079
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 とりあえず、ぼくらは街を一通り見て回った。
 といっても、地下の地下だからといって特別変わった点はないし、ぼくにとって邪魔な機能を使うほど、危険な場所もなさそうだ。
 ただ、セイがこっそりぼくの後ろに回り、ニヤニヤ笑いを始めた時は、要注意。
 次の瞬間にはぼくの肩に飛び乗って、また勝負しようと言ってくるから。
 もう六回も頭をもみくちゃにされて、七回目の今には、ぼくの髪はわかめのように宙を漂っていた。
「もう、やめてよ、ぼくは君と勝負なんて出来ないよ」
 ぼくは疲れ切ってふらふらしながら、ため息交じりに言った。
「いいじゃねーか! ケチるなよ。ここでは、こうやってお互いの力を高めあうのが常識なんだぜ」
 セイはまたぼくの髪を掻きむしり、ニヤニヤしながらぼくを覗き込んでくる。
 高め合うってレベルじゃないよ、ぼくは。
「ダメだよ、どのみち大怪我するだけさ」
「どっちが?」
「き……いや……ぼ、ぼく」
「何言ってんだよ! あんなに力があるくせに、宝の持ち腐れだ!」
「欲しくて持っているわけじゃないよ……痛ッ! そんなに引っ張らないで! 抜けちゃうよ」
 そう言って振り払おうとすると、セイはむっと顔を顰め、ぼくの頭をわざと踏みつけて飛び降りた。
 また転びそうになったのをぐっと堪え、顔を上げると、もじゃもじゃ頭のぼくを指さして、セイは怒ったように眉をつり上げた。
「おまえはずるい!」
 少し飛び出た八重歯を見せて、セイが怒鳴る。
「それだけ力があるくせに、どうしてそれを使おうとしないんだ! オレだって、オレだってもっともっと強くなったら、キヨハルさんに近づけるんだ。オレはもっともっともっともっと強くなるんだ!」
 そう言って激しく腕を振るセイを見つめ、ぼくはぽかんとしていた。
 そんなぼくに気づいたのか、セイは大口を閉じ、腕を下げる。しかし、相変わらず瞳はぼくをじっと睨みつけたままだ。
「強くなるには、強い奴と戦って経験を積めって、マルシェはいつも言ってた。だから、オレは毎日それを欠かさないし、欠かしたくないんだ」
 真っ直ぐなセイの青い瞳の輝きが、セイの強い心を表していた。
 そうか……セイの憧れは、キヨハルさんなんだ。あのマルシェさんでさえ、恐ろしいと言った人……さっき少し見ただけだけれど、確かに今のセイの力では、マルシェさんの足元にもまだまだ及ばないだろう。
 強くなりたいという気持ちは、わからなくもない。むしろ、ぼくだってもっともっと強くなりたい。
 だけれど、いくら外見だけは人間だとしても、ぼくの中身は機械だ。人に勝るように作られているのだから、そんなぼくと対等にやり合うことなんて、並の人間には無理なこと。公司といえど、ぼくらを恐れていたのだから。マルシェさんやキヨハルさんだったら、どうなるかわからないけれど。
 だけど……
「……わかった。少しだよ、ほんの少しだけだからね」
 ぼくはついにセイの視線の強さに負け、そう言って髪を撫でつけた。
 すると、セイは顔いっぱいで喜びを表して、両手でガッツポーズを決める。
 それほど嬉しいことなのか。そう思うと、ぼくの判断も間違っていないかな、なんて思わされた。
「少しだけだよ、いいね、絶対に本気で来ないで。お願いだ、殺そうとなんてしないでよ。絶対だからね」
 ぼくはセイをなだめるように念入りに言って、一応距離を取ろうと何歩か下がった。
 まるで怯える小さな子供をからかっているように、セイはニカッと八重歯を見せて笑み、早くも逃げ腰のぼくに迫ってくる。
「大丈夫だって、そんなことしないよ。怖がるなよ」
 そう言いながらも、ニヤニヤたくらんでいる顔は、やはりどうも信用ならない。
 やっぱりやめよう! とぼくが叫び出す前に、セイは強く地面を蹴った。
 次の瞬間には、ぼくの目にも止まらず、いつの間にかぼくの目の前にセイの水色頭が迫ってきていた。
 さっきから何度も思っているけれど、なんて身軽なんだろう。
 とっさに、体が勝手に先制しようと手を伸ばした。すぐにそれに気づき、ぼくは慌てて引っ込める。その瞬間、ぐっと体が折れ曲がり、見えない力に背中を押しつけられた。
 わっ、と声をあげ、また前かがみに倒れそうになる。跳び箱のように背中を使われて、セイがぼくの後ろに跳んだ。
