Elapsed time | ナノ

Even though it's different in shape

6年ぶりに受けた高校の授業は、聞いているだけでも私を疲れさせるのに十分なもので。

「休み明けの5限長かったー」
「帰ろ帰ろー」

5限で授業が終わったにも関わらず、帰りのHRが終わると、張り詰めていた糸が緩んだかのように、どっと疲れを感じた。帰ってもすることといえば勉強か本を読むくらいだし、学校で少し休んでから帰ろうかな。

「なまえー!」

運良く窓辺の席にだった事から、ボーッと空を眺めていたら、実紅が鞄を持ってすごい勢いで飛んできた。その勢いにビックリして身震いをしたが、当の本人はそんなことなどお構いなしに、早く帰ろうと私に帰る支度をするよう促す。

「そういえば急だけど、今から空いてる?」

実紅はスマホの画面をこちらに向ける。画面にはファーストフード店の割引クーポンとそのバーコードが表示されている。たぶん会員登録した人だけに提供される割引券だ。

「これ明日までなんだ!でも1人じゃ気が引けて行けなくて…」

その誘いを聞いた時、1人、というワードに疑問を持った。ここ2日の間、実紅が私以外にも親しく話してる人間は何人もいた。それはあの及川君さえも例外じゃなくて。それだけ顔が広い彼女なら、放課後付き合う人なんて幾らでもいそうなのに…

「一緒にどうかなって思ったんだけど…。あ!もちろんなまえも私のクーポン使えるようにするよ!いくつか種類あるし!」

黙ったまま余計な思考を巡らせていた私に、彼女は一生懸命、出掛けようと誘ってくる。いつの間にかファーストフードの話からゲームセンターの話になっていた。食べ終わったらゲームセンターにプリクラを撮りに行きたいと目を輝かせている。

さっきの実紅の言葉が引っ掛かりはしたものの、私は誘いを受けることにした。





「美味しかったね〜」
「うん。クーポン券ありがとう」
「ううん!これくらい全然!」

飲み物を飲みながら歩く実紅の横で、周りの景色を見渡す。建物で囲まれたこの道には、色んな店が立ち並んでいる。

あれから学校の帰りに向かったのは、仙台市にあるファーストフード店だった。最初に仙台に向かうと聞いた時は、どうしてわざわざそんな遠くまで出て行く必要があるのか、と不思議に思った。ファーストフード店なら学校の近くにもあるし。でも、その謎はすぐに解けた。実紅は仙台に行ってみたいお店があったらしい。

「ここ前から来てみたかったんだ!」
「そうなんだ」

実紅に連れられて来たのはビルの1階に入っている洋服屋だった。何処を見渡しても可愛らしい服ばかり。おそらく可愛さを主にしたブランドなのだろう。

彼女が試着室に入っている間に、近くにあるワンピースを手に取ってみる。…可愛い。このワンピースはここのお店の中じゃシンプルで控えめな部類に入るんだろうけど、それでも私には似合う気がしない。
何気に洋服の内側に付いていたタグを見たら、予想を上回る金額が提示されていて、慌てて元の場所に戻す。ポンと簡単に出せる金額じゃない。

「お待たせー!さっきのと今のどっちがいいと思うー?」
「うーん…私は今の方がいいと思うけど…着るのは実紅なんだし実紅の好きな、」
「じゃあこれ買う!」

私の話を最後まで聞かずに、実紅は試着室で着替えると、すぐに会計に行ってしまった。あまりにも即決だった為に心配になり、私も急いで会計場所まで実紅を追いかける。参考までに聞いたかと思って、あまり深く考えずに答えたことを今になって後悔した。

「本当にそれで良かったの?」
「え?なんでそんなこと聞くの?」
「いや、だって…」

話しながらも彼女はお金を支払う動作を止めない。そしてとうとう会計が終わってしまった。パッと目に入った支払い金額は、私が先ほど見ていたワンピースの倍以上の金額だった。そういえば実紅の家はお金持ちで両親ともに社長。そして豪邸みたいな家に住んでいると高校時代に友達づて聞いた事があった。

