006 ぼくたちは、街中の人気のない路地へ、音もなく現れた。
家と家にはさまれているが、日の光が少しだけ差込み、片側の壁だけ光っている。
向こうに見える大通りからは、市場の賑やかな声が聞こえてきていた。
「誰にも見られていないだろうな?」
ヴォルトは目を細め、あたりを警戒してじっくりと見回す。
「見られても平気さ。ここには、罪人と同じ能力を持つ仲間しか居ないんだから。みんな、もう慣れっこだよ」
ぼくはそう言って、先に大通りへ歩き始める。
「……仲間ねぇ」
ヴォルトは鼻で笑い、ぼくの後をついてきた。
明らかにヴォルトの今の言い方は、何かを否定しているような言い方だ。
だけど、まだ、ヴォルトには意見をきかないほうがいい。
ぼくは黙ったまま、薄暗い路地から明るい大通りへ脱出した。
大通りは、路地や、公司館とはまったく違って、華やかで、とても賑わっていた。
果物や野菜を売る店もあるし、テイルの好きそうな装飾品を売る店も出ている。ちょうど、週に一度の露天大市場の真っ最中だ。
地下といっても、太陽もあるし、風もふく。天気だって変わる。
なぜかって? それは、ぼくたちの仲間のおかげ。
「ねぇヴォルト、最近、マーシアを見た?」
ぼくは頭上に光る太陽を見上げ、隣に移動したヴォルトにたずねた。
「いや」
ヴォルトは短く答えて、果物店のぶどうに目をとられている。
「まだ忙しいのかな。しばらく休んでもいいのに」
ぼくがそう言うと、ヴォルトは首を横に振った。
「マーシアが居なくなったら、この世界は終わりだぜ」
マーシアとは、ぼくらの仲間で、ナンバーでいうとGX.No,2のこと。
マーシアの力は、気候を自由に操ることだ。
ぼくにはどういう仕組みになっているのかはわからないけれど、マーシアのおかげで、この地下の街には太陽がある。
公司館のてっぺんで、マーシアはいつも太陽を操っているんだ。
マーシアが“お仕事”に出ることは、滅多にない。だけど、もしもぼくたちが失敗しそうになったり、逃げ損ねたりすると、マーシアが太陽を消してくれる。世界を真っ暗にするんだ。
マーシアは明るい性格で、時々すごく強引だけど、それでもみんなのことをいつだって気遣ってくれる。
ヴォルトの言うとおり、彼女が居ないとこの世界はただの真っ暗な空間になる。だから休みが取れないのは当たり前だけど、ここのところ、ずっとぼくらの部屋にも顔を見せていない。でも、元気よく太陽が出ているということは、マーシアも元気なのかな。
その時、人工太陽の方向から、商店の屋根をはためかせる強い風が吹いてきた。この風は、テイルだ。
ぼくは振り返って、公司館のてっぺんを見上げた。
黄緑色の長いものが、風の流れに乗って優雅に揺れている。テイルの髪の毛だろう。
マーシアとテイルは、とても仲がいい。よくぼくらの留守中はマーシアのところへ会いに行っているみたいだし、もしぼくらみたいに街の商店街を歩けたら、本当の姉妹みたいに見えるだろうな。
「テイルか」
ヴォルトがぼくの隣に来た。いつの間にか、四分の一に切られたすいかを手に持っている。
「うん」
「うえ、パサパサする。アラン、そろそろ雨を降らしてやれよ」
ヴォルトはまずそうに顔を顰め、水分の少なそうなすいかをぼくのほうへ押しつけた。
そう、雨を降らすのは、このぼくの役目だ。そういえばここ一ヶ月ぐらい、その仕事をしていない。
だって命令を下すのは、お父様だから。
「でも、お父様が……」
ぼくがそう言うと、ヴォルトはとたんに一番嫌な顔をしてみせた。
「なんだよ。お前もあんなくそオヤジの言いなりか」
唸るヴォルトに、ぼくは恐る恐る頷いた。ヴォルトは小さいけど、怒らせると怖い。
たとえぼくだって、ヴォルトが本気で怒れば、灰も残らないほどまで燃やされかねないよ。
「で、でも……お父様の命令は、絶対だよ。ぼくらのお父様だもの」
「あぁ、オヤジの言うことを聞いて、いい子ちゃんになってりゃあ、罰は受けねぇもんな」
ヴォルトがおどけて鼻を鳴らす。ヴォルトのバカにするような言い方に、ぼくもついにカチンときた。
「ヴォルトは、なんでもそうやって、最初から否定するんだよね」
ぼくも嫌味っぽく鼻を鳴らし、言ってやった。
「なんだと?」
すると、ヴォルトはじろりとぼくを睨んできた。
目の上のあたりがいらいらしてきた。もう、いい。言ってしまえ。
「ヴォルトはいつもそうだよ。一人だけで行動して、人の事をまったく考えないんだから」
ぼくは後ろでこぶしを握りしめて、ヴォルトをじろりと睨みつけてやった。
珍しくけんか腰のぼくに、ヴォルトは一瞬驚いたようだった。しかし、すぐに顔が顰められる。
「人の事を考えない? それはお前らだってそうじゃないか」
ヴォルトも負けじと言う。
「どこがさ」
ぼくが言う。そのとたん、ヴォルトの目つきが変った。
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