眠りを委ねて
並盛中の階段を転ばないように上がっていく。
日曜日の昼。当然生徒など登校して来る筈も無く、校内は静寂に包まれ閑散としている。
しかし並盛中に通う俺の愛しい子供はその例に漏れる。
ノックもせずに応接室のドアをガラリと開ける。
きっとノックをしろとトンファーが飛んでくるかもしれないが、その僅かな時間でさえも、顔を見れない時間が惜しい。
「きょ…ぅ…」
ソファを視界に入れた瞬間に、愛しい人の名を呼ぶその声を必死で飲み込む。
トンファーはいつも通りには飛んで来ず。
恭弥はソファに寝そべり、寝息を立てていた。
起こしてしまわぬよう、そろりそろりと恭弥の頭の方のソファの脇にしゃがみ込み、綺麗な顔を覗き込む。
いつもの凶暴さなど微塵も感じられない、天使のような寝顔。
葉の落ちる音で起きるという雲雀恭弥なのに、俺には心を許してくれているようで。
ふわふわのその黒髪を撫でても、安心したように夢の中だ。
所詮一目惚れだった。会った時から好きで。
なかなか懐いてはくれなかった教え子を手懐けるのは骨折りの作業であった。それでも、懐いてくれたあとには心を許してくれて、その幼さの残る身体を許してくれて。
そりゃぁ、
(嬉しい、よなぁ)
恋焦がれて、手に入れた。愛おしくて。
言葉さえくれないけれど、恭弥にとって俺は特別という、そんな気持ちもちゃんとわかる。
白い、きめの細かい頬に手を滑らす。
小さく身じろきこそするものの、すぐにまた規則正しい寝息を立て始める。
寝ているが故か、白い肌に薄らと赤味が射している。
それをも愛おしく思い、そこを指の腹で優しく撫でる。
黒飴のように甘く鋭い双眼は、長い睫と瞼の下に隠れたままだ。
名残惜しくもその頬から手を離し、向かいのソファの方に座ろうと腰を上げる。
上げたのだが。
下から手を引っ張られる感覚に、一度恭弥からはずした目線をもう一度戻した。
「…う、わ」
恭弥が袖の裾を引っ張り、手に頬を摺り寄せていた。
(…かわい…)
あまりの可愛さに、朱くなったであろう顔を隠すように口元に手を当てた。
顔が熱い。
引っ張りに引かれるように、もう一度傍にしゃがみ込む。
すると、今度は胸の方に顔を寄せ、摺り寄った。
なんだこれ。
こんな甘え方、教えた覚えはないのだが。
「、あー…、やばい…」
大人気なく照れた顔を俯けるように手触りの良い黒髪に顔を埋めながら、胸のところにある丸い頭を抱きしめた。
「ん…ぅ」
頭のずれる感覚に流石に意識を引き上げたか、腕の中に収めた恭弥が、身を捩り小さく唸った。
「でぃー、の…?」
寝起き特有のとろんと溶けた甘い寝ぼけ眼で、俺を見つめ上げる。
声だって、いつもより甘いんだ。
「…ただいま。おはよ、恭弥。」
少量の汗で額に張り付いた黒髪を緩く掻き上げてやれば、安心したようにその起き上げた身体をまた俺に委ねてくれた。
いとおしいきみへ。