081
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 その後、ぼくらはまた街をぶらつき、物陰に隠れて、大通りをキョロキョロと見回しているアンドリューを見つけた。
 後ろからそっと近寄り、甲高い声で話しかけると、セイの思惑通り、アンドリューは「ぎゃあっ」と声をあげて飛び上がった。
 さっきの優雅で王子様のような雰囲気はどこへ行ったのか。ぼくらを見て、「メリサかと思った」と安堵のため息をつくアンドリューを、セイは遠慮なく大声で笑い、目立つ大通りに引きずり出そうと引っ張った。
 どうやら、完璧なアンドリューにも、一つだけ苦手なものがあるらしい。
「ダメなんだ、自分の妹なのに、どうも苦手でね」
 アンドリューは額の冷や汗を拭いながら、胸をさすってため息をついた。
 セイは不機嫌そうに鼻を鳴らして、「当たり前だ、あんなやつ」と呟く。
 素直じゃないセイにニヤニヤしていたら、セイに一発くらいそうだったので、ぼくは慌ててアンドリューに話しかけた。
「確かに、突進してくる妹には、苦労するよね」
「体験したような口ぶりだな」
 苦笑いしてアンドリューにそう言うと、セイがぼくの後ろに来て膝を蹴った。
 カクッ、と中腰に倒れるぼくに、セイは容赦なく圧し掛かってくる。
「うん、まあ、そんなものさ」
 ぼくは肩車させようとするセイの手を掴んで前に引っ張り、降ろそうと必死になりながら返事した。
「おまえ、どんだけ兄弟が居るんだよ」
 セイは歯を噛みしめてそう言い、ぼくの髪を再びわかめにしてやろうと引っ張っている。
 そんなぼくらを、アンドリューはクックッと笑いながら眺めているだけだ。
「アンドリュー、た、助けて」
 いよいよ頭が首ごと抜けそうになった頃、ぼくは引きつった声で救助要請を出した。
 すると、アンドリューはセイの額を軽く手のひらで叩き、注意を自分に向ける。
「てっ」
「セイ、アンダーグラウンドの掟、三つ目は?」
「喧嘩しないこと!」
 すずしい顔でそう言うアンドリューに、セイは大声で答え、ぼくからアンドリューへと標的を乗り換えた。
 それから何とか頑張って、ぼくはもみくちゃの喧嘩をする二人を引き剥がそうとした。
 セイがアンドリューの髪をやかましく喚きながら引っ張って、アンドリューはセイが自分に乗ってこないように、なんとか抵抗していたけれど、セイがぼくの上に乗ったまま足をばたつかせるものだから、ぼくも被害を被った。
 やがて、そうやって何分も騒いでいるうちに、近くの家から大柄なおばさんが飛び出てきて、大声で怒鳴ってぼくらの頭をフライパンで叩いていった。
 さすがに、フライパンの底で音がするほど強打されれば、セイもアンドリューも、ふらつきながらもようやく騒ぎを止めた。
 回線が混乱していたらどうしよう、と頭を抱えるぼくの目の前で、ぼくから降りたセイと、服を整えるアンドリューがまだいがみ合っている。
「アンダーグラウンドの掟、四、水色頭の襲撃には気をつけろ」
「五、金髪の鼻持ちならない言動にはそれ相応の対応を」
 ぼくは、まだ歯を食いしばって睨み合う二人の間に入って止め、なんとか笑顔を作った。
「いつもこんなことしているの?」
「たまにさ、たまーに」
 アンドリューが鼻を鳴らし、質問に答える。
 セイが眉間に思いっきりしわを寄せ、べーっ、と舌を出した。
「年下相手に大人気ないぜ、ハリソン君」
「ああ、何とでも言え」
 アンドリューの態度に、セイがまた不機嫌そうに唇をすぼめた。
「喧嘩はよくないよ、ほら、キヨハルさんも言っていたんだろ?」
 まだ機嫌の悪い二人を、ぼくは一応両手で押さえながら言う。
 すると、やっぱりその名前には弱いようだ。二人とも、少しばつが悪そうに頷いた。
「ああ……まあ、うん」
 セイはぽつりとそう言い、ズボンの両ポケットに手を突っ込んだ。
 そのままひじを伸ばして突っ張る姿に、ふとぼくの兄弟が思い浮かんでくる。
 ごたごた騒ぎで、すっかり頭の片隅に追いやられていた。ずっと気にしていたことを、ぼくはようやく口にした。
「あの、ねえ、ここって……アンダーグラウンドって、その……大きな機械はあるかい?」
「機械? そうだな……センターに行けば、ある程度のものはそろっていると思うよ。僕はあまり機械が得意じゃないから、頻繁に出入りはしないけれど」
 アンドリューがそう言って、右手に見える大きな建物を指さした。
 アンダーグラウンドの中で一際目立つ、縦にも横にも大きい、全体的に丸いフォルムをした建物だった。
 住人が増えた時、家を作るまでの仮住まいのための部屋があったり、住民で集まって会議をする時に使ったりなど、様々なことに使われるのだと、さっき街を歩き回った時、セイが説明してくれた。
 なるほど……あの大きさなら、あるかもしれない。
「じゃあさ、その……ロボットは居るかい? 何でもいいんだ。人の手伝いをするものでも、大きくてたくさんのデータが入るものでも」
