某方へ。






 今日も平和な僕らの町。目立事件も無くただゆったりと流れていく時間に退屈しながらも、僕はあくびを噛み殺してその平穏を楽しんでいた。

 あの騒動が終わって数年が経った。
 世界が落ち着きを取り戻すには時間がかかった。僕もすぐ福岡に帰ることはできず、杜王町の再建に携わった。イタリアンギャングの抗争にちょっぴり巻き込まれたりもした。西暁町ではペネロペといっしょに大騒ぎも経た。実に慌ただしく危険で充実した日々だった。つまり楽しかったのである。うん。

 いまでもみんなとは連絡を取り合っている。先月はネーロネーロ島に旅行に行った。ナランチャが僕の背を抜いていたことにはショックを受けた。杜王町に住むあの漫画家は結婚したらしい。ジョースター家は今日も家庭円満だ。みんなそれぞれの場所でそれぞれの大切な人たちといっしょにそれぞれの人生を謳歌している。そのそれぞれを繋ぐのは一本の糸。人と人を繋ぐ愛の糸だ。僕もたくさんの糸を出していて、同時にたくさんの糸を受け取っている。次の人へ繋げるために。
 けれど、僕から出る糸のうち一本は途中でちぎれてしまっている。

「……もう、会えないのかなぁ」

 ぽつりと空に呟いてみる。初夏の気持ちのいい青空だ。ちぎれ雲に混ざって天使の羽を生やした男がいやしないかと目を凝らす。結果はいつもと同じだった。

 仕方なく太陽に背を向けとぼとぼと歩く。僕から発射するたかさんの糸。それは大好きな人たちの元に着くはずなのに、たった一本だけはゴールを見失い宙をふらふらと漂っている。対象の相手が人間でないのだから当然か。今ごろあの人……あの生命体は違う時間が流れる世界にいるのだろう。ちっぽけで貧弱な人間の探偵が到底たどり着けない場所だ。一度は重なった道がもう二度と交わらないことを僕は認められずにいる。

 だって、好きなんだ。憧れなのか恋愛感情なのかはわからない。それでも好きだと思う。いっしょにいたいと思う。また振り回されたいと思う。二人で旅をしたいと思う。一目会いたいと、願う。

 目の前にのびる自分の影にもうひとつ陰が重なる。頭上で大きな鳥が旋回し力強く鳴いた。足元の石を蹴飛ばす。僕だって彼と同じ翼が欲しい。「そういえば」と初めて会った宇宙船で生やしてやろうかと提案されていたことを思い出す。あのときお願いしていれば空を飛んで彼を探しに行けたのだろうか。爽やかな五月の風とは正反対の気分だ。

「わんっ」

 コロコロと転がった石は障害物に当たって止まった。見ると大きな犬がお利口に座っていた。前足にぶつかってきた石の匂いを嗅いでいる。毛が長く、賢そうな顔をした犬だ。首輪はしていない。鼻筋にワの形をした色の違う部分がある。後ろから急降下してきた鳥がその犬に降り立った。そいつは顔に×の形をした傷があり、頭に不思議な帽子を被っていた。鳥なのに。荒々しく、けれど気高い雰囲気をもつ鳥だ。
 不思議な二匹は仲が良さそうだ。お互い嫌がることなく当然のようにそこにいることを許している。動物の間にも愛の糸はあるのだ。ほっこりすると同時に、自分がかわいそうに思えた。

 じっとこちらを見つめてくる二匹に声をかけようとしたときだ。視界の端にちらと白いものが映った。日の光を受け輝き、宙に舞う幾数の白の羽。

 じわりと目に涙の膜ができた。驚きと嬉しさで体が強ばって動かない。情けなく震えた声を絞り出すので精一杯だ。

「ここにいたのか名探偵。探したぞ」
「……それは、こっちの台詞だよ、カーズっち…!」

 逞しい体躯、漆黒の髪、陶磁のような肌、綺麗な水色の瞳。ずっとずっと待ち望んでいた声。胸に飛び込むと大きな手が頭を撫でてくれた。涙と鼻水と汗で顔をぐしょぐしょにしながら僕は泣いた。

「まったく情けない。とても世界を救った男とは思えんな」
「ぐす。それとこれは、関係ないでしょ…。カーズっちに会えなくてさびしかったんだよ…」
「さびしい?……ああ、その感情なら知っている。愛しい者がいないときに感じる、恐怖に似た感覚だ」

