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What is youth

「ただいま」

午後8時。やっとの思いで家に帰り着いた。

午後1時から今まで、ずっと謝罪先のお客さんと話をしていた。向こうはかなり立腹した様子で、最初はうちの会社を訴えるとまで言っていた。長い説得の甲斐あって、何とか訴えられずに済みそうだが、説得にかなり時間が掛かって2時間の残業。

「お姉ちゃんお帰りー」

学校から帰って来て間もないのか、制服のまま7つ下の妹、希依(きえ)がリビングからバタバタと出てきた。高3の夏休みは毎日課外授業があるらしい。綺麗に染まった茶髪はゆるく巻かれている。また学校帰りに遊んできたのだろうか。

「今日ね、加子達とボーリングに、」
「希依、お姉ちゃん仕事で疲れてるんだから」

少し開いたリビングのドアの隙間からお母さんの声が聞こえた。

「はぁ〜い」

希依は気の抜けた返事をする。そして、脱水場に行きながら制服を脱ぐと、洗濯の籠に制服を放り投げて2階に上がって行った。きちんと入らず、はみ出していた制服の重みで、籠が倒れそうになる。それを咄嗟に支えてから制服を中に入れ込んだ。

「おかえりなさい。今日はまた随分と遅かったわね」

希依から一歩遅れて、お母さんが少し開いていたリビングのドアから出てくる。眼鏡をかけているあたり、家で仕事をしていたみたいだ。

「…取り引き先を1つでも多く増やすのにね…」
「そう。貴方は仕事を頑張っているというのに、あの子ったら…」

私の嘘に少しの疑問も持っていないお母さんは、2階の方を一瞥した後、リビングに戻っていった。大方、勉強もロクにせず遊び回っている希依をよく思っていないのだろう。

…希依と私は容姿も性格も似てる所なんて1つもない。希依はスラッと背が高くて顔立ちも可愛らしく、勉強もしない割にはそこそこでき、中高ともに部活と両立してきた。社交的で友達が多く、部活の無い日はバイトか友達と遊びに行き、家には殆どいない。

それに比べ、私は社会人になるまで部活やバイトは一切せず、勉強したり読書したりと殆どの時間を家で過ごしてきた。遊ぶ友達も限られていて、あまり遊びにも行った記憶も無い。青春真っ只中の妹を見て、いつも思う。私に青春なんてあったのだろうか、と。

「あ、これ…」

希依の制服を入れ込んだ際、上の胸ポケットから何かが出て来ていたのを見つけた。…これは、プリクラ?

「…何枚撮ってきてんの」

手にしたそれは、軽く10枚はあった。今日1日で撮ったのか、最近のものを溜め込んでいたのか。…よく見たら1枚1枚刻まれた日付はバラバラだった。私はそれらを持って彼女の部屋に行く。

「あぁ!出すの忘れてた!」
「気を付けないと制服と一緒に洗濯されるよ?」

プリクラを渡せば、希依は良かった〜と大事そうにそれを胸に抱きしめる。…今までにもたくさん撮ってきているだろうに、たかが10枚くらいのものに少し大袈裟なんじゃ…なんて心無いことを思う。

「別にプリクラはそれだけじゃないでしょう?それに、また撮り直せばいいのになんでそこまで…」
「宝物なんだ!プリクラも写真も色紙も、1つ残らず全部」

希依は渡したプリクラをニコニコしながら1枚ずつ見ていく。私は希依から視線を外し、彼女の部屋に目を向ける。友達から貰ったのであろう誕生日の色紙やぬいぐるみ、額に入った写真が沢山飾られている。…部屋まで真逆だ。

「あ!落ちた!」

希依の手から1枚のプリクラがするりと抜けて、床に落ちた。私はそれをしゃがんで拾う。プリクラには彼女と男子高生が制服で写っていた。手を繋いでいるところから、かなり親しげに見える。

「かっこいいでしょ!彼氏ー」

ずっと好きでやっと付き合えるようになったんだ、と誇らしげに言う希依に、上の空で返事する。

…好きな人…。思い起こせば私にもあったな。青春とまではいかないけど、青春に近いような時。

「お姉ちゃん?」
「…あ、ごめん。ボーッとしてた」

顔の前で手を振られ、ハッと我に返る。私は拾ったプリクラを押し付けるように彼女に渡すと、その場を後にした。思い返したところで現実が変わるわけじゃない。







夕食とお風呂を済ませてからすぐにベッドに入る。明日も仕事。肉体的にもだが、精神的に疲れをとるにも睡眠が一番だ。考えたら最近の一番の楽しみは寝ることかもしれない。

「これは小学校ので、そっちにあるのは中学だし…。あ、あった。高校の卒業アルバム」

布団から本棚の方を見れば、高校の卒業アルバムが目に入る。それを取ると、再びベッドに横になってアルバムを開いた。

私には高校3年間片思いしている人がいた。その人は学校のアイドル的存在の人で常に女子に囲まれていた。とても私が近寄れるような人ではなかった。

そんな彼とも一度だけだが、話せる機会があった。でも、私は恥ずかしさのあまり、自らの手でその機会を棒に振ってしまった。それが今になって悔まれる。高校を卒業してからも彼以上に好きになった人はいなかった。…話したことすらなかったというのに。

「…寝よう」

高校の時を思い返していたら、段々と瞼が重くなってくる。私はそれに反発することなくアルバムを開いたまま、眠りに落ちた。



2014.08.08
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