 もう一つ質問すると、セイとアンドリューは顔を見合わせて、首を傾げた。
「ロボットなんて、ないぜ。でかいコンピューターはいくつかあるけどさ」
 今度はセイが答えた。やっぱり、ないんだ。
「そうか……」
 眉を顰めて、悩むようにあごに指をそえるぼくに、二人がまた顔を見合わせたのがわかった。
 不安がさらに深まった。もしかしたら、ここにはヴォルトを作るための材料や機械がないかもしれない。
 一から作り出すなんて――いや、ヴォルトならやりそうだけれど――そんなことをしたら、ぼくらがGXだとすぐにばれてしまう。それに、材料もなさそうだ。
 アンダーグラウンドに、公司館ほどの技術はない……一度公司館に戻らなければ、ヴォルトを人型にすることはできないのだろうか……。
 うーん、と唸って眉間にしわを寄せるぼくを、セイがまん丸の目で、下から覗き込んできた。
「ロボットなんかにたよってると、体がなまるぜ」
 セイが言う。ロボットなんか、という言葉に、ぼくはむっと顔を顰めた。
「ロボットだって、結構役に立つよ」
 多分、と付け加えるぼくを、セイはまた不思議そうな目で見ていた。
 それでも、今のぼくの頭の中は、ただヴォルトをどう治すかという、不安でいっぱいだった。
 どうするべきだろう。まず、マルシェさんに会わないと……ヴォルトをどこに持って行ったのかも、知りたいし……それに、ぼくが今後何をすべきか、指示をもらうためにも。
 うん、と頷き、二人にマルシェさんの居場所を聞こうとしたその時、懐かしい声が聞こえてきた。
「鮮やかな色の頭がそろっているなぁ!」
 豪快な笑い声と、聞き覚えのある男性の声に、ぼくは振り返った。
 そして、思わず目を見開いた。聞き覚えがあるどころか、あの人じゃないか!
「ランスさん!」
 ぼくが思わず駆け寄ると、ランスさんは笑顔を輝かせた。
「いやぁ! まさかここで君に会えるなんてね! いや、マルシェだったら連れて来てくれるだろうとは思っていたけれど、いやぁ、まさか、こんなに早く!」
 ランスさんはぼくの手を両手で取り、何度も何度も大きく上下に振った。
 以前よりずっと筋肉がついて、がっしりとしたたくましい手だった。
 よかった、ちゃんと食べたりしているんだ。顔色もいい。気分も、あの牢獄の時よりずっとよさそうだ。
「ここに来ていたんですね! ああ、よかった……あれから、ぼく、色々あって、みんなを探しにいけなかったから」
「ああ、大丈夫だったよ。彼が、ボルドアがね、公司に捕まる前にこのアンダーグラウンドの住人だったんだ。まだ入り口を覚えていてくれてね、私も共に連れてきてくれたんだ。今、ボルドアはもと居た家へ帰っている。最近、仕事も始めたそうだ。私はセンターの一室を借りていてね、のんびり暮らさせてもらっているよ」
 満面の笑顔でそう説明してくれたランスさんに、ぼくはほっとため息を零した。
 そうか……二人とも、無事なんだ。よかった。本当によかった。
「私の家に来て少し、話さないかい? いろいろ話したい事があるんだ。お礼もしたいしね」
 ランスさんはそう言って、ようやくぼくの手を離した。
「ええ、もちろん……あ、セイ、アンドリュー」
 ぼくは喜びと驚きで、すっかり忘れていた二人を振り返った。
 さすがに、もういがみ合いは止めている。
「ごめんよ、せっかく案内してくれていたのに」
「行ってこいよ。オレたち、そのぐらいで気を悪くしたりしないぜ。友達だろ」
 セイはポケットに手を突っ込んだまま、にかっと笑って、そう言った。
 その後ろで、アンドリューが王子様さながらの笑顔を輝かせ、小さく頷く。
 ぼくは、聞きなれない言葉に少し驚きながらも、顔はすでに溢れ出る喜びを表していた。
「うん、ありがとう」
 初めて言われた“友達”という言葉を、ぼくはとても嬉しく、少し照れくさく思いながら、ランスさんの後をついて行った。
 ランスさんの歩幅は、とても広かった。確かに背丈はぼくと同じほどあるし、体格もいいけれど、これは明らかに急いでいるように見える。
 そうしてしばらく歩き、セイとアンドリューの姿が見えなくなった頃、ランスさんはようやく歩幅を狭くした。
 ぼくは隣に並びながら、さっきとは一変し、ただ押し黙るランスさんの雰囲気に、ただ不安げに眉を下げる。
「アラン君、アンダーグラウンドの住人に、本当のことを話したかい?」
 ランスさんが、低い声で突然そう言ってきた。
 ぼくは思わずはっと眉を顰め、足を止める。
 本当のこと? まさか、ぼくがGXだということ……?
 なぜランスさんが知っているんだ? ぼくは、マルシェさんにしか話した覚えはないのに。
 眉を顰めるぼくに、ランスさんが苦笑いした。
「いや……すまないね。責めるつもりつもりはないんだよ。さあ、我が家に行ってから、また話そう」
 意味深な笑顔と、その言葉に、ぼくは重たい不安感を持ちながら、またランスさんの背中を追った。



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