078
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「ごめん、格好が似てたから、マルシェだと思ったんだ」
 少年はそう言ってぼくを乗り越えて飛び降り、カエルみたいに見事着地した。
 肩を踏み台にされて、前のめりになりながら、ぼくは顔を上げる。
「似ているって、ぼくが? マルシェさん、こんな格好をしていたの?」
「あぁ? うん、あいつ、ヒゲとかはいい加減だったけど、服装はしっかりしていたぜ」
 少年が頭をかき、答えた。さっきは気づかなかったけれど、なんと髪が水色だ。
 普通のショートカットだけれど、絵の具を零したみたいな鮮やかな水色で、もみあげだけが異常に長い。
 さっきの身軽さと合わさって、ぼくの脳みそは勝手に彼を“特殊な人間”と位置付けていた。
「オレの名前はセイ=ロメンス。セイでいいよ。よろしくな」
 セイは鋭くとがった八重歯を見せ、にかっと笑った。
 歳は、ヴォルトの見た目と同じか少し下ぐらいか……だけど、ヴォルトよりは背が低い。
 ぼくがセイを見ている間、セイもぼくを観察していたようだ。
「変な色の頭だなぁ」
 セイはぼくの髪をじろじろと見つめ、遠慮なくそう言う。
 君に言われても……、と思いつつ、ぼくは苦笑いしておいた。
 すると、そんなぼくに気づいたのか、セイが自分の髪の毛を少しつまんでみせた。
「地毛だぜ、これ」
「え?」
 セイの予想外の言葉に、ぼくは呆気にとられた。
 セイは髪を離し、つむじをぼくに突き出してみせる。生え際まで、すっかり水色だ。
「突然変異ってやつでさ、ちょうどオレに能力が生まれた頃、染まり始めたんだ」
「じゃあ、君も能力者なの?」
「そうだよ。おまえ、名前は?」
「セイ、初対面の人に、そんな口の聞き方ないだろう」
 ぼくらのやり取りを黙って見ていたブリッジスさんが、セイの水色頭を手で掴み、唸るように言った。
 ぼくは「いいんです」と首を横に振り、精一杯明るい笑顔を作った。
「ぼくはアラン。よろしく」
 ぼくは簡単に名乗り、自分から手を差し出す。
 すると、セイもにかっと八重歯を見せて笑み、ぼくと握手をした。
「アランな。じゃあ、オレが案内するよ。このアンダーグラウンドの中をさ」
「アンダーグラウンド?」
「あぁ、ここの名前だよ。地下の地下だから、アンダーグラウンド」
 セイは、かっこいいだろ、とまた八重歯を見せて笑う。
 なるほど、とぼくは頷いた。
「じゃ、行こう。紹介したい仲間はいっぱいいるからな!」
 セイはぼくの腕を強引に引っ張り、ブリッジスさんたちのもとを離れていった。

 ぼくは、強引なセイについて、マルシェさんたちの街を歩いて回った。
 実際に歩いてみると、上ほどではないけれど、やっぱりすごく広い。
 さっきも見たように、普通に家は建っているし、あちこちの街灯や家から明かりがもれているから、街はとても明るい。
 それに、行く先で何人もの人が気軽に声をかけてくる。
「セイ! そちらは新入りかい?」
「うん、マルシェが帰ってきたんだよ! あいつが連れて来たんだぜ、あのマルシェが! きっとなかなかやるぜ、こいつ」
 セイに大げさに紹介されるたびに、ぼくはなんだか気恥ずかしかった。
 それと同時に、また不安が湧き上がってきていた。
 ぼくは、今までロボットの兄弟たちとの交流を中心にしてきた。人間に接することなんて、ほとんどない。
 公司たちも、ほとんどロボットのような人間だった。誰もがお父様に忠実で、規則通りに動き、ミスを恐れる。
 いくら人間だと口で言っても、ぼくの中身はロボットだ。こんなふうに、自分の意思がはっきりしている人間たちに、受け入れてもらうことは、出来るのだろうか……。
 ぼくはセイに紹介される間中、そんなことばかり気にしていて、しばらく顔をうつむかせていたが、徐々にその不安は、ぼくの中から削除されていった。
 街中でセイに声をかける人々は、口々に、笑顔でぼくに「ようこそ」と言ってくれた。
 時には、握手もしてくれる。冷たい手だと思っただろうけど、誰一人として、それを口にしなかった。
 そのたびに、ぼくはすごく嬉しくなった。まるで自分が何もかもを許され、受け入れられたような気分になっていた。早く、ヴォルトにもこの街を案内したい。
 そうやっているうちに、ついにアンダーグラウンドの端まで着いてしまった。
 セイが言うには、この世界は箱型になっているらしい。トンネルのように、壁もコンクリートで固めてあるのかと思ったら、土が少し固めてあるだけで、指で掻いたらポロポロと落ちてくるほど、脆いものだった。
 こんなもので、ここは崩れたりしないの? とセイに訊くと、「キヨハルさんが作ったんだから、そんなわけないだろ」とあっさり返された。それと、「土がないと人間は生きていけないんだぜ」とのことだった。
 その後は、その壁に沿って、横へと進んでいった。途中、あの居眠りしていた門番、エドワールさんの隣を通ったけれど、エドワールさんはやっぱり寝ていた。
 セイが鼻の穴に指を突っ込んでみても、耳を思いっきり引っ張ってみても起きないので、これはもうだめだと諦めて、そこは通り過ぎることにした。
 街のほうへ目をやると、家が規則正しく並んでいた。やっぱり、最初に入ってきた時に正面に見えた、あの通りが一番大きな通りのようだ。商店も、そこに集中している。
