089 ヴォルトから受け取った設計図を元に、ぼくらは順調に作業を進めていった。
画面に大きく映し出された設計図を見て、ランスさんはわくわくしながら体をほぐし、昔の勘が戻ってきた、と嬉しそうにヴォルトに拡大指示をしている。
幸い部屋の中には、どうやって集めたんだろう、と不思議に思うほどの、いい材料ばかりが揃っていた。
人口の髪も、人口の皮膚もある。これは医療用としても使うのだろう、とランスさんが言っていた。
どうしても足りない部品やないものも少しはあるけれど、ランスさんがいるおかげで代用品が造れそうだし、それを使ったところでヴォルトの体に何か悪い影響が出るわけでもない。
しかし、たった二人でGXを造り上げるということが、これほど大変だとは思わなかった。
ぼくは相変わらず何十本ものコードに繋がれたままぎこちなくしか動けないし、ヴォルトは横から作業に口を出してくる。一方ランスさんは黙々と作業しているからこそ、助けてくれとは言い辛かった。
でも、ヴォルトはたった三日間でぼくを造り上げたんだ。たった一人で、暗いラボラトリーの中で。
ぼくはヴォルトの力を思い知り、そして改めて感謝した。
しかしそれも、徐々にヴォルトのワガママな要求に消えていった。身長を伸ばせだの、もう少し能力の制限を上げろだの、自分勝手なことばかり。
ぼくは耳せんをしたつもりで、ヴォルトのほうを向かずに黙って作業を続けた。
半日ほど根をつめて作業をした後、少しの休憩の間に、ランスさんがひとつの提案をした。
それは、腕のいい作業員を集め、手伝ってもらおうとのことだった。
ぼくは最初は反対した。ヴォルトがGXだということがばれてしまえば、ぼくらを憎む人が少なからず出てくるかもしれないから。
それだけは絶対に嫌だった。甘えた考えだということはわかっているけれど、今の人との関わりを絶ちたくはない。
しかし、ランスさんは大丈夫、と笑顔で頷いた。
GXの性能や設計が外部に漏れているということは、絶対にありえない。GXの性能と構造を知らなければ、GXだということはまずばれない。中心的なものは自分たちが造るとして、部品を造って貰うだけでもいいから、と。
なんなら別室で作業してもらうから、とまで言われ、ぼくは渋々OKを出した。
ヴォルトも、ロボットとしてアンダーグラウンドに名が広がることぐらい、なんてことない、とあっさり了解した。
昼の休憩をとってからの作業は、ボルドアさんや、コンピューター室で働いている人たちも加え、午前よりスムーズに進んでいった。
なんと、たった一日で、ヴォルトの顔や手足、胴部に至るまで、次々と骨組みが出来上がってくる。
ヴォルトが身長を伸ばせと喚いていたけれど、ランスさんには聞こえないので、ぼくは無視して作業を進めることにした。
「おい、アラン」
別室から出来上がった部品を届けに来てくれたボルドアさんが出て行った頃、ヴォルトが不機嫌顔でぼくに話しかけてきた。
ぼくはまた無視し、出来上がったヴォルトの目玉を手のひらで転がす。
「おい」
ヴォルトが唸るように言った。
それでもぼくは無視を続け、ヴォルトの仮の顔の模型に目玉をポンとはめ込んでみた。
がいこつに目玉だけが残っているようで、なんだか気味が悪い。
「アラン!」
目玉をひっくり返して白目にしていたら、ヴォルトが大声を出した。
白目を向くがいこつに、ぼくはくっくっと笑いながら、ようやくヴォルトに返事をしてやる。
「何?」
「何かおかしい」
突然、ヴォルトがそう言った。
その言葉にぼくは首を傾げ、はめ込んだ目玉を元に戻し、点検する。
「どうして? 設計図通りじゃないか」
