキッチンに向かう。いい感じに野菜が煮えているのを確認すると、ルーを加えた。

「…怪力女」
「なんだって?」
「美少女のカレーが食べられて幸せデス」
「またそんな見え透いた嘘を」

出来たカレーをテーブルに持って行きながら、いつもの調子でボケてくる太一を軽く流す。バレーの試合で見せる真剣な表情とは打って変わり、普段はよくボケをかましてくる太一。でも、不思議と一緒にいて疲れを感じたことはない。それどころか、逆にそんな太一に私は何度も救われてきた。話してる内に、気付けば彼のペースに巻き込まれていて、悩んだり落ち込んでいた事がバカバカしく思えてくるのがいつものオチ。

「あ、そうだ。もうすぐ春高の一次予選らしいね」

太一が通う白鳥沢は、いわずもがなIH予選で県ベスト8に入っているから一次予選には出ない。

「今年は変わった攻撃をしてくる学校があるらしいね。確か烏野?だっけ」

及川先輩達経由でチラホラ他校の話を聞く。でも、彼らがやたら白鳥沢を敵視しているせいか、白鳥沢の話題はあまり出てこなかった。

「そういや、初めてトーナメント表で烏野の文字を見た時にトリノって読んだら、近くにいた見ず知らずのオッサンに凄い形相でキレられた」
「それ絶対烏野の応援に来てた人だよね」

久々に太一から部活の話を聞いた。中等部での一件以来、太一は自分から部活の話をしなくなっていた。それに、彼のジャージ姿を見たことがない。多分わざわざ着替えて来てくれてるんだと思う。改めて気を遣わせてしまっていることに申し訳なく思う。

少しの間、カツカツとお互いがカレーを食べ進める音だけがリビングに響く。私は空になったお皿にスプーンを置いた。

「…太一、今度すきやき食べに行こうか」

私のおごりで、と付け加えれば、彼は目を丸くした後、直ぐに普段通りの無表情で親指を立てた。



2018.10.08 
On a snowy day of March

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