「チビを甘く見ると、でかい奴は大体こういうのに引っかかるんだよな!」
 セイの声が後ろから聞こえ、まるで大きな壁が突進してきたかのように、ぼくは背中を押された。
 突き飛ばされるようにして、ぼくはまた危うく転びそうになる。躓きながらすばやく振り返ると、もうセイの姿はなかった。
 その瞬間、何か、下のほうから飛び出てくるような気がした。ぼくはとっさに体を引き、突き上がってきたセイの拳を受け止めた。
 セイは自分がぼくより小さいことを利用して、視界の外へ滑り込み、今度は素手で来ようとしたらしい。
「ひっかからなかったな」
 セイが多少呼吸を乱しながら、興奮気味にニヤリと笑う。
「本気で来ないでって言ったじゃないか!」
 ぼくはセイの拳を離し、ひやひやしながら後ずさりした。
 素手は、まずい。いくら子供だって、ぼくの体に傷をつけたら、GXの厄介な機能が発動してしまう可能性がある。
「本気じゃないよ、まだ」
 セイは楽しそうにそう言って、ぴょんぴょんと跳ねている。その行動に、ふとティーマのことを思い出して、ぼくは少し嫌な予感がした。
「今度は素手はやめるよ。ひょろっちいけど、体格じゃあ負けてるし、オレが強くなりたいのはミュータント能力のほうだから。おまえ、相当の能力者だもんな。そっちで相手して」
 セイは勝手にどんどん話を進め、手の骨をポキポキと鳴らす。
 当然、ぼくは首を横に振った。
「ダメだよ、やっぱりできない。もう少し、時間をくれれば……」
「時間? 何の時間? 祈りの時間?」
 能力制御装置の設定、とも言えず、ぼくは口をつぐんで首を横に振り続けた。
 しかし、セイは好奇心を瞳に集めてキラキラと輝かせる。明らかに、まだやる気だ。
「大丈夫だって、本気は出さないよ、本当。絶対約束するから」
「無理だよ、絶対無理だ。本当にやめよう。お願いだから」
「彼は子守りじゃないんだぞ」
 その時、どこからともなく、ぼくでも、セイでもない声が聞こえてきた。
 次の瞬間、セイが後ろから突き飛ばされて、軽い体は派手に宙を舞った。
 とっさに受けとめようと手を伸ばしたけれど、ぼくの行動はまったくの無駄になった。セイはくるっと空中で体を返すと、着地と同時に駆け出した。
「アンドリュー!」
 セイが咳き込みながら、勢いよく飛び蹴りをくりだす。
 しかし標的は金髪をなびかせて、セイのかかとを見事に避けた。
「ちくしょう、今日だけでもう六回も後ろをとられた! 昨日は一日で十二回だったのに!」
 着地し、なおかつ振り返りざまにパンチを繰り出しながら、セイが悔しそうに言う。
 なめらかな金髪はまたもセイの攻撃をなんなくかわし、水色頭をチョンと突いてセイをからかった。
「まだまだ甘いな、セイ。そんなんじゃ、一生かかったってキヨハルさんに近寄れないぞ」
 そう言って笑った青年は、セイと並んでいるせいか、とても背が高く見えた。
 外見からすると、ぼくの見た目より、ほんの少し上ぐらいの歳だろう。肩を越す長い金髪と、セイより薄い青色の目をしている。
 一目見て、テイルがティーマよく読んでいた、童話の本に出てくる王子様の条件にぴったりだ、とぼくは思った。
 セイが悔しそうに地団太を踏み、不意打ちだとか文句を言っている。可笑しそうに笑っていたアンドリューの目が、ふとぼくのほうを向いた。
「ところで、君は?」
 突然話しかけられて、ぼくははっと背筋を伸ばした。
「あ、ぼく……」
「あぁ、そうそう、アランっていうんだって。変な色の髪してるよな」
 セイが思い出したようにぼくを振り返り、ぼくの変わりに答える。
「お前が言うか。お前ほどおかしな頭の奴は居ないだろ。外も中身も」
「このやろ。覚えてろよ」
「そういえば、シモーナが探していたよ。お前を」
「なんだって? オレ、まだ今日は悪さしてないよ。つまみ食いもしてないし、いたずら書きもしてない。エリックとラルフをけしかけた訳じゃないし……爆竹もこの前封印したじゃんか。今度は何だって言うんだ?」
「さあ、知らないさ。本人に聞けよ。もっとも、話せるほど理性が残ってたらな」
「ははっ、そりゃあすげぇや。とっとと逃げよう」
「かくまってはやらないぞ。この間お前をかばってやったアロルド、ドル爺の治療でも全治二ヶ月だっていうじゃないか」
 ぼくはテンポのいい二人の会話を聞きながら、ただその場に立ちすくんでいた。