 微妙に違う気がするがとりあえず頷いておく。究極生命体も恐怖するんだ、と驚きながら。あの戦いの中でこの男が何かに怖がることは一度もなかった。一体誰なのだろう、死に勝った愛しい者というのは。
 ズキリと胸が痛む。それが嫉妬だということには僕はまだ気づかない。

「そうだな。俺もさびしかった。だから探しものをしていたのだ」

 そう言ってカーズが視線を僕から下に向ける。いつの間にそばにきていたのか、そこには先程の犬と鳥がいた。

「探し物って、これ?」
「これと言う言葉は適切ではない。物ではなく、いまも生きている。俺の仲間だ」
「仲間ぁ?」
「こいつもな」

 どこから取り出したのか、ひょいっと目の前に掲げられた小さな猫。カーズに頭を鷲掴みにされて体がぶらぶらと揺れている。オレンジ色の毛はふわふわとしていてさわり心地がよさそうだ。両の目の下にはこれまた不思議なアザがある。

「動物園でも開くの?」
「いや、しばらくはこの時代を探索するつもりだ。姿形は違えど我らの悲願が叶ったのだ。太陽の下で息をし、風を感じ、地を駆ける。なんと幸せなことだろうか!」

 満たされた顔でカーズは笑う。三匹がそれに呼応して鳴いた。僕はというと、せっかくの喜びもどこかに吹き飛んでしまっていた。
 やっと行き先を見つけた糸はまた途中で断ち切られた。この男は仲間だという動物たちとつながっている。そこから僕へとつながる糸は無い。つまりはそういうことだ。

「そうか。じゃあまた会えなくなるな」
「ああ」

 僕はこの男にとって何でもない存在なんだ。

「……………」

 自覚すると同時にまた泣きたくなる。究極生命体に認められた数少ない人間の一人だと自惚れていた自分が恥ずかしい。友達になれたのだとはしゃいだのも黒歴史だ。悲しい。僕の初恋はこうしてあっけなく散っていった。
 明らかに気分が沈んだ僕になどお構い無く、カーズは「さて」と猫を手放し両腕を僕につきだした。

「さあ名探偵。俺を祝え」

 意味がわからない。

「祝うってなにを?」
「相変わらず考えるということをしない男だ」

 やれやれというように首を振る。黒の髪が揺れて芳香が漂う。甘いいい匂い……あのイチジクの匂いだ。

「俺は仲間を見つけ、お前と再会した。それを祝えと言っている。知っているぞ、人間はくだらないことを祝いたがる。それは俺から見れば無駄な時間だが……しかしそれも過去の話だ。親しい者と喜びを共有する、今はそんな無駄も悪くないと思っている。だからこうしてお前に会いにきたのだ、ジョージ。お前が俺を祝うことを許可してやろう」

 ドヤ顔で両手をつきだし僕からの祝福を待つ生命体をスーパーウルトラ究極かわいい好き大好き結婚してと思ってしまった僕は末期だろうか。だって、僕にわざわざ会いにきてくれたのは、僕を親しい者として認識しているというわけで、再会したことを祝って欲しいとおねだりしているわけで、僕と同じようにまた会えたことを喜んでくれているわけで。

 またじんわりと涙が浮かんできたが根性で奥に押し込める。二度情けないと言われては男として負ける。そんな気がする。
 代わりに口元が綻んだ。
 そりゃあ僕は鳥でも犬でも猫でもない。彼らの間につながる糸を切ることなんてできない。三十七回世界が変わっても切れない丈夫な糸だ、そこに僕が入っていけないことも知っている。だけど。

 カーズの手をとった。生憎いまはプレゼントできるようなものを持っていない。だからこの気持ちを受け取ってほしいなんてメルヘンやファンタジーなことを考えて、手のひらから溢れる想いを押しつけるようにぎゅっと握る。

 僕から出た糸は切れてなんかいなかった。細く細く、気づけないほど細くなってこの男にのびていた。それはもう糸ではなくゴム。どんなに引っ張っても切れない愛のゴムだ。ピンピンに張っているそれは緩んだ瞬間、僕と彼をまた引き合わせてくれるだろう。

「おめでとうカーズっち!ありがとう!大好き!」

 それは初夏の出来事。僕の第二の初恋が、幕を開けた。



 MAY 26
 Happy birthday
 for 五月さん!




完。
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勝手に一人張り切った結果がコレだよ!遅刻しました申し訳ありません!お誕生日おめでとうございます!大好きです!これからもよろしくお願いします!


20130527



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