Crape myrtle | ナノ

幸せを刻む時

「ごめんね、ミーティングが長引いちゃって…」

いつもの待ち合わせ場所に行けば、そこには既に携帯をいじる彼の姿があった。待った?と聞けば、15分も、と短く返事が返って来る。いくら部活だったとはいえ、15分も待たせてしまった事に申し訳なく思う。

「嘘。俺も今来たところ。だからそんな顔すんなって」

鉄朗はイタズラに笑いながら、私の頭にポンポンと軽く叩く。またからかわれた、と悔しく思う反面、彼のこの仕草が好きだったりする。最初は子ども扱いされてるのかな、と思ったりもしたけど、鉄朗になら子ども扱いされてもいいと思う私は片思いの頃から変わらず彼にベタ惚れみたいだ。

「なにボーっとしてんだ?あ、俺に惚れ直したとか?」
「ち、ちがっ、」
「ふぅーん。その割には顔が赤いけど?」

言われた事が図星で、熱くなる顔を隠しながら必死に否定してみたけど彼にはバレてたみたいで。ニヤリと満足げに笑うと、一人慌てる私を置いて先を歩いて行く。

「早くしねぇと置いてくぞ」

置いていくと口では言いつつも、鉄朗は私の方を振り返り、ちゃんと待っていてくれる。付き合い始めてからというもの、彼のペースに振り回されっぱなしの毎日だけど、片思いのあの頃からは考えられなかったくらい、楽しい毎日を送ってる。

「お前の手あったけー」
「冷たい!やっぱりだいぶ待ってたんじゃ…」

4月とはいえ、夜はまだ気温は低い。横に並んだ時に握られた手は、氷のように冷たかった。本当は15分どころかそれ以上待ってたのかもしれない。悪いと思いながら、繋いでない方の手でポケットに入れていたカイロを取り出し、鉄朗の手に押し当てる。でも、気が効くねぇ、と言いながらもそれを受け取ろうとしない。

「お前が使えよ」
「でも、こんなに手冷たいのに」

そう言うと、彼は繋いだ手を自分のポケットに入れ、これも結構暖かいだろ?と聞いてくる。私は頷くと、カイロをポケットにしまいながら思う。今まで生きてきた中で、今が一番幸せなのかもしれない、と。

「そういや今日で半年だな。付き合い始めて」
「!覚えてたんだね。朝会った時何も言わなかったから忘れてるのかと思ってた」
「忘れるわけねぇだろ。つーことで、何か食いにでも行こうぜ」

嬉しさのあまり、つい大きな声でうん!と言ってしまった。そして、そのことを突っ込まれて、また赤面する顔を外気の冷気の風で冷ましながら歩く。



彼に一目惚れしてから1年半近くしてきた片思いがようやく実ったのが半年前。
特別可愛くも美人でもない私に鉄朗みたいなカッコいい彼氏ができて、こんなに幸せでいいのだろうかと時々不安になる。でも彼は、そんな私の不安を吹き飛ばしてくれるくらい幸せな時間をくれる。

「ずっと続けばいいのに…」
「あ?何か言ったか?」
「ううん。何でもない」

繋いでいる手をギュッと握り返し、甘い物が食べたい!と彼の顔を見ながら言うと、やれやれというような呆れた顔をされたが、承諾してくれたみたいだった。
本当に、この人は私には勿体無いくらいの人。



(だから私と彼は離れる事になってしまったのだろう)


2018.10.08 
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