074 また近くの適当な廃屋で、ぼくらは体を休めることにした。
マルシェさんは床へ横になると、すぐに寝息をたてはじめたが、ぼくはまだ、体を休める気にはなれなかった。
何の家具もない、コンクリート造りのシンプルな部屋。ぼくはその角で、膝を抱いてただ黙っていた。
ヴォルトも、ぼくの頭の中で話しかけてこようとはせず、ただ黙って端のほうでぼくに背を向けていた。
なぜ、人を殺さねばならなかったのか
ぼくらは、そのためだけに造られたのか
七体のロボット 七体の人形
ただ人を殺めることしか出来ない、ただの殺人人形。
そんなぼくらに、できることは、あるのだろうか……――
「そう暗くなるなよ」
ぼくの中で、ヴォルトが話しかけてきた。
ヴォルトはぼくの中に居るってわかっているのに、ぼくは思わず振り返る。
のっぺりと塗られた壁が目に入って、ぼくはまた目線を前に戻した。
「暗くも、なるさ」
ぼくは重いため息をついて、顔をうつむかせる。
だって、マルシェさんからあんな話を聞いたんだ……直に、大切な人をぼくらに殺された人の、気持ちや憎しみを聞いてしまったんだ。
この世を良くしようと必死に考え込んで、いつの間にか薄れてしまっていた罪の意識が、またぼくの中の大半を占めるようになった。
いや……これでいいんだ。忘れるなんて、いけないことだったんだ。
ぼくは、なんとなく自分の手のひらを見つめながら、渦巻く罪悪感を、いつの間にか言葉にしていた。
「もしかしたら、ぼくらは壊れるべきなのかもしれない――ぼくらを憎む人は、少なくないはずだ。大勢の人たちが、ぼくを憎み、きっとぼくらを壊したいと思っているだろう。復讐したいと……マルシェさんのように。それならば、ぼくはそれでいいと思うんだ。ぼくはロボットだし、それほどの罰を受けるだけのことをしてしまった。もし、復讐と銘打っても人を殺すことに罪の意識を覚えるなら、ぼくだからこそ問題ないと言える。ぼくはロボットだもの。人じゃない。ぼくを壊したって、人殺しにはならない」
ぼくはすべてを吐き終え、手のひらを下ろした。
そして、まぶたを閉じたまま天を見上げ、壁に寄りかかる。
「お前は、死ぬことが怖くないのか?」
いつになく真面目な声で、ヴォルトが問いかけてきた。
ぼくはほんの少しまぶたを上げる。薄汚れて、所々穴のあいた天井が見えた。
「……怖いよ。ぼくだって、自分の心と信じるものがあるんだ。たとえこれが造られたものだとしても、このぼくが、すべてが、造られたものだとしても……ぼくという存在はここに居るし、気持ちだってある」
ぼくはそう言いながら、音のしない胸に手を当てた。
なんだか、まだ喉の奥が締めつけられているような感覚がある。たぶん、苦しい。
またまぶたを下ろし、以前のぼくのような情けない擦れ声で、再び溜め込んだ言葉を吐く。
「それでもぼくは、ぼくがぼくで居ることが怖いよ。この力も、この体も、過去も、予想できる未来も、すべてが、ぼくは怖い。人をこの手で殺めてしまったという罪悪感を背負ったまま生きて、苦しむよりは、いっそ、すべての憎しみを受けて壊れてしまいたい」
気づいたら、ぼくは両手で頭を抱えて、うずくまっていた。
自分でも、少しは成長したと思っていた……ヴォルトも、そう言っていたから。
それでも、ぼくはちっとも変わっていなかった。弱くて、女々しくて、情けないぼく。もう、うんざりだ。
どうして、ぼくってこうなんだろう……――
「逃げるな」
ぼくの中で、ヴォルトが唸るように言った。
ぼくは顔を上げ、眉を寄せた。目の前に、ヴォルトが見える。向かい合っているようだ。
「逃げるな。前を見ろ。進め。戦え」
茶色の目でぼくを睨みながら、ヴォルトが語気を強くして言う。
「過ちを恐れるなら、逃げずに償いをしろ。たとえそれが償いきれないほどの罪だとしても、何もせずにそうやって自分を責め続けるより、行動を起こしたほうがずっといい。壊した過去があるのなら、守る未来を、治す未来を、生み出す未来を、作ればいい」
ヴォルトがそう言い切って、ふん、と鼻を鳴らした。
そしていつものようにポケットに手を突っ込み、目線で部屋の角で寝転がっているマルシェさんを指す。
「それに、マルシェも言っていたじゃないか。お前は少しマイナス思考すぎる。自己犠牲を考えるな。過ぎたことを悔やんでも仕方ない、は……言い過ぎか……まあ、ようは過去に囚われず未来を開け、ってことだ」
「希望を見出せ。俺たちは、生きている。こうやって今を生きているじゃないか」
そう言って、ヴォルトは少し照れくさそうに顔を伏せた。
無理やり力でねじ伏せるタイプのヴォルトが、こうやって言葉で言い聞かせようとすることなんて、とても珍しい。
ぼくは眉を八の字に下げて、そんなヴォルトをじっと見上げた。
ヴォルトが、「なんて顔してんだよ」とぼくを小突く。
「気楽に行け。まだ先に何があるかわかんねぇぞ」
ヴォルトはそう言って、片方の口元を上げて笑った。
ヴォルトのそんな笑顔に、ぼくも苦笑いを返す。
ヴォルトの言う通りだ。いつまでも、自分を悔やんでいるだけで前に進まないなんて、これこそ情けなすぎる。
今を生きよう。精一杯、ぼくは今を生きるんだ。
ぼくはぎゅっとまぶたを閉じて、一旦すべての悩みをぼくの中に押し込めた。
そして、またヴォルトを見上げる。
「ぼくは、何をすべきだろう?」
「今できることの精一杯をやれ、じゃないか?」
ヴォルトはそう言って、ニヤッと笑った。
next|
prev