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「一! 助け合うこと」
「た……助け合うこと」
「二! 困っている人が居たら、手を差し伸べること」
「困った人が居たら、手を差し伸べること」
「手なんて見せられても、嬉しくもなんともないけどな。一番嬉しいのは食い物だろ」
「バカ言うなセイ、苦しい時には、それが本当の救いに見えるもんだよ。はい次」
「三! いたずらしてもすぐに怒らない! 特にダーラ。げんこつ禁止」
「バカ、自分の願望だろ。じゃあ三、一日一回トマトを食べる」
「嘘つけ、あれは食い物じゃない。三番は……なんだっけ?」
「もういいよ、大体同じようなものばっかりだからな。要するに、みんな仲良く手を貸し合おうってことさ」
 ぼくは、その場に無理やり座らされ、“アンダーグラウンドの掟”というものを復唱させられていた。
 基本的に、三つあるらしい。だけど、セイやアンドリューが、それをいかにもふざけたように言うから、ぼくはクスクス笑いながら首を傾げるだけだった。
 とりあえず、さっきアンドリューも言っていたけど、掟の共通点は、最初の“助け合うこと”らしい。
 確かに、そんな感じの街だ。
「その掟は、誰が決めたの?」
 三番目をいかに面白おかしくしてやろうかと、水色頭の奥で思考を巡らせるセイに、ぼくは質問した。
 すると、セイは明らかに「誰だっけ?」という顔をして、アンドリューに助けを求める。
 援助要請を受けたアンドリューも、少し苦笑いして首を傾げた。
「それが、わからないんだ。多分、キヨハルさんの口癖から来たと思うんだけどね。いつの間にかそれが三つに分かれて……ダーラじゃなかったか? アンダーグラウンドに降りてきた人たちを、はじめに世話するのはダーラだから。街を案内するうちに、いつの間にか染みついてきたのかも」
「ああ、そういえば、口癖みたいに言うよな。エリックとラルフを叱る時にも、この三つは絶対に言うぜ」
「謎が解決したな」
 ぼくに向かって、アンドリューがニッコリとした。
「ありがとう」と頷きながら、ここにテイルが居たら卒倒しそうだな、なんてぼくは思う。
 その時、セイがパン! と音をたてて両手を合わせ、満面の笑みでぼくのほうを向いた。
「思い出した! 三、喧嘩しないこと!」
 スッキリした! と仰向けに寝転ぶが、すぐにころんと背中を丸めて反動で戻ってきた。
 次にアンドリューと顔を見合わせて、お互い苦笑いする。
「守れてないな」
「守れてねーな、うん」
 苦笑いが、徐々にニヤニヤ笑いに変わっていく二人を眺めながら、ぼくも思わず小さく笑った。
 その後、ぼくは黙って二人の会話を聞いていた。
 時々話しかけられても、「うん」と「ううん」しか答えないようにした。いろいろばれないようにするには、口数を少なくするのが一番だ。ただでさえ、ぼくはうっかりすることが多いから。後でマルシェさんに何か知恵をもらおう。
 二人の会話には、二言目には、「キヨハルさん」が出てくる。
 あの時はキヨハルさんが、マルシェとキヨハルさんが、キヨハルさんだったら、キヨハルさんは……と、それはもう、果てしない。
 しかも、止め処なく話し続ける二人は、いきいきとして、とても楽しそうだ。
 来るものを拒まず、自分のものは人のもの、超能力は抜群で、いつも笑顔を絶やさない。
 このアンダーグラウンドの人たちにとって、キヨハルさんこそが、正真正銘のヒーローなんだな、と、ぼくは思った。
「だから、あの時キヨハルさんは本当にオレのこと褒めてくれたんだよ。オレ、あの時だけは珍しく自分のことすげぇって思ったから」
「まさか、セイを褒めるなんてこと、あるわけないだろ。朝から晩までいたずらばかりしていたくせに。たまにいい事すると思えば、何かたくらみが絡んでいるし。キヨハルさんがいつも笑顔だからって、調子に乗って……」
「オレはキヨハルさんにいたずらを仕掛けた覚えはないね!」
 いがみ合い、いつの間にかほぼ喧嘩状態になっていた二人をなだめながら、ぼくは苦笑いした。
「二人は、仲がいいんだね」
「ああ、まあ、兄弟みたいなもんだよな」
 セイが少し照れくさそうにそう呟いた。アンドリューも頷く。
 どうやらお互い、友達を越した存在のようだ。
「おまえは、兄弟は居るのか? 居たのか?」
 セイの問いかけに、ふと、ぼくは頭の中に顔を思い浮かべた。
 そして、思わず小さく笑いながら、頷く。
「居るよ。ぼくよりずっと小さいくせにさ、いっつも乱暴なことばっかりするんだ。……そうだな、セイにそっくりだよ」
「オレのどこが小さくて乱暴なんだよ!」
 セイが牙ならぬ八重歯をむき出して喚いた。
 ぼくがアンドリューと顔を見合わせてニヤニヤしていたら、突然アンドリューがはっと目を見開いた。
 ぼくを通り越して、後ろの何かを見ているようだ。青ざめ、明らかに、「まずい」という顔。
「それじゃ僕はこれで。また後でね」
 アンドリューがそそくさと立ち上がり、ぼくらに背を向けた。
 そして、今にも駆け出そうとした、その時、
「お兄様!」
 ぼくの背後で、悲鳴に似た女の子の声があがった。