 一体、どこからこんなにたくさんの家を作る材料を手に入れたのか……ぼくは聞きたかったが、だいたいセイから返って来る答えはわかる気がする。きっと、「キヨハルさん」という単語が入っているに違いない。
 マルシェさんの友人で、このアンダーグラウンドの創造者。
 そのほかにぼくが知っていることといえば、とても高度な能力を持っていて、とても人柄のいい人だった事ぐらい……。
 あのマルシェさんが「恐ろしい」と言ったほど、キヨハルさんはすごい人らしい。だから、ぼくも会って話をしてみたい、なんて思うけれど、もうそれも叶わない。
 キヨハルさんはもう、亡くなっているのだから。
「なぁ、おまえの髪も地毛なのか?」
 ついうつむき加減になっていたぼくに、セイが問いかけてきた。
 ぼくは顔を上げる。セイは頭の後ろに手を回し、こっちを向いていた。
「え? あぁ、うん。そうだよ」
 ぼくが頷くと、セイはぱぁっと顔を輝かせた。
 大きな目をまん丸にするその表情は、ティーマにそっくりだ。
「へぇ! じゃあ、オレたち同類だ」
 セイは嬉しそうに、八重歯を見せてにかっと笑う。あんまり笑顔が大きいから、全身で笑っているような感じがした。
 あまりに嬉しそうな表情に、思わずぼくも口元がほころんだ。
「なぁな、ちょっと手合わせしようぜ。ここなら、家に被害が行くことはないし」
 セイは好奇心いっぱいの顔でそう言って、何度かぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。
 突然のその提案に、ぼくははっと体を引き、首を横に振る。
「だ、ダメだよ。できない」
「なんで?」
「な、なんでって……」
 いくら公司館からは独立したといっても、ぼくはGXだ。
 自分で言うのもなんだけれど、相当の能力者じゃないと、ぼくと対等にやり合うなんて、とてもできない。
 だけれど、ここで「ぼくはGXなんだ、君とでは力の差がありすぎる」なんてこと言ったら、セイの反応は目に見えている。
 ぼくがGXだと告げた時のセイの反応を思い浮かべ、必死に首を横に振るが、セイは知らずに体をワクワクさせて、そんなぼくの行動を無視した。
「マルシェが連れて来た能力者はみんな、半端じゃなく強いんだぜ。じゃ、行くよ! 3、2、1!」
「えっ!? ま、待っ……」
 ぼくの言葉も聞かず、目の前からセイの姿が見えなくなった。
 はっと気づいた頃には、ぐいっと下に押される感覚とほぼ同時に、セイはぼくの頭を踏み台にして飛び上がり、ぼくの後ろに着地した。
「鈍いなぁ!」
 セイの声が聞こえて、ぼくは振り返った。なんて身軽なんだろう。
 踏みつけられた頭を押さえている暇もなく、セイがぼくに向かって腕を上げた。
 その瞬間、まるで重たい岩が突進してきたような、容赦ない攻撃がぼくを襲った。
 土の壁に体を打ちつけられて、ぼくの周りの土がボロボロと崩れ落ちる。
 間髪いれずに、またセイが攻撃してきた。しかし、今度は能力でなく、拳でだ。
 ぼくはとっさにセイの拳を手のひらで受け、体をずらした。
「ダメだよ、できないよ!」
 ぼくはセイの手を放し、反対側へ逃げる。
 しかし、セイはさも嬉しそうに追ってくる。きっと、日々こんな遊びをしているのだろう。
「なんだよ、もったいぶるなって。そんなに痛めつけたりしないよ!」
「そういうわけじゃない! ぼくは、君みたいな子とは……うわっ」
 また見えない何かに体が押され、ぼくはよろめいたが、今度はなんとか踏みとどまった。
 しかし、その瞬間、ぼくの体の中で重い音が響き、そして目の前が赤く染まりはじめた。
 まずい!
 ぼくはとっさに目を隠し、セイに向かって手のひらを広げた。
 目隠しをしていて見えなかったが、セイのほんの少しの驚きの声と、土壁に何かが当たる音がして、その後は沈黙が流れた。
 土の壁が少しずつ崩れ落ちる音だけが響く中、ぼくは、恐る恐る目隠しをしていた手を下げる。
 すると、壁にへばりつくように座り、ぽかんとしているセイの顔が目に入った。
 頭から水を浴びたようで、びしょびしょだ。
 しまった、と顔をひきつらせていたら、セイがすばやく飛び起きた。
 まさか、まだやるんじゃ、と、とっさにまた手を構えると、セイはさっきのように顔を輝かせた。
「なんだ、やっぱりおまえ、すごいんじゃん!」
 青い目をキラキラと輝かせ、ぼくのほうへ駆け寄ってくる。
 そして、意外な反応に呆気にとられているぼくの手を持ち上げて、まじまじと見つめた。
「水なんて、どこから出たんだ?」
 そう言って顔を顰めるセイに、ぼくはさっと手を隠した。
 なんでもない、と苦笑いしてみるものの、セイはまだ不審そうにぼくを見上げる。
「まぁ、いいや。大体わかったよ。マルシェが連れて来ただけのことはある」
 セイは腰に手を当て、まるでマルシェさんそっくりに口元を片方だけ上げてそう言った。
 そしてその後は、さっきと同じようににかっと八重歯を見せて笑う。
 ぼくも精一杯の笑顔を返したつもりだったけど、恐らくまだひきつっていた。
 まさか、ここの人たちは、毎日のようにあちこちでこんなことをやっているんじゃ……。
 そうだとしたら、ぼくはGXとしての能力を隠し通さないといけない。けれど、早速自信がなくなった。
 人間になるって、むずかしい。
 毎日こんなことをやっていたら、脳みそが爆発しそうだ。



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