093「そっちに逃げると刺されるぞ! こっち来たらその変な頭燃やすからな」
いまさらだけど、ヴォルトって、容赦ない。
ぼくらはセイを挟むようにして立ち、それぞれセイに不規則な攻撃をしかけていた。
やっぱり二人相手となると、さすがのセイも逃げるのに精一杯で、真剣な瞳にも余裕がない。
可哀想に思って、ぼくが少し気を緩めると、ヴォルトがすぐにそれに気づいてぼくのほうへも火の粉を飛ばしてくる。
ぼくはとばっちりを避けながら、ピョンピョン跳びまわるセイを目で追った。
なんてすばしっこいんだろう。ティーマと互角かもしれない。
そんなことを思いながら、動くセイをただぼんやりと追っていたら、セイが突然つまずいて転んだ。
しかもその途端、直前にぼくが放ったつららが、起き上がったセイに向かって一直線に向かっていった。
セイがぎゅっと目を瞑る。しかし、セイの額に穴があく間一髪のところで、つららが燃え上がり、跡形もなく消えた。
あまりに突然訪れた恐怖に、セイが白目をむいてぐったりと地面に倒れる。
「あ」
「ばっ……当てるなよな!」
ヴォルトが怒鳴り、今度はぼくのほうに炎を飛ばしてきた。
「わ、わざとじゃないよ!」
ぼくは水の壁を作って防ぎ、慌てて言い返す。
しかし、ヴォルトはさらにぼくを突き飛ばし、後ろからも攻撃を仕掛けてくる。
ぼくは襲ってきた火の玉をかわし、ヴォルトに大量の水をぶつけてやった。
「何だよ! こんな危ない練習言い出すヴォルトも悪いじゃないか」
頭からつま先まで水でびしょびしょのヴォルトに向かって、ぼくは言う。
ヴォルトは濡れて顔にくっついた髪をかきあげ、ぼくを睨みつけた。
そして、ぼくを睨むヴォルトの茶色の目が、みるみるうちに赤く染まっていく。
ヴォルトがニヤッと口元を上げた。
「言うようになったじゃねぇか、優等生」
「ぼくはもうそんなんじゃない」
ぼくは体勢を整え、ヴォルトを睨み返した。
熱い。久々の感覚が、ぼくの体の中を這って頭にのぼってくる。
目の前が赤く染まり、ぼくは少しまぶたを伏せる。
「手加減しないよ」
「望むところだ」
ヴォルトが戦闘態勢に入った。
ぼくはゆっくりと体を引き、ヴォルトの攻撃に備える。
ヴォルトが目を細めた。来る。
「バカばっかり!」
しかしその時、女性の叫び声と強烈な蹴りが、ヴォルトを吹っ飛ばした。
ヴォルトが土の壁にぶち当たり、ずるずると崩れ落ちる。ぼくが目の前の光景に唖然としていたら、声の主は今度はぼくのほうへ駆け寄ってきた。
あまりのスピードに、ぼくはただ慌てて目を元の色に戻すだけしか出来なくて、次の瞬間には、ぼくの目の前には鋭いヒールしか見えていなかった。
甲高い声の主はぼくを蹴り飛ばし、倒れたぼくをなおも乱暴に踏みつける。
「まったくもう、なんで男ってそうやってケンカばっかりするの! 後始末する私のことも考えてちょうだいっていつも言ってるでしょう!? ああもうほんとに、マルシェの大バカ!」
激痛に顔を顰め、ゆっくりとまぶたを上げた先では、金髪の女性がぼくを踏みつけていた。
「あら?」
謎の女性はキョトンと紫色の目を見開き、ぼくを見つめる。
「あ、あの……」
「何よ、マルシェじゃないじゃない」
ふん、と鼻を鳴らし、足がぼくの体から退けられた。
ぼくは上半身を起き上がらせ、強打した後頭部をさする。
「帰って来たって聞いたから、てっきりこんな強いぶつかり合い、あいつかと……ごめんなさい、ちょっと間違えたわ」
金髪の女性はきっぱりとそう言って、ぼくらに背を向けた。
今度はセイのほうへ歩み寄り、「何てところで寝てるのよ」と軽くセイを蹴り上げる。
ぼくは突然の出来事に状況を把握できないまま、足型のくっきりついたシャツを撫でた。
そして、土の壁に寄りかかり、ぐったりとしているヴォルトを見つける。
ぼくはセイを無理やり起こそうと往復ビンタを続ける女性を横目で見ながら、ヴォルトににじり寄った。
「あの人、誰?」
「フラン=ミューレ」
即答したヴォルトに、ぼくは首を傾げた。
「知ってるの?」
「何日あの部屋に居たと思ってんだ。アンダーグラウンドの住民情報ぐらい、把握してる」
ヴォルトはそう言って、顔を顰めて唸るように答える。結構ダメージがきているようだ。
「このアンダーグラウンドの中でのミュータント能力は第三位。性格は暴力的でわがまま」
「へぇ……」
その時、頷いたぼくの後ろで、思いっきり殴りつける嫌な音が聞こえた。
ぼくは思わず片目をつむり、振り返る。
「いってぇ!!」
セイが声をあげ、飛び起きた。
しかし、文句を言うすきも与えず、すぐにフランさんがセイの襟元を掴んで、引っ張り起こす。
「何やってんのよ水色頭。あんた、アンドリューはどうしたの」
セイの額に額をぶつけ、フランさんが唸るように言った。
どうやら、殴る蹴るぶつける、これがフランさんのコミュニケーションの方法らしい。
セイは顔を顰め、首を横に振る。
「だって……ドル爺がまだ会っちゃダメだって」
「バカね! 今朝目を覚ましたのよ」
「本当!?」
フランさんの言葉に、ぼくとセイが同時に声をあげた。
ぼくは立ち上がり、二人に駆け寄る。
フランさんがセイを放し、セイの水色頭を軽く叩いた。
