091
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 ――それから、三時間が経った。
 待ち疲れて、双子のエリックとラルフは、ダーラさんの膝の上で寝息をたてていた。
 メリサとセイは壁に背を当てて、ずっと黙り込んでいた。
 ぼくが体内にある時計で135回目の確認をした所で、ちょうど病院の扉が開いた。
「ドル爺!」
 扉が開く小さな音に、まずセイが素早く反応した。
 次にメリサが立ち上がり、ぼくも立ち上がる。
「お兄様は……!」
「大丈夫だ」
 今にもまた泣き出しそうなメリサの肩を叩き、ドル爺さんはしっかりとそう言った。
 その一言に、誰もが安堵のため息を零す。
「よ……よかったぁ」
 セイは気が抜けたようにそう言って、その場に腰を下ろした。
「助かったんだな」
「ああ。ただ、右腕はもう動かんだろう」
 きっぱりと告げられた事実に、メリサがはっと口を手で押さえた。
 セイは床に座り込んだまま、ただ青い瞳を見開く。
「どうして!?」
 メリサが悲鳴をあげ、ドル爺さんに掴みかかった。
 ドル爺さんはメリサを引き離し、涙の零れ出る目をしっかりと見つめる。
「やれるだけのことはやった。命が助かり、腕がちぎれなかっただけよかったと思え。体中潰されたようだった」
 ドル爺さんの淡々とした説明に、メリサがその場に崩れ落ちた。
 セイは慌ててメリサを受け止め、ドル爺さんを見上げる。
「そんな! だけど……!」
「それと面会はしばらくするな。どうせ動けんからな」
 ドル爺さんはそう告げ、ぼくらに背を向けた。
 そしてそのまま、誰が止めるわけでもなく、ドル爺さんは部屋の中へ戻っていく。
 セイが最後に少し伸ばした腕の前で、扉が小さな音をたてて閉まった。
 また何の音もない空間に戻る中、ぼくはメリサの側に屈み、セイの腕を引く。
「ドル爺さんもつらいんだよ。きっと……そうさ」
「わかってる」
 セイが小さく返事をして、腕で顔を拭った。
「アラン」
 メリサをそっと立ち上がらせようとしていたぼくを、セイが呼んだ。
 ぼくは顔を上げる。
「何?」
「オレに、能力の上手い使い方教えてくれ」
 セイは青い瞳で真っ直ぐに扉を睨みつけ、決意を込めてそう言った。
 その表情には、肩を震わせて泣いていた少年の面影など、一片も見えない。
「……わかった」
 断ることなど、ぼくにはできなかった。


