059 なんて素直じゃないんだろう。
ゼルダがぼくの兄弟だなんて、ぞっとするよ!
ぼくがそう思ってにやりとすると、ゼルダは「なんだよ」と顔をそらした。
今のゼルダは、なぜか、ヴォルトに似たところがあるように思える。
それだけでも、今のぼくにとっては、この上ない安心感をくれた。
「君ってさ、No,6が居ないと、何もできないわけじゃないよね」
ゼルダが顔をそらしたまま言う。
その質問には、ぼくも顔を引きつらせた。その通りだと思っているからだ。
すると、ゼルダが嫌そうに唸った。頷けよ、と言っているようなので、ぼくは渋々頷いてやる。
「じゃあさっさと行けよ」
ゼルダがふんと鼻を鳴らし、突き放すように言った。
さすがに、この言い方にはぼくもカチンときた。
「そう、そうだね。残り物のぼくは、優秀な選りすぐりは放っておいて、さっさと出て行くことにするよ」
ぼくは思いっきり顔を顰め、ラボの重たい扉を全部ぶっ壊して出て行ってやろうと、扉に向かって目を細めた。
しかし、ゼルダのせいにして、さっさと逃げようとしたぼくの小さな悪戯計画が、また外に漏れていたのだろうか。扉の横にある丸型の赤いスイッチが、見えない何かに勝手に押された。
ゼルダが手をあげたような気がしたから、きっとゼルダの仕業だろう。
扉が普通に開いたところで、ゼルダがぼくを引き止めた。
「アラン」
さっさと行けって言ったり、引き止めたり。なんて優柔不断なんだろう。
これだから、ぼくの兄弟は。
笑っていいんだか、怒っていいんだか、複雑な気分で、ぼくは最後に振り返った。
「何?」
「ティーマには、気をつけたほうがいいよ」
これ以上情けない顔したら、許さないからね。なんて言われると思っていたぼくは、意外な警告に、肩をすくめた。
「え?」
「ティーマは……ぼくがあの子の前に姿を現したとき、ぼくが君じゃないって、すぐに見破ったよ。君がぼくの目の前に現れた時にも、真っ先に君がアランだと見破った。指の長さと、表に出ていない強制終了スイッチの場所だけしか違いのない、ぼくらをね」
……そういえば、そんなことがあったな。
でも、どうして?
「どうして?」
「ティーマの瞳が、なぜ常に真っ赤なのか、考えたことはなかったのかい?」
ゼルダの質問返しに、ぼくはふと記憶を辿り、首を横に振る。
ぼくの返事に、ゼルダは「間抜け」というように、短いため息を零した。
「ティーマの場合、ぼくらと違って、常に戦闘体勢でいるからさ」
「見かけに騙されちゃいけないのは、ぼくらも一緒だよ」
ゼルダの最終警告を聞き届け、重たい音をたててラボの扉が閉じた。
見慣れた階段、見慣れた絨毯、見慣れた殺風景な廊下。
毎回、この赤い廊下を通るたびに、美しい絵の一つや二つ、飾ってもいいのではないかと思っていたっけ。
結局、この廊下が美術館のようになるのは、見られなかったようだ。
あれほど忌々しいと思っていたこの建物も、いざ出て行くとなると、ちょっとだけ名残惜しいものがある。
ぼくはくだらないことを思いながら、赤い廊下の真ん中でポケットに手を突っ込み、ぼんやりと立ち尽くした。
黒いシンプルなズボンのポケットの中には、ヴォルトのデータが入っている。
ゼルダにラボから締め出された後に、すぐ思い立って、ヴォルトのラボに入った。
黒いまん丸の瞳を見開いたヴォルトは、相変わらずバラバラのまま、ピクリとも動かなかった。
肩から先は落ちた衝撃で取れてしまったし、頭部や背中を強く打ちつけたせいで、回線はすべて参ってしまっていた。
もしもヴォルトがもう一人居たら、ぼくにブツブツと文句なんかを言いながら、自分の体をいとも簡単に修理してしまうのだろう。
だけれど、ぼくとは違って、残念ながらもう一人のヴォルトは居ない。
ヴォルトが二人居たら、多分ぼくは喧嘩ノイローゼになっているはずだ。
ぼくは複雑な気分で苦笑いして、ポケットを二回、上から軽く叩いた。
何年かかってもいいさ。いつか、今度はぼくが大事な親友を造るとしよう。
またあの茶色い瞳が開かれた時には、ぼくを思いきり殴らせてあげようかな。
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