「メリサがあんたを探してたわ。だから探しに来てやったら……あんたたち何やってるの?」
「修行」
「わかってるわよそれぐらい。あんたみたいなチビが修行したところで、どうせ公司に太刀打ちなんかできないんだから、隠れる練習でもしときなさい。ところで、あなたたち、誰?」
不意にこちらに振り返られ、ぼくは慌てて背筋を伸ばした。
「あ……ぼく、アランです」
ぼくは簡単に名乗り、なんとなく頭を下げる。
「ああ、マルシェが連れてきたっていう新入りね。フラン=ミューレよ。フランでいいわ。よろしく」
フランさんが名乗り返し、ぼくと軽く握手をした。
しかしその途端、フランさんが思いっきり顔を顰め、ぼくの手を振り払った。
「……ちょっと待って、あなた……」
フランさんが眉を寄せ、ぼくを睨むように見つめる。
ぼくはわけがわからなくて、何か怪我でもさせてしまったのかと、フランさんの手を見回した。
しかしフランさんは紫色の瞳でじっとぼくを見つめたまま、少しも動かない。
「過去も、未来も見えないわ。そして、今も……」
ただ唇だけを小さく動かして、フランさんが呟いた。
ぼくはフランさんの言葉の意味がわからなくて、ただ首を傾げる。
「え……え?」
その時、ヴォルトがぼくらの間に入り込み、ぼくを軽く後ろに押した。
「ちょっと特別なんだ。こいつも、俺も。後でマルシェにきいてくれ」
ヴォルトがそう言って、じっとフランさんを見上げた。
フランさんは少しまぶたを伏せ、ヴォルトを見つめ返す。
そして、ヴォルトの頭をがっしりと掴み、何度か押しつけるように頭を撫でた。
ヴォルトは今、すごく嫌そうな顔をしているに違いない。案の定、フランさんがヴォルトを見て、ぷっと吹きだした。
「なるほどね、わかったわ。セイ、さっさとアンドリューの所に行ってやんなさい。きっとメリサが一人で病室に入れなくてウロウロしてるわ」
フランさんはあっさりとぼくらに背を向け、センターへ向かって歩き出す。
「ん……あぁ」
セイは頬をさすりながら、何度か頷いた。
フランさんの姿を見送り、やがて建物の陰に隠れたところで、ヴォルトが今まで息を詰めていたように、長いため息をついた。
「とんでもねぇのを隠してやがったんだな、この街は」
ヴォルトはそう言って、苦笑いする。
「あの女、ESP(extrasensory perception/超感覚的知覚能力者)だ」
ESP――その言葉に、ぼくははっとした。
確かにぼくらのデータにも存在は確認されたと入っているけれど、実物を見るのは初めてだ。
「触れるだけで人物や物に関係したものが見える能力者……つまり、サイコメトリー……?」
「あぁ。さっきので俺たちのこと大体わかっただろ。何しろあのマルシェに次いで高い能力を持っているんだ」
ヴォルトは頷き、くしゃくしゃにされた髪を撫でつけた。
そして今度は、緊張した面持ちでセンターを見つめるセイのほうへ歩み寄る。
「おい、お前」
「おまえじゃない。オレはセイ」
「セイ、今までの練習は、どういう意味があると思う?」
突然のヴォルトの質問に、セイが顔を顰めた。
そしてすぐに、わからない、と首を横に振る。
するとヴォルトはニヤッと口元を上げ、セイの額に人差し指をつきつけた。
「公司は二人だけじゃない。大勢でかかってくる。子供だって容赦しない。もしも一人きりで大勢の公司に囲まれた時、おまえはどうする?」
二つ目の質問に、セイは眉を寄せ、ますます首を傾げた。
「……戦う?」
「バカ、逃げるんだよ」
バカっていうな、と顔を顰めるセイを無視して、ヴォルトは語り出す。
「公司だって人間だ。バカにして、挑発すれば、公司長の命令なんか無視して一人で攻撃をしかけてくる奴がいるかもしれない。そこを狙うんだ。あいつらは一人一人いい能力を持っているくせに、団体行動に慣れているから、連携が崩れれば脆いんだ。オヤジもバカだよな、あいつらはどうせ一人じゃ何もできないんだ。輪は欠ければ隙ができる。崩れたところを叩け。と、言いたい所だけど、お前の力じゃまだ無理だ。お前はそこから逃げるんだ。公司が一度崩れれば、後は俺たちがなんとかする。たった一人の少年を逃がした。それだけでも超自信家集団の公司には大ダメージだ」
そう言って頷くヴォルトを、セイはいつの間にか尊敬の眼差しで見つめていた。
どうやら体が小さい者同士、気が合うようだ。
「そっかぁ。じゃあオレ、逃げればいいんじゃん」
セイが顔を輝かせ、わくわくと体をふるわせる。
「そーゆーこと。チビにだって、出来ることはあるんだよ。幸い、お前の身体能力は俺たちから見てもすげぇ。チビにちょこまかされれば、公司をイラつかせるには十分だろ」
「うん。おまえ、何かすげーな」
「おまえじゃない。俺はヴォルトだ」
ヴォルトはそう言って、威張るようにフンと鼻を鳴らした。
子分のような存在ができたことが、ヴォルトも少なからず嬉しいらしい。
ぼくが思わずくっくっと堪えるように笑ったら、ヴォルトの強烈な肘鉄をくらった。
「まあ……とりあえず、アンドリューの所へ行こうか」
ぼくは苦笑いして腹をさすり、二人をセンターへと促した。
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