main | ナノ



サンマナ








懐かしい、それに浸ってもいいかな、と思った。
今まで頑張って目標を叶えたのだから。どうやら、ここであなたとお茶をする夢は叶えられそうに無さそうだから。

コトリ、ポットをテーブルの上に置いた音が響いた。入れたてのハーブティーは湯気を漂わせているはず。見えなくなった目は何も映さない代わり、より、敏感になった鼻に温もりが届いた。
テーブル脇の椅子に座ったマナはふー、と息を吐く。彼とよく飲んだブレンドのハーブティーだなぁ、と思いながら一口、カップに口をつけた。
彼はどうやって飲んでたっけ?
まず匂いを楽しんで、口をつけていただろうか。瞼の裏には鮮明にその姿が映る。そうだ、そうして、

「なにやら芳しいな」

「…‥博士。」

ゴーシュは匂いを楽しんでハーブティーを味わって、『いいにおいですね』か、『美味しいですね、これ』と言っていたのに。
記憶の中の彼の行動は博士によって打ち消された。


「ハーブティーを一つ頂けるか、マナ?」

「‥とびきり疲れがとれるのがよろしいですか?」

「あぁ」


立ち上がって、掴んだ杖を頼りに後ろのハーブの棚をから幾つかのハーブを取り出す。秤を使って重さを量るべきなんだけど生憎見えないから目分量ならぬ手分量。スプーンで掬った重さで大体を把握してブレンドする。
かすかに椅子を引く音がしたから私のいた椅子の向かいの椅子に博士は座ったのだろうか。
憎たらしい上司が、手慣れたもんだな、と呟いたから、仕事ですから、と苦笑いした。


「さ、どうぞ。特製ブレンドです」
「ありがとう」


差し出すと、席についた。
さぁ、この人はこのブレンドにどんな反応をするのかしら。飲むまでの様子がわからないのは残念だけど、耳をそばだてて喉を通る音を聴いた。


「…‥っ!本当にスペシャルブレンドだな‥」

ひきつった顔が見れないのが残念だけど、どうやら成功したらしい。


「劇マズブレンドですからね。あ、でも本当に疲れはよくとれますよ」

「凄く満足げな顔をしているな」


きっとこの上司はご立腹で私を睨んでいるのでしょう。日頃の仕返しが出来て、私は嬉しいのだけれど。

「はい。だってようやく『癒しの館』は完成したので、嬉しいですよもちろん」

「…よく、頑張ったな」


誉められるなんて天変地異が怒るんじゃないのかと思っていたら、ポン、と頭を撫でられた。
いつもはごわごわの手袋をしているのに、今日は素手なのに驚いた。撫でられたことにも驚いたけど。博士の話題から反らしたのに乗ってくれた事にも驚いたけど。
未だに、手が、頭上にあることに驚いている。いつまで彼は撫で続けるのだろう。ふと、頭の天辺にあった手が横に移動している気がした。


「劇マズブレンド、微調整して甘くしましょうか」
「頼む。が、その前に口直しをくれ‥」

横に移動していた手が、頬に来た。え、と思ったときには唇に柔らかい感触。

「‥今のは?」

「うむ、口直しだ」

「博士の馬鹿!劇マズブレンドを更に不味くして差し上げます!ゲボマズに!」


そう怒るな、と言った上司に怒ります!と怒鳴った。


「癒しの館が出来てから一番にハーブティーを飲んで欲しかったのはゴーシュだったんですから、それをぶち壊された時点で怒りたかったです」

「そうゴーシュ、ゴーシュとかりかりするな」

「ふん!」

「素直に私からのお祝いを受け取れ」

「お祝いって何ですか」


確かに博士がわざわざ時間を割いてここまで来てくれたことや、劇マズブレンドを飲んでも大人しくされていたのには訳があると思ったし、頑張ったな、と誉めにくるなんて何事かと思った。
でも祝ってくれるつもりなら、それは納得がいく。


「ん、さっきのキスだ」

「取り消してください。お祝いの品なら形あるものにしてください」

口を尖らして文句を言った。
ゴーシュならすいません、と苦笑して後日何か用意してくれるだろうに。
せっかく、懐かしい彼の事に思いを馳せていたのに博士にこうも邪魔されたら私とて怒りたくなる。たとえ上司と言えども。


「では、まぁ、これで」



ぶすくれていると、あろうことか、私は多分博士から横から抱き締められた。ええと。何がこれで、なのでしょう。

「‥…博士。これがお祝いの品とでも言うつもりですか‥」

「…‥‥本来は私とてしたくないがな。ゴーシュだと思えば、お前は幸せだろう」

言い訳のようにこぼす声は少し高さが変わっていて、震えていた。
耳もとで囁かれる。


「お前がゴーシュ、ゴーシュと最近煩かったからな。人恋しい時期だろうと思って」

「‥…誰も上司に人恋しさの穴埋めを頼んだ覚えはありません」

「私も頼まれた記憶はない。だからプレゼントだ。祝いの品だ。ありがたく受け取れ」

「‥ありがたくありませんが、受けとります」


そうしてろ、と言った彼は今どんな顔をしているのでしょう。声が上ずってるから赤かったら嬉しいのだけれど。だって私は顔が熱いから赤くなってると思う。私一人照れてるのは悔しいじゃない。
とりあえず、素直に抱き締められてあげます。
負けましたから。



不器用なその姿に

きっと仕事が一段落して直ぐに来てくれたのでしょう。だからお客様第一号です。
きっと、今日はゴーシュの代わりにお茶に付き合ってくれたのでしょう。いつもはそんな事より結果を出せ!とうるさいのですから。きっと精一杯のキスと包容だったのでしょう。いつもの喧嘩にはならなかったから。


ゆったり、癒しの館が出来て一段落したから、ゴーシュとの思い出に浸ろうと思ったけれど、現実に上司によって引き戻された。
けれど、お陰で私が浸ろうとしていたのはゴーシュではなくて彼のいない寂しさだったんだな、なんて気付けた。
今はもう、悔しいけれど、寂しくなんてなかった。温もりが嬉しい。
上司に伝えてはあげないけれど。


冷めてしまったハーブティーが寄り添う私たちを笑って見ていている気がした。




















某方への

[ 113/116 ]
/soelil/novel/1/?ParentDataID=1


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -