088
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 ダーラさんが、「キヨハルさんに会った?」と言っていたのは、このことだったんだ。
 確かに、ぼくはキヨハルさんに会った。そして、何かをもらった気がする。
「あの部屋全体がキヨハルの墓なんだ。あそこまで大げさにしなくていいって言ったんだがな、どうしてもフランや他のやつらがきかねぇんだ。キヨハルはアンダーグラウンドの中心に居るべきだってな。まったく、とんだ迷惑だと思わないか? 死んだ後もああやってキヨハルに頼りやがって」
 マルシェさんは部屋を出てから、ずっとそうやって愚痴のようにぼくに話を聞かせてくれた。
 珍しいマルシェさんの愚痴に付き合うのは、悪くはない。
 ぼくは時々クスクスと笑いながら、話の合間にいくつか質問をした。
 ヴォルトのこと、アンダーグラウンドのこと、キヨハルさんのこと、未だ会ったことのない話に出てくる住民のこと。
 特に、キヨハルさんの恋人だったという、フランさんの話は興味深かった。
 このアンダーグラウンドの女性の中で、一番強い能力を持っているのは彼女なのだそうだ。
 基本的なミュータント能力はもちろん、その他に特別な力も持っているらしい。
 ただ、性格に問題がある、と、マルシェさんは言う。
「ワガママ、高飛車、自分勝手。キヨハルがなんであいつなんかを選んだのかが不思議だ」
 ようやくすれ違う人がちらほら出てきた頃、マルシェさんは顔を顰めて呟いた。
 ぼくは想像上のフランさんに苦笑いしながら、もう一つ質問をする。
「じゃあ、マルシェさんが公司館に捕まっていた間は、そのフランさんがこのアンダーグラウンドを治めていたんですね」
「ああ、そうだ。あの女がリーダーでよく潰れなかったもんだ。いや、有能な仲間が居るからな」
「確かに、ぼくも驚きました。公司並の能力を持った人がここにこんなにも居るなんて」
「なめんなよ、公司以上の能力を持った奴らばかりだ」
 マルシェさんはそう言って、人差し指をちょいと動かした。
 すると、向こうで観葉植物の陰からエリックとラルフが飛び出し、豪快にしりもちをついた。
 双子はポケットから溢れ出たいたずら道具を慌てて詰めなおし、マルシェさんにべーッと舌を出して向こうへ走っていった。
 マルシェさんはため息をつき、やれやれと肩をすくめる。
「本当に、どいつもこいつも、ちっとも変わってない」
 ため息の混じった言葉だったが、マルシェさんはニヤッと笑っていた。
 そしてぼくに振り向き、さて、と一息つく。
「俺はこれから何かとやることがある。用があればジジィに聞け。大体俺の居場所は知ってるからな」
「はい」
「で、お前はそこだ。茶色い小僧の部屋」
 マルシェさんがぼくの後方を指さした。
 さっき、キヨハルさんの所へ行く前に、ヴォルトはここに居ると言っていた部屋だ。
 公司館のラボラトリーに似た硬そうな扉。手で開けるのではなさそうだ。
「ある程度の設備はある。だからお前が小僧を造れ」
「え、えっ?」
 マルシェさんの言葉に、ぼくは扉の観察をやめ、慌てて振り返った。
 マルシェさんは当然だろ、という顔をして、手を下ろす。ぼくは首を横に振った。
「ぼ……ぼくには無理ですよ。ヴォルト自身ならまだしも……ぼくにはそんな能力はないし」
「なんとかしろ」
 マルシェさんはきっぱりとそれだけを言って、ぼくに背を向ける。
 そんな、ぼくになんか無理だ。ヴォルトのように優れた技術があるわけじゃないし、失敗を恐れない度胸もない。
 できっこないよ、ぼくになんか……――
 混乱し慌てるぼくを知ってか知らずか、マルシェさんはどんどん向こうへ遠ざかっていく。
 ヴォルトは一度ぼくを造ったけれど、その時はヴォルトの体があった。今のヴォルトはデータだけだ。設計図もヴォルトの中だし、ヴォルトに聞きながらぼくが作業するとしても、ぼくがモタモタ混乱するのにいらついて、絶対言い争いになるに違いない。
 少しでも、GXについての知識がある人が居れば……――そうだ、居るじゃないか!
「マルシェさん!」
 ぼくは声をあげ、マルシェさんを呼び止めた。
 マルシェさんが振り返る。
「ランスさんを呼んでくれませんか?」
 そう言うと、マルシェさんは不思議そうに肩をすくめたが、「わかった」と頷き、再びぼくに背を向けた。
 ぼくは軽く頭を下げ、そしてヴォルトの部屋の前に立つ。大きな扉の横に、扉を開けるスイッチがあった。
 マルシェさんの足音が、賑やかな声に消えていく。
 ぼくはそのスイッチを押し、部屋の中へ入った。

 ぼくが部屋へ足を踏み入れた途端、ひとりでに明かりがついた。
 まず最初に目についたものは、何も表示されていない、黒い大きな画面だった。
 よく似ている。公司館のラボにあったぼくらの本体に。
 ぼくは足を進め、部屋を見回す。とても広く、壁一面に大きな機械がしきつめられている。
 なるほど……公司館のものと同じ機能のある機械もある。どうしても造れない、というわけでもなさそうだ。
「……ヴォルト?」
 ちょうど入り口の正面にある画面に向かい、呟くように話しかけてみた。
 すると、部屋のどこからか重い唸りのような音が聞こえてきて、部屋全体に響き渡る。
 ぼくは真っ直ぐに画面の中心を見つめたまま、ヴォルトの返事を待った。
 しかし、画面にはヴォルトの返事も、何も映し出されない。
 やっぱり、公司館のものでないとぼくらには合わないのだろうか?
 ぼくが諦め、マルシェさんに報告に行こうとした、その時。
 突然画面にスイッチが入り、簡単な図形が映し出された。
 それは、目の前の一番大きな機械への接続の方法だった。複雑に曲がりくねった線が色々な色でいくつも表示され、それぞれに簡単な説明が添えられている。
 そして、一番右下の最後のほうには、黒い人影の画像があり、そこへ進む矢印には、“優等生へ”と書いてあった。
 間違いない、ぼくらが接続のできるロボットだと知っているということ、そしてこの癇に障る言い方は、ヴォルトだ。
 ぼくが思わず小さく吹きだすと、画面の下から色とりどりのコードが飛び出してきた。
 ぼくは画面近くの椅子へ腰を下ろし、接続方法の表示された画面を見ながら、それぞれの接続部分をぼくの体へ差し込んでいく。
 すべての接続が終わる頃には、両腕に重たいほどコードが繋がれ、ぼくが動くたびに床を引きずられるコードがずるずると音をたてていた。
 手の甲に最後の赤いコードを接続し終わり、ぼくはもう一度画面を見上げる。
 すると、今度はぼくの体から唸るような音が聞こえ、そして目の前が赤く染まっていった。
 入り込んでくるのがわかる。ヴォルトだ。
「ヴォルト?」
 ぼくは何も表示されなくなった画面を見つめたまま、もう一度ヴォルトを呼んだ。
 久々の相棒の姿が、ぼくの目の前に浮かび上がる。
「よお」
 ヴォルトがポケットに手を突っ込み、相変わらず生意気そうにニヤッと笑った。
 変わらない姿に、ぼくはほっと一息つき、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかる。ぼくの体重とたくさんのコードの重みを、背の高い椅子は軋んで受け止めた。
「どうなるかと思ったよ」
「まったくだ。何でもっと早く来なかったんだよ、お前。なんだその頭は」
 ヴォルトがぼくを蹴る仕草をして、不機嫌そうに顔を顰めた。
 ぼくは「ごめん」と苦笑いして、それを避ける。
 そして、このアンダーグラウンドに来てから得たすべての情報を、ヴォルトに伝えていった。
 出会った住民のことはもちろん、このセンターの構造やそれぞれの部屋の役割、マルシェさんの怪我の具合やキヨハルさんのお墓のこと、アンダーグラウンドの街の様子などを、一気にヴォルトへ説明した。
 ヴォルトはあぐらをかいて腰を下ろし、頬づえをついて黙って聞いている。
 ある程度すべてを話し終わると、ヴォルトは情報を整理しながら、「わかった」と頷いた。
「なるほどな……でも、まあ、よくこんな街を作ったもんだ」
 ヴォルトはぼくの見たアンダーグラウンドを見返しながら、感心したようにそう言う。
「うん。マルシェさんが前に言っていたね。苦労したって」
「その、“キヨハルさん”ってやつがな。まさか、そいつが一人で造ったなんてことないよな」
 ヴォルトが苦笑いして言ったその言葉に、ぼくもまさか、と肩をすくめた。