「――違う、そうじゃない。もっと目標物に集中して」
「……こうか?」
「そうじゃない。ちゃんと目を開いて」
「……もっと集中できねーよ」
「じゃあやり直し。もう少しだよ」
 もう五十回目のぼくのその言葉に、セイが倒れるように地面に腰を下ろした。
 連続でのサイコキネシス訓練に、セイはすっかり疲れきって、体力もほとんどない。
 並の人間には、これ以上はもう無理だ。
「くそっ」
 今日はもうやめよう、とぼくが言い出そうとしたら、セイがこぶしで地面を叩いた。
 ドル爺さんからアンドリューの腕はもう動かないと聞かされてから、セイはずっとアンダーグラウンドの片隅で能力の訓練をしていた。
 しかし、セイが生まれ持ったミュータント能力で出来ることはたった二つ。手を触れずに物を動かす――つまりサイコキネシスと呼ばれる能力と、気を集めて相手にぶつけることだけ。
 セイがぼくに教えてくれと言った能力の使い方は、大きく分けて二つ。自分より大きなものを動かすこと、テレポートの方法だった。
 確かに、やろうと思えばセイにも出来ないこともない。だけれど、そのためにはかなりの精神力と体力が必要になる。
 だからこそお父様はぼくらロボットを造った。人間がここぞという時に能力の限界を超えた時、それは死を意味するから。
「セイ、もう今日はやめよう」
 汗だくのセイに、今度こそぼくはそう言った。
 しかし、ぼくの伸ばした手を振り払い、セイは首を横に振る。
「まだできる。もう少しなんだろ」
「だけど……無理にやろうとしたって、難しいよ。セイの生まれ持った能力のすべてを超えようとしてるんだから」
「いいさ。アンドリューの片腕になるぐらい、オレにだって出来る」
 セイは額から流れる汗を拭い、足に力を込めて立ち上がる。
「もう一回!」
 ぼくを睨みつける火のついた目には、ぼくも首を横に振ることは出来なかった。
 ぼくは頷き、少し後ずさりする。
「……わかった。じゃあもう一度言うよ。いいね、ぼくにすべてを集中させて。ぼくが心底邪魔だと思ってもいい。ボールを投げるような感じでもいいよ。ぼくを動かしてごらん」
「わかった、やってみる」
 セイが片手をぼくに向けた。そう、そうやって指先のものに集中すればいい。
「ミュータントが物を動かすことで大切なのは、体力じゃなくて集中力だ。途中で他の事を考えちゃいけないよ」
 セイが頷き、そして目を細めた。
 ぼくの周りの重力が少しずつ弱くなる。そうだ、その調子。
「まだだ。動いているのはぼくの周りだけだよ。しっかり目を開いて」
 ぼくは真っ直ぐにセイを見つめ、言う。
 セイが頷き、少し辛そうに目を細めたが、またしっかりと見開いた。
 青い瞳が真っ直ぐにぼくを見つめる。ぼくのシャツが少し揺れた。
「そう」
 徐々に体の自由がきかなくなってきた。その調子だ。もう少し。
 その時、セイがぎゅっと目を瞑った。まずい。無理な力の反動で体に痛みがきたに違いない。
 だけど、今止めたら今までのセイの特訓がほとんど無駄になってしまう。 せっかくここまで来たのに!
「セイ!」
 ぼくは思わず声をあげた。
 セイがまた目を開き、そして風をあおるように腕を振る。
 その途端、ぼくの体が浮き上がり、背中から土壁に崩れ落ちた。
 ぼくはパラパラと頭に落ちてくる土を払い、顔を上げる。
 その先には、セイが腕を上げたまま、呆然と目を見開いて立ち尽くしていた。
「やったじゃないか!」
 嬉しくて、思わずそう言うと、セイも嬉しそうに顔を輝かせた。
「やった!」
 さっきの疲れはどこへいったのか、セイはガッツポーズをきめ、くるっと宙返りしてみせる。
「すげっ、びっくりした!」
「十分だよ、やればできるじゃないか」
 ぼくは立ち上がり、セイに歩み寄る。
 セイは嬉しそうにぼくを見上げ、こぶしを握りしめて何度も頷いた。
「ああ、なんとなくわかった! 感じが掴めた気がする」
「そう、その感覚を忘れなければきっと何度でもできるさ。疲れるけどね。ようは力のバランスとタイミングだよ」
「ああ。でも、まだ人一人かぁ」
 セイはそう言ってため息をつき、地面に横たわった。
 ぼくは笑顔でセイを見下ろし、首を横に振る。
「ぼくを浮かすことができれば、もう十分だよ。ぼくは普通じゃないからね。家ひとつぐらい動かせるかもよ」
「バカいえ。家なんて動かせるわけがないだろ」
 セイがそう言って、いつものように八重歯を見せてニカッと笑った。
 さすがに、ぼくは人の何倍も体重があるんだよ。なんて言い出すこともできず、この辺で頷いておく。
「それじゃ、今日はここで止めようか」
「何言ってんだよ。飯食ったらまたやるからな」
 ぼくの伸ばした手に掴まって起きながら、セイが言った。
 ぼくは顔を顰め、汗だくのセイを見つめる。
 そんなぼくを、何て顔してんだ、とセイが小突く。
「何が何でもやる! 絶対教えろよ」
 ぐりぐりと肘を押しつけられ、ぼくは仕方なく頷いた。
 すると、セイはニカッと嬉しそうに笑み、土だらけになったシャツをはらう。
 ぼくはヨロヨロしながら歩き始めるセイの背中を追いながら、その姿に思わずため息を零した。

 人間って、すごいや。



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