「違う、俺の体じゃない。外の様子だ」
ヴォルトがそう言って、きっちりと閉められた扉を指さした。
ぼくは振り返り、また首を傾げる。ランスさんが腕の骨組みをもうすぐで完成させるところだった。
「外?」
「ああ、妙に騒がしかったぜ。ちょっと行って見て来いよ」
ヴォルトが手でぼくを払う仕草をして、そう言う。
ぼくは渋々立ち上がり、一本一本腕に刺さったコードを抜いていく。
ランスさんに断って行ったほうがいいとは思ったけれど、今のランスさんには何を話しても無駄だ。うわの空で「ああ」とか「うん」としか返事をしないだろう。
ぼくは最後のコードを抜き終わり、開放された両手を揺らして、扉のほうへ向かった。
確かに、何か騒がしい音がする。
スイッチを押して扉を開けようとすると、突然、扉のほうがぼくより先に開いた。
そして、茶髪の男性が飛び込むように覗き込んできた。アンダーグラウンドの門番、あの眠たそうだったエドワールさんだ。
しかし今ははっきりと目が見開らかれ、明るいブルーの瞳に必死の色が浮かんでいる。
「ドル爺居るか!?」
「いえ……居ません」
ぼくは中の様子を見せまいと、背伸びをして扉の隙間を体で隠す。
ぼくの返事を聞いて、エドワールさんは部屋を覗き込むでもなく、さらに廊下の奥へ駆けていった。
様子がおかしい。何があったのだろう?
「エドワールさん!」
ぼくは扉から出て、大声で呼び止めた。
エドワールさんが振り返り、早く! というようにその場で足踏みをする。
「何かあったんですか?」
「上へ買い物に行ってた奴らが襲われた! 怪我人が居るんだ!!」
その返事を聞いて、ぼくは返事もせずに再び部屋に駆け込んだ。
そしてヴォルトに突進するように手を突き、声だけでも通信ができる最低限のコードを大急ぎでぼくへ繋ぐ。
「何だった?」
「ヴォルト、ドル爺さんを探して。前歯の目立つ小柄な人だ。医者なんだ」
必死のぼくに、ヴォルトは理由も聞かずにすぐにアンダーグラウンドを見回してくれた。
ぼくらならわかるはずだ。誰がどこにいるかぐらい。
「画面に繋げ、ここだ」
ヴォルトがすぐにそう言った。ぼくは焦って乱暴に画面にコードを繋ぐ。
すると画面いっぱいにアンダーグラウンドの地図が映し出され、一瞬後すぐにその中を動き回る小さな点がたくさん表示された。
さすがに、ぼくらの騒ぎにランスさんも気ついたようだ。背後で近づいてくる足音がする。
「こりゃあすごい。どこのコンピューターに入り込んだ?」
ランスさんが関心の声をあげ、のんきにそう言う。
ぼくは大きな画面を隅々まで見回し、一番大きな赤い点を見つけた。
「これだね?」
「ああ」
ヴォルトの返事を半分も聞かず、ぼくは無理やり腕のコードをすべて引っこ抜いた。
ランスさんが止める間もなく、ぼくは扉の外へ向かって駆け出す。
あそこはセンターの住居部分の一室だ。この部屋からは近い。
廊下を全力疾走で進んでいくと、ぼくと同じくあちこちに駆け回る何人もとすれ違った。
それがなぜなのか知らず、異様な雰囲気に怯えて縮こまっている女の子たちが居る。
ぼくはその側を通り過ぎ、そして目的の部屋へ飛び込んだ。
「ドル爺さん!」
部屋に入ってすぐ、医療道具の詰まった大きなケースを閉めるドル爺さんが目に入った。
「なんじゃい!」
丸眼鏡の向こうでドル爺さんが目を見開き、大げさに声をあげる。
「診察中にあれほど入ってくるなと言ったろうに! 病がうつったらどうする!」
「ぼくは大丈夫です。だから早く!」
ぼくはドル爺さんの腕を掴み、無理やり引っ張っていこうとするが、ドル爺さんは頑なに抵抗する。