 でも、マルシェさんのあの言い方は、そうとも取れる。
「本当にそうだとしたら、信じられないほどの能力の持ち主だな。まあ、もう居ないことは残念だけど」
 ヴォルトはそう言って、その場に立ち上がった。
 そして手足をぶらぶらと動かし、少し唸りながら体を伸ばす。
「しばらくこの中に居たけど、その間誰も入ってこなかったぜ。まったく、こっちは退屈で死にそうだったってのに、お前はのんきに住民と交流してたわけか」
 そう言って不機嫌そうに笑ってみせるヴォルトに、ぼくは苦笑いして「ごめん」と謝る。
 ヴォルトはやれやれと首を振り、いつものようにズボンのポケットへ手を突っ込んだ。
「それで? 俺はこれからどうすりゃいいってんだ。公司館に戻るのは、ごめんだぜ」
 ヴォルトのその言葉に、ぼくは思わず背を丸め、また苦笑いした。
 ぼくが造る、なんて言ったら、ヴォルトは何て言うだろう。やめろとか、壊されるとか言うかもしれない。
「その……マルシェさんは、ぼくにヴォルトを造れって言うんだけど」
「わかった、じゃあそうしてくれ」
 恐る恐る告げた言葉に、ヴォルトはあっさりとそう返した。
 ぼくは唖然とし、また首を傾げて苦笑する。
「ぼくが造るんだよ?」
「何だよ。いいじゃねーか、別に」
 ヴォルトは肩をすくめ、逆に不思議そうにそう言った。
 言い返す言葉もなく、不安げに眉を下げる情けない顔のぼくに、ヴォルトはやれやれとため息をつく。
「お前なぁ、もう少し自分に自信を持てよ。相変わらず面倒くせぇ性格残ってんな」
 ヴォルトがいらいらと髪を掻きむしり、唸るようにそう言った。
 ぼくは何だか自分が悪いことをしたような気分になりながら、落ち込んだ背中をさらに丸める。
「俺たちはGXだぞ。最新技術の集合体だ。ミュータント能力はもちろん、身体的能力も人間には勝る。技術力だってある程度は持ち合わせているはずだ」
「まあ……それはそうだけど、それでもぼくはただのロボットだもの。人には勝てないよ」
「何だ、それ。お前変わったな」
 ヴォルトがそう言って、呆れたようにまたため息を零した。
「変わった?」
「ああ、変わった。前のお前だったら、人に勝てないなんて言わなかっただろ」
 ヴォルトは頷き、そう言う。
 その言葉に、ぼくは過去を思い出した。そうだ……人に勝てないなんて思ったことは、一度もなかった。
 けれど、今では本気で勝てるなんて思えない。公司と同等の……いや、それ以上の能力者たちを、たくさん見てきたから。
「人との関わりでお前も学んだってわけだ。人にも俺たちと同等の力を持った奴らが居るってな」
 ヴォルトがそう言って、ニヤッと笑った。
 それはまるで、自分は前から知っていた、というような言い方だった。
「ヴォルトは知っていたの?」
 ぼくは首を傾げ、そう問いかける。
「まあ……そんなこともあったな」
 ヴォルトは少し目を伏せて、ごまかすように短く答えただけだった。
 その時、ぼくの背後で部屋の扉が開く音がした。
 ぼくは驚いて振り返り、この姿を見られてはまずいと、慌てて腕のコードを掴んで引っこ抜こうとする。
 絶対に間に合わない。それでも無理やり引っ張ると、ヴォルトが「待てよ!」と喚いた。
「待て待て! そんなことしては接続部が傷つく。私だよ、アラン君!」
 駆け寄ってきた足音と、その声の持ち主に、ぼくは引っ掴んだコードを抜かないまま離した。
「よかった……ランスさんか」
 ぼくは背もたれに深く寄りかかり、安堵のため息を零す。ぼくの重みに椅子が大きく軋んだので、ぼくは体を起こした。
「待たせて悪かったね」
 ランスさんはニッコリと微笑み、身にまとった白衣をきっちりと着なおす。
「どうだい、思い出せるかい?」
 その問いかけに、ぼくは頷いた。
 こうして見ると、確かに見覚えのある人だった。確かあの頃は口ひげがなかったけれど、公司館のぼくのラボで、ぼくを造ってくれた人だ。
「No,6は元気かな?」
「はい。相変わらずですよ」
 ぼくは苦笑いし、そう言う。
 ヴォルトが顔を顰めて、またぼくを蹴る真似をした。
 ランスさんは豪快に笑い声をあげ、腰に手を当てる。
「それじゃあ、早速はじめようか」
 どこか不安な気持ちを捨てきれないまま、ぼくは小さく頷いた。



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