 もの凄いスピードでフリルのスカートが横切り、次にはアンドリューの引きつった悲鳴が聞こえてきた。
「兄様、酷いわ! せっかく私がアップルタルトを作ったのに、出かけてしまうなんて!」
 一目散にアンドリューに突進して行った女の子は、アンドリューの腰に顔を埋めて、甲高い鳥のような声でそう叫んだ。
 がっちりと腰を掴まれては逃げようがないと、アンドリューも苦笑しながら、後ろを振り返る。
「メリサ、ごめんよ……お願いだから……もう、お菓子作りはやめよう」
「どうして!? 私、少しでも兄様のお役に立ちたくて! 一生懸命、がんばっているのに!」
 メリサと呼ばれた女の子は、アンドリューを見上げ、泣き声交じりにそう言った。
 アンドリューは弱ったな、というようにため息をつき、腰に回されたメリサの手をほどき、ぼくらのほうへ向ける。
「僕の妹のメリサ」
 短く紹介されたアンドリューの妹は、服装も、波打つ金髪も、まるでお姫様そのものだ。
 アンドリューと同じ、宝石のような青い瞳が、整った顔立ちをさらに引き立てる。
 二人並ぶと、まるで童話絵本の中から抜け出たようだ。
「こちらは新入りのアラン君」
 名前を呼ばれて、ぼくははっと立ち上がった。
「あ……アランです。よろしく」
 ぼくはいつも通り、手を差し出した。
 しかし、見下ろされたことが不快なのか、握手するのが嫌なのか、メリサはむっと顔を顰め、ぼくをじろじろと見回した。
 念入りに、ぼくの回りを歩いてまで見回した後、ぼくの前に立ち、腰に手を当ててふんっと威張る。
「七十三点ね」
「な……七十三?」
「お兄様の友人としての点数よ! 一応合格点だけど、ぎりぎりよ。外見はいいけど中身はまだまだだわ。背筋を伸ばして!」
 ぽかんとしているぼくに向かって、メリサはビシッと言い放った。
 何だかついさっきも同じ光景を見た気がする。……そうだ、セイもこんなことをしていたな。
 ふと後ろを振り返ると、セイは嫌そうに顔を顰め、「ナマイキ娘」と小さく呟いている。
「メリサ、失礼はいけないよ」
「はい、お兄様」
 アンドリューの鶴の一声に、メリサは笑顔を輝かせて素直に頷いた。声が一オクターブ高かった気がする。
 その寒暖の差にぼくがまたぽかんとしていると、セイが後ろでふんっと鼻を鳴らしたのが分かった。
「メリサ」
「うるさいわね水色頭!」
 セイがメリサの名を零しただけで、メリサがすばやく怒鳴りつけた。
 ぼく以上の対応に、ぼくは苦笑いして、セイを振り返る。
 セイも負けないほどくしゃくしゃに顔を歪めた。どうやら、この二人はあまり仲がよくないらしい。
 その時、いがみ合うメリサの後ろで、何かに気づいたように、アンドリューが軽く両手を合わせた。
「あっ、今聞こえた。マルシェが僕を呼んでいるみたいだ……じゃ、行くから」
 あっ! と声をあげ、メリサが振り返る頃には、アンドリューの姿は跡形もなくその場から消えていた。
「……お兄様! セイのせいよ! ようやく追いついたのに!」
 メリサはアンドリューのテレポートした場所で地団駄を踏み、さっきよりも二オクターブは高いキーキー声で叫んだ。
 セイはうんざり、という顔をして、メリサのほうへ歩み寄る。
 アンドリューと並んでいる時も思ったけれど、水色頭と金色頭が並ぶと、なんとも目がちかちかする。
「メリサ、オレが食ってやろうか? 黒こげタルト」
 悔しがるメリサに、セイがからかうようにそう言った。
 メリサはキッとセイを睨みつけて、セイの額をペチンと手のひらで叩いた。
「結構よ!」
 スカートのフリルを蹴り上げて、お姫様が全速力で向こうのほうへ走っていく。その背中を見て、セイは「ブラコンめ」と小さく悪態をついた。
 セイは人相が変わりそうなほど思いっきり顔を顰めて、ぶつぶつ文句を言いながら、ぼくのほうへ戻ってくる。
 ぼくはそんなセイに苦笑いして、何か言葉を探しているうちに、いつの間にかメリサの走り去ったほうを見つめていた。
 すると、セイはそれを少し誤解したらしい。
「おまえ、今メリサのこと可愛いと思っただろ」
 セイがぼくを指さし、そう言ってきた。さっきのメリサにそっくりの格好だ。
「え? ああ、うん、可愛い子だね」
「あいつ、外見はあんなだけど、さっきの通り性格は最悪だからな! ワガママで凶暴で、兄貴にしか甘えないんだからな!」
 ぼくの答えの半分も聞かず、八重歯を見せて大声でそう言うセイに、ぼくは驚き、そして思わず笑ってしまった。
 セイは、本当に素直だ。分かりやすい性格だな。
「セイ、メリサのこと好きなんだ?」
「誰があんなやつ!」
 ニヤニヤ笑いのぼくに、セイは噛みつくように返事をした。
 そして思いっきり顔をそらし、また嫌そうに顔を顰める。
 それが、喧嘩した後の素直に謝れないヴォルトにそっくりで、ぼくはまた思わず吹き出してしまった。
「笑うなよな!」
「ごめん、あんまりセイが、似てるから」
 ぼくはクスクス笑いが止められずに、困り顔で謝った。
「誰に?」
 セイは片目を細め、首を傾げる。
「さっき言った、ぼくの乱暴な兄弟だよ」
 ぼくはそう言って、頭を指で突いて見せた。



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