まだ閉めかけの医療道具ケースから、バラバラと薬品のビンが零れた。
「まだ薬の説明が終わっとらん! 風邪は万病の元だぞ!」
「怪我人が出たそうなんです、買い物に行っていた人たちが」
「それを早く言わんか!!」
さっきの抵抗はどこへやら、ドル爺さんはケースを投げ出してぼくより先に部屋から飛び出した。
ぼくは急いで放り投げられた医療品をケースに詰め込み、無理やりふたをする。
そして風邪ひきの部屋の主にペコッと頭を下げ、ぼくも部屋から駆け出した。
ドル爺さんの姿は、もうはるか向こうに小さくなっている。
ほんの少しの間に、センター内は駆け回る人で大騒ぎになっていた。
あまりの必死さに、自分の目線より下を猛スピードで通過するドル爺さんが見えていないらしい。
老人がこれほど元気だとは、やっぱり人間はすごい。ぼくはケースを抱えたまま、その背中を追った。
センターを出てすぐに、大通りに人だかりができているのが見えた。
ぼくはようやく追いついたドル爺さんと共に、その人だかりに突っ込んでいく。
「退け! 退かんか!」
ドル爺さんが張り上げる怒鳴り声に、ようやく人だかりが気づいて道をあけた。
人だかりの中心には、三人が人々に抱えられてぐったりしていた。ダーラさんが一人を抱えている。
ぼくらはすぐに駆け寄り、ドル爺さんが診察を始めた。
「降りてきた頃にはもうほとんど意識がなかったって、エドワールが」
一番小柄な男性を膝に抱え、ダーラさんが心配そうにドル爺さんに説明した。
ドル爺さんは頷き、男性の頭に撫でるように手を回す。
しかし、出血の様子はないし、他に外傷は見当たらない。脈も正常だ。
「気を失っているだけだろう、大丈夫だ。頭が少し腫れているが」
ドル爺さんはそう言って、他の二人の診察にうつった。三人とも同じような怪我だった。
「何があったんだ」
ドル爺さんが顔を顰め、周りで心配そうに覗き込む人々に問いかけた。
しかし、皆が顔を見合わせて肩をすくめるだけで、誰も返事をしない。
その時、ぼくはあることに気づいた。
居るはずの人が、居ない。
「アンドリューは?」
ぼくは顔を上げ、皆に問いかけた。
しかし、さっきと同じように、皆顔を見合わせて肩をすくめるだけ。
セイは確かに言っていた。アンドリューは買出しに行ったって。だからアンドリューも……。
「私たちは何も知らないのよ、ただエドワールがこの三人をここへ運んできたのだけれど、それから彼はすぐに先生を探しに行ったから……」
ダーラさんがそう言って、心配そうに声を震わせる。
ぼくは顔を顰めた。嫌な考えばかりがぼくの頭を駆け巡る。
上で“誰か”の攻撃をうけて、三人だけが助かったのだとしたら? アンドリューは……
まさか。そんなこと、考えたくもないよ。
「ドル爺! じい!!」
その時、子供の声が人々のざわめきの中から聞こえてきた。セイだ。
ぼくはその声にすぐに反応し、強引に人々をかきわける。
すぐにセイがぼくに飛びついてきた。息が荒く、頬が真っ白だ。
「アンドリューが怪我してるんだ!!」
セイがぼくを引っ張り、震えた声で叫んだ。
一瞬、もの凄い寒気がした。嫌な予感が現実になってしまった。
「血がいっぱい出てて、苦しそうにしてる。それで、それで……」
「アンドリューはどこに?」
必死に説明しようとするセイを止め、冷静に問いかける。
「入り口。そこで、倒れてる」
セイは苦しそうにあえぎながらも、ぼくの質問に答える。
ぼくはセイを抱え上げ、何も考えずに駆け出した。
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