成り行きとはいえ、私とはタイプの全く違う彼女と友達になれたのは嬉しかった。でも、住んでいる世界はあまりにも違い過ぎるとも感じたのもまた事実だった。

「あれ…携帯がない!試着室に忘れてきたかも!」

お店から出て数歩のところで、実紅が立ち止まる。私も一緒に探そうと店に戻ろうとしたが、彼女に止められ、この場で待つことになった。

ふと横を見ると高校時代によく友達と行っていた大きな本屋が目に入る。

「懐かしいな…」

この時から6年後の現在は改築して綺麗になっている本屋。だが、いま目の前にある本屋はまだ改築作業すら始まっていない。

「やっぱりここでは発売されてたね!」
「うん!地元の本屋に無かった時はガッカリしたけど、ここまで買いに来て良かったぁ」

本屋を見て懐かしんでいたら、中から2人のクラスメイトが出てきた。6年前のこの世界に来てから2日しか経ってないけど、彼女達の顔はハッキリと覚えていた。クラスで一番仲が良かった2人だからだ。新学期3日目に本を読んでいた私に咲良が声を掛けてくれたのが始まりだった。

新学期3日目とはまさに今日の事だが、実紅といたという本来の過去とは違い、友達になっているはずだった咲良達とは一言も話せていない。

「…あ」

視線を感じたからなのか偶然なのかは分からないが、由香は私に気づくと声を漏らした。その声に咲良もこちらを見る。2人とも私と同じで人見知りだからか、私に気づきはしたものの、何と話し掛ければいいのか分からない様子で、顔を見合わせている。けれど、無視はできないようで、気まずい空気を醸し出しつつも、その場から離れようとはしない。

「…それ、新刊だよね」

咲良が手に持っていた剥き出しの文庫本を見ながら言った。私の人見知りが治った訳ではないが、彼女達の性格を知っているせいか、あまり緊張せずに話し掛けることができた。2人は一瞬驚いた顔をしたが、返事をしてくれる。

「みょうじさん、この作家さん知ってるの?」
「うん。私もその作家さんの本すごく好き」
「そうなんだ!」

作家さんの話をすると2人の表情がパッと明るくなる。共通の話題が出来たことにより、一気に会話に花が咲く。過去とはきっかけこそは違ったが、ちゃんと出会った。もしかしたら、本来の過去とは多少違う行動をしても、自分と関わりを持つ人間は変わらないのかもしれない。

咲良達と話していたら、携帯を探しに行っていた実紅が戻って来た。

「なまえ〜やっぱり試着室に携帯あったー!って、誰と話してるの?」
「えっと、クラスメイトの、」
「みょうじさん!私達そろそろ帰るね!」

戻ってきた実紅を見るや否や、咲良達は何故だかバタバタと帰って行ってしまった。唖然とする私に、実紅は特に気にする様子も無く、次の行き先を提案し始める。

「お揃いの物が欲しいなぁ…そーだ!雑貨屋に行こうよ!」
「え、プリクラはいいの?」
「あ゛!すっかり忘れてた!」

そうは言いつつも、気持ちは変わらないようで雑貨屋に行きたがる実紅に合わせて近くの雑貨屋に向かう。とはいっても、この辺の雑貨屋なんて全く知らないから、私は実紅の後ろをついて行くしかないのだが。

「え!うそ!」
「どうしたの?」

雑貨屋に向かう途中、携帯を見ていた実紅が突如そんな声を上げた。何事かと思い、彼女の方を見る。彼女は辺りをキョロキョロ見渡すと、また何か見つけたみたいに声を上げる。

「道の向こうに私達が見える、って及川くんから連絡が……あ!いた!」
「!!」

実紅は片道3車線もある大きな車道の向こうを指差した。

偶然にも及川君もこの辺に来ていたらしく、私達の姿を見つけて実紅に連絡したらしい。2人で目を凝らしながら及川君らしき人を探せば、数人の集団の中から、こちらに手を振る及川君が確かにいた。彼も彼と歩く人達もジャージだ。部活の人達なのかな。

「おーいっ!」

聞こえるはずもないのに、声を上げて嬉しそうに手を振る実紅。手を振るか振るまいか悩んでいたら、実紅に片手を掴まれ、勝手に手を振るような動作をさせられた。

恥ずかしさに耐え兼ね、実紅に手を離すように頼むと、彼女はすんなりと私から手を離した。

「も〜、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにー」
「だ、だって…」

恥ずかしさのあまり、及川君達から一度は目を逸らしたものの、再び彼の方を見ると目が合ったのが分かった。笑顔でピースサインをされ、私は無視できずに遠慮がちに小さく手を振った。

「ムッ!2人して私は無視ー?!」

隣で頬を膨らませる実紅をなだめながらも、私の頭は及川君の笑顔でいっぱいだった。



2015.06.12
Elapsed time

prev | bkm | next
8

TOP