帽子屋 最終話
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「こんにちは、子猫さん」
 男は子猫にもにっこりと微笑みかけると、そっと帽子の中から猫を拾い上げ、自分の黒いマントで包んでくれた。
 シルクハットはもう一度ぼくの頭をすっぽりと覆う。ぼくは帽子を押し上げて、子猫の汚れをマントで拭っている男を見上げた。
「ありがとう」
 ぼくは、子猫のぶんも礼を言う。
 男はいいえ、と小さく呟き、ぼくの隣に腰を下ろした。
 りっぱな服が汚れるよ、と言おうとしたら、男は黙って首を横に振った。
「雨宿りは、一人でいると退屈ですから」
 どんよりと落ちてきそうな空を見上げて、独り言のように男は言う。
 ぼくに帽子を貸しているから、どうみても雨宿りというより、わざと雨に当たっているようにしか見えないのだけれど。
 ぼくはシルクハットの端をぎゅっと握って、顔を隠した。猫の毛のにおいがした。
 なんだか、変な人だ。この世にぼくを助けてくれる人が居るなんて。
 出会った人をすぐに斬り捨てず、こうやって優しくしてくれる人が居るなんて。
「私は帽子屋。ロストとお呼び下さい」
 男が、突然ぼくに名を告げた。
 帽子屋?
「この帽子も売っているの?」
 ぼくの口から、大きな声がかってに飛び出した。
 男は驚くぼくを見て、くすっと笑う。
 ぼくはなんだか恥ずかしくなって、帽子をぎゅっと握り、小さく、もう一度言った。
「この帽子も売っているの?」
「いいえ、私は帽子を売っているわけではない」
 帽子屋が答える。
「私にできることは、魂を失った抜け殻を、保存することだけ」
「それって死体ってこと?」
 ぼくは聞く。というか、またかってに声が飛び出した。


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