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Unexpected deployment

「朝練マジ辛いわー」
「インハイ予選終わるまでの辛抱だって。どうせ俺らがインハイなんか行けるわけねぇんだから」

最寄りのバス停まで歩いていたら、エナメルバッグを肩に掛けた男子高生2人とすれ違った。彼らの笑う声が、まだ静かな住宅街にこだまする。私は、歩く振動で肩からズレ落ちてきた通学鞄の紐を元の位置に戻した。

…今朝起きてもこのおかしな状況は変わっていなかった。6年前のニュース、新聞、小さな妹、部屋の配色。そして、若干だが幼い顔の私。全てが昨日のままだった。

こうなれば、もうただの夢だとは言えなくなってくる。タイムスリップなんて未だに信じられないが、今まさに身を持って体験している。信じるほかない。

「いち、に、さん、しー」
「「「ごー、ろく、しち、はち」」」

バスから降りると、朝練をしている部活動生の掛け声が耳に入る。
今日も昨日に引き続き、登校時間よりも早い時間に学校に来た。昨日、実紅と約束したからだ。彼女の社交的な性格に助けられ、私達はだいぶ打ち解けてきていた。

「3年2組のみょうじです。教室の鍵を借りに来ました」
「はーい」

校内に入れば、実紅を待たずに職員室に鍵を取りに行った。部活動生や生徒会の人が頻繁に出入りしている玄関で待つのは邪魔になり兼ねないし、私自身もあまりそうしたくなかった。

鍵を借りると、何処にも寄り道することなく教室に向かった。廊下で人とすれ違う度に無意識に体が強張る。外見は高校生とはいえ、中身は24のままだ。引っ込み思案な性格も、大学時代や社会人経験を経て、高校の時に比べたら少し軽減されているように感じている。だから、そんな変化からの行動や発言で、タイムスリップの事が周りにバレないかとヒヤヒヤする。

…まぁ、タイムスリップなんて誰も信じないだろうし、キャラ変程度にしか思われないだろうけど。

「…はぁ」

何事も無く教室まで行けて、安堵の息をつきながら教室に入る。いつもは賑やかな教室も今は私1人。…タイムスリップしてから、初めて肩の力が抜けた気がする。

当然だが、この世界は私からしたら6年前の世界。それを現実として生きている人の中にいるのは、息が詰まって詰まって仕方がない。
…まるで私のいる空間だけが切り取られているような、そんな気がして。

「ちょっと早かったかな」

昨日より1本早いバスで来たせいか、いっこうに実紅が来る気配が無い。
私は鞄から教科書とルーズリーフを取り出した。彼女が来るまで、1人で勉強するとしよう。

教科書を開き、問題を1、2問と解き終わったところで教室のドアが開く音がした。こんな時間に来るのは約束した実紅くらいだろう。シャープペンを持ったまま顔を上げた。

「実紅、おは…」

そして、思い掛けない訪問者に私は目を逸らす事すら忘れて、その人を凝視する。きっと今の私はさぞマヌケな顔をしているに違いない。

「おっはよ〜なまえちゃん!」

実紅じゃなくてごめんね〜、という及川君に顔を大きく横に振る。予想外過ぎる出来事に驚き、咄嗟に言葉が出てこなかった。

「へぇ〜、早く来て勉強してるんだ!」
「え、と。うん」

私の前まで来たかと思えば、彼は机をチラリと覗き込んで言った。私は返事をしながらルーズリーフを教科書に挟み、机にしまう。もし、あんな走り書きみたいなノートをまじまじと見られでもしたら……!!

「あの…なんで…」

こんな時間にここにいるのだろう?朝練とかやってる時間じゃ…

「朝練が終わったから鍵を返しにね〜。そしたらなまえちゃん見つけたからさ!」
「そ、そうなんだ」

腕時計を見たら7時半を少し過ぎていた。バレー部は一体何時から朝練をしてるのだろう。

「いつもこの時間に来てるの?」
「実紅と勉強の約束してるから」
「ふ〜ん」

彼は少し考える素振りをした後、何か思いついたようにポンと手を叩く。

「あのさ!俺もその勉強会参加してもいい?」
「え?……えぇ〜!!?」

唐突な質問に思わず大きな声を出してしまった。恥ずかしさから顔に熱を帯びていくのが分かる。今の私、絶対顔真っ赤だ…!!

「部活でなかなか課題する時間とかなくてさー。答え…じゃなくてやり方教えてもらえたら1人でするよりも早く終わるかな〜って!」

ここ進学クラスだし俺より絶対頭いいだろうしさ!と私の反応など気にも止めず、話をどんどん先に進めていく及川君。私はポカンとしたまま、話し続けている彼を見る。

「じゃ!明日から朝練終わったら来るから!よろしく〜」
「え!ちょ、」

及川君は私の返答もロクに聞かず、教室から出て行ってしまった。廊下からは彼が持っていた鍵についていた鈴の音が聞こえてくる。

私は席から立ち上がると、廊下に出て、彼の行った方向を見る。…何だかよく分からないけど、私にとってはまたとない機会なのでは…?!

「おはよーなまえ!って、何ボーッとしてるの?」
「え、いや…あのね、」

先程までの出来事を話したら、彼女は、賑やかになるね!と喜んでいた。私は嬉しいような、でもどこか気恥ずかしい気持ちになりながらも実紅と一緒に再び教室に入った。



2014.08.16
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