 セイに正体がばれるまで攻撃されなかったことの安堵感と、突然現れた金髪青年に、ぼくは心底驚いていた。
 テレポート能力のあるミュータントならば、確かに一瞬で目的地に移動することはできる。
 だけれど、ぼくに気づかれず、テレポートを成功させるなんて。もしかしたら、この子はマルシェさんと同等の能力者かもしれない。
「ところで、新入り君」
 また唐突に話しかけられて、ぼくは驚いて飛び上がった。
「あ、は、はい」
 思わず、引きつった返事をする。
 すると、アンドリューは目を細め、クックッとマルシェさんそっくりの笑い方をした。
 その笑い方に、ぼくの緊張がちょっとだけ緩む。
 アンドリューは「ごめん」と呟き、ぼくに手を差し伸べた。
「僕はアンドリュー=ハリソン。よろしく。名前で呼んでくれ、呼び捨てでかまわないから」
「あ……うん。ぼくはアラン、よろしく」
「アンドリュー、何でおまえ、こいつのこと知ってるんだ?」
 セイはぼくを肘で小突き、アンドリューに問いかける。
 すると、アンドリューはぼくに向かってにっこりと笑った。
「あぁ、アンダーグラウンド中、帰ってきたマルシェのことと、君の噂でもちきりだよ。マルシェは一度死んで生き返ったんだとか、君が相当の能力者だとか、キヨハルさんの跡継ぎだとかね」
 アンドリューがくすっと笑うと、セイが慌ててぼくらの間に飛び出してきた。
 自分より身長の高い二人に挟まれて、なんとか同じ目線に行こうと、セイはぴょんぴょんととび跳ねる。
「なんで! こいつが!!」
「あのマルシェが連れて来たんだ。少しでも、そう思う奴も居るさ」
 ぎゃあぎゃあと喚くセイの顔面を押さえつけて、アンドリューがまじまじとぼくを見つめた。
 見慣れない、整った顔立ちと輝く瞳に、ぼくは思わず苦笑いして引き下がる。
「確かに、どこか似ているかもしれない」
 アンドリューはそう呟き、ぼくの瞳を見つめた。
 人と違うことがばれてしまう前に、ぼくは顔をそらし、首を横に振る。
「ぼ、ぼく、跡継ぎだとか、そういうのじゃないよ。ただ、マルシェさんについて来ただけで」
「ふうん、そう。ここに来る前は、何をしていたの? ただの街人? 公司にしては若すぎるけど、公司館に居たマルシェを連れてきたってことは、公司の手伝いか何か?」
 星屑を散りばめたみたいにきらきら光る目をして、アンドリューがさらに詰め寄ってきた。
 所々ドキッとさせられる質問に、ぼくは思わず顔を引きつらせる。この人、鋭い。
「まさか。公司なんて、怖くて近寄れないよ」
 ぼくはそう言って、無理やりにっこりしてみせた。
 それでも、アンドリューの青い瞳はぼくから離れない。なめらかな金髪で覆われた頭の奥では、ぼくを疑ういろいろな思考が巡らされているのだろう。
 まずい、すごくまずい。ぼくはこういう人に弱いんだ。ティーマと同じ感じがする。
「キヨハルさんはたった一人なんだ! 跡継ぎなんていらないんだよ! いらないから、いつかオレがなってやる!!」
 その時、セイがアンドリューの手を逃れて、大声で喚いた。
 そのおかげで、アンドリューの目がぼくから離れる。ぼくはほっとして、引きつった頬を撫でた。
「矛盾してるぞ、セイ」
 アンドリューはそう言って、セイの水色頭を軽く叩いた。
 そして、再びぼくのほうへ目を移す。しかし、今度は控えめに微笑んでいた。
「そんなに緊張しないでくれよ、僕は別に君を疑っているわけじゃないんだ。公司のスパイだとかね。ただ、街の人のことをよく知っておくのも、キヨハルさんへ近づく道だから」
 その言葉に、ぼくはほっと胸を撫で下ろした。
 アンドリューも、セイと同じく、キヨハルさんに憧れる一人か……。
「みんな、キヨハルさんが好きなんだね」
「あぁ。キヨハルさんを嫌う奴なんて、この世に居るもんか」
 セイはまた八重歯を見せて、子供らしくニカッと笑った。
 どうやら、ここの人たちは、みんなキヨハルさんに憧れているらしい。
「まぁ、気を抜いていこうよ。ここには公司みたいな怖い奴なんて居ないからさ」
 アンドリューがそう言って、もう一度手を差し伸べた。その隣で、セイがまたニカッと笑む。
 ぼくは頷き、しっかりと握手した。
「アンダーグラウンドへようこそ、アラン君」



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