短編 | ナノ

恋の加入者

私には好きな人が居る。その人はバレー部のエース。3年間、クラスこそは一緒になった事はないが、試合の応援に毎回必ず行っているせいか、顔は覚えてもらったみたいだ。

「岩泉君頑張ってー!」
「おう!」

彼は私の声援に気付くと必ず手を振って応えてくれる。それがたまらなく嬉しくて、ニヤけつつ手を振り返す。あぁ、幸せだ。完全なる片思いだけど幸せ。しかしながら、この私の幸せを毎回ぶち壊してくれる奴がいる。

練習試合が終わり、応援していた人が次々と引いていく。本当は岩泉君にスポドリとかタオルとかを差し入れてから帰りたいところだが、とある人物のせいで、その行為は禁止になっていた。聞くところに寄れば、その人物に差し入れしようとしたファン同士が揉めて、大騒ぎになったことがあるらしい。

「ほんと迷惑な話」
「何が迷惑な話?」
「げっ!!」

一人ぶつくさ文句を言いながら体育館前の廊下を歩いていたら、よりによって一番会いたくない奴と遭遇した。あーもうっ!なんで岩泉君じゃなくてこいつなんだ!

「人の顔見るなり失礼だな!」
「率直な反応をして何が悪い!」
「あれれ〜?そんな口利いてもいいのかな〜?」

岩ちゃんに言っちゃうぞっ!なんて可愛らしく言われ、イラッときたが、まともに相手をしていたらキリが無いと思い諦めた。

そう、私の幸せをぶち壊す奴というのはこいつこと及川だ。岩泉君と話してると絶対に邪魔してくる。最近では私の姿を見るなり何かと絡んでくる。

「いっつもパンツだよね〜。もう少し女の子らしい格好できないの?」

今みたいな余計な一言を放ちながら。

「私がどんな格好してようが及川には関係無いでしょ」
「そうかな?俺と岩ちゃんは幼馴染だよ?岩ちゃんの好みは俺が一番知ってると思うけど〜」

好み≠ニいうフレーズに、つい反応してしまい、帰ろうと踏み出した足を止める。いかん、このままでは及川の思うツボだ。

こうやっていつも岩泉君の話を持ち出されるが、毎度うまくかわされて、一度だって彼のことを教えてもらったことはなかった。今回も及川は岩泉君について教えるつもりはないのだろう。

止まった足を再び動かし、及川の横を通り過ぎた時、後ろからまた声を掛けられた。岩泉君に会えない以上、ここにいても仕方ないから早く帰りたいというのに何だというのだ。

「今日は及川さん気分が良いから、特別に岩ちゃんのこと教えてあげる!」
「!?」

バッと凄い勢いで振り向けば、及川は得意げな顔をして、私に手招きをする。この距離でも十分会話ができるというのに。…本当に教えてくれるとか?

期待しつつも、しぶしぶ及川の目の前まで行くと、彼はそれに満足したのか、手招きを止めて、岩ちゃんの好みは…と小声で言いながら私の耳元に顔を近づける。

「岩ちゃんの好みは…」
「好みは…?」

私は耳に全神経を集中させ、聞き逃すまいとする。けど、及川は何故か何も言わずに、私から数歩離れる。その顔には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
…はっ!さてはまた…!

「やっぱり教えなーい」
「ふざけんなっ!」
「騙される方が悪いんだよ〜。ベーッ」

舌を出して、挑発してくる及川に先ほど以上の苛立ちを覚える。なんでこんな奴がモテるのか分からない。
あ、そういえば、前にクラスの女子に及川の事を話したらかなり驚かれたんだったな。及川君は優しいからそんな事言うはずがない、って。ということは、及川は私にだけこういう態度を取っている事になる。そんなにも幼馴染の岩泉君を好きな私が気に食わないのか。

「おい、クソ川!こんなところで何モタモタし… 」

私を騙せて上機嫌に鼻歌を歌う及川を無言で睨んでいたら、とつぜん体育館のドアが開いた。そこから怒鳴りながら顔を出したのは岩泉君で、彼は私に気付くと驚いたのか、不自然なところで言葉を切る。今日は会えないと思ってたのに…!今日ばかりは絡んできた及川に感謝した。

「てめぇ!またみょうじに絡んでやがったのか!」
「違うよ!なまえちゃんが岩ちゃんの、」
「あーあーあー!岩泉君、何でもないから!」

及川の言葉を必死に遮り、練習に戻るように促す。そして、もう一度及川の方をギロリと見た。まったく、一番タチが悪い奴に秘密を知られたものだ。

「いつも悪いなみょうじ。こいつのことは無視して帰っていいからよ」
「うん!また来るね!」
「もう来んなバーカ!」

いや、貴方の応援に来たわけじゃないです、と及川の最後の言葉にカチンと来たが、岩泉君が代わりに殴ってくれたので良しとした。

「岩泉〜」

及川を体育館に連れ戻そうとする岩泉君と、それに抵抗する及川が揉めていると、体育館から岩泉君を呼ぶ声がした。彼は及川を一睨みし、パッと手を離す。どうやら及川を連れ戻すよりも、自分を呼んだ人の方を優先するみたいだ。

「練習頑張ってね!応援してる!」
「おぉ、サンキュ!」

この場を去ろうとする岩泉君に、私は咄嗟に声を掛けたら、彼は凄く嬉しそうに返事をしてくれた。その様子に、彼女じゃないけど彼女になったかのような錯覚に襲われ、また口元が勝手に緩んでいく。

「ねえ」

体育館の方を見て幸福感に浸っていたが、後ろから掛けられた声に、ハッと我に返った。…しまった。まだ及川が居たんだった。完全ににやけてるの見られた。絶対何か言われる!

「な、何」

バツの悪さと、またからかわれるのではないかという警戒から、及川から顔を背けて答える。でも、私の問いに対し、返事がない。不思議に思って及川の方を見たら、さっきとは打って変わり、不機嫌そうな顔をしている。

「君って、ほんと岩ちゃんのこと好きなんだね」

への字になっている口から、当たり前過ぎる話が出てきて、目が点になる。なんで今さらそんな分かりきったようなことを聞いてくるのか…

「当たり前でしょ。好きじゃなかったらわざわざ応援に来ないし」

そう言えば、心なしかさっきよりも及川の顔に不機嫌さが増したように見えた。私、何か及川の気に障るようなこと言った?ただ岩泉君が好きって話しかしてないよね?…もしかして、純粋にバレーの試合観戦に来てないことに怒ってる?でも、それを言うなら、及川を見に来る為だけに応援に来ている女子も少なくないはず。

「ふーん、なまえちゃんの目には岩ちゃんしか写ってないわけか」
「さっきから何なの?」

ハッキリと言わない及川にいつもとは違った苛立ちを覚える。いつもみたいにふざけてる感じじゃないから、余計に及川が何を言いたいのかが全く分からない。

「おいか、」
「たまにはさ」

数秒の沈黙に気まずさを感じ、口を開こうとしたら、それを遮るように言葉を被せられる。

「俺のことも見てよ」

及川はそれだけを言うと、私の返事も聞かずに体育館に戻って行った。普段はあまり見せない真剣だった及川の表情に、その言葉がとても冗談とは思えず、私はいっときの間、ボーっとその場に立ち尽くすことしかできなかった。



2015.06.04〜



お題:静夜のワルツ 様より

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