058
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 ――どうして、こんなことになったんだろう。

 ぼくはゼルダの竜巻のような水鉄砲をかわし、まるで足の裏に磁石がついているみたいに、壁に張りついた。
 ゼルダは真っ赤な瞳で、情けなく眉を寄せているぼくを睨み、さらに攻撃を仕掛けてくる。
 ぼくは壁を蹴って飛び出し、またかわした。
 豪快な音をたてて、さっきまで椅子になっていた作業台が倒れる。それと同時に、ゼルダが床を蹴って舌打ちをする。

 ゼルダは、あの言葉の後、すぐに攻撃を仕掛けてきた。
 言葉の意味を、まだよく理解できていなかったぼくは、ただ逃げ惑うことしか出来ていない。
 しかし、ゼルダの攻撃パターンは自然と予測できる。だって、ゼルダはぼくだもの。
 情けない表情をしつつも、先を読んで避け続けるぼくに、ゼルダはついに特殊能力での攻撃を諦め、直接ぼくに蹴りを入れてきた。
 不意打ちの攻撃だったけれど、ぼくはとっさに屈んで、なんとかかわす。
 その時、つい足が勝手に動いて、ゼルダの足首を蹴ってしまった。
 しまった、と思ったけど、すでに遅い。
 ゼルダが、前のめりに倒れてくる。
 しかし、このまま倒れてしまうほど、ゼルダもぼくも、バカではない。
 ぼくはさっと立ち上がり、ゼルダの次の攻撃がかわせるよう、構えた。
 案の定、ゼルダは床に手を着いて一回転すると、立ち上がり、ぼくのほうを睨む。
「やっとやる気になった?」
 ゼルダがそう問いかけてくる。
 ぼくはまだ不安だったが、ゼルダが本当に黙っていてくれるんだったら、一戦交える価値はあるだろうと判断した。
 ぼくは小さく頷きながら、瞳を赤く染めた。
 目の前に、白い十字が現れ、周りに細かく二重円状のメモリが入る。
 ゆっくりとそれが回転し始めたところで、ぼくはゼルダに向かって手のひらを広げた。
 突風が吹いたような音と共に、ゼルダが見えないものに吹っ飛ばされた。
 しかし、ゼルダはすぐに両腕を突き出し、ぼくに同じ攻撃を発射する。
 ぼくは見えない重いものに突進され、壁に打ち付けられる衝撃にぎゅっと目をつむった。
 まずい、と思ってまぶたを押し開けた瞬間、ゼルダがぼくの首を押さえつけた。
 そのまま壁に押しつけて体を持ち上げられ、ぼくは足をばたつかせてもがく。
 思い切ってゼルダの腹に蹴りをくらわせたら、ゼルダは顔を顰めてぼくを放し、一歩後ずさりした。
 ぼくはもう一度床に足を着き、ゼルダを睨みつける。
 ゼルダも同じようにぼくを睨みつけ、そして、もう素手で決着をつけてやると、格闘技独特の構えをした。
 その気なら、ぼくもそれで行ってやろう。ぼくも胸の前に手を構え、ゼルダを見据える。
 ゼルダが先に飛び出した。
 こぶしがぼくの目の前にすばやく飛んでくる。ぼくは間一髪で避け、右手を突き出す。左手で受けられた。
 ゼルダが右手を突き出す。ぼくも受ける。
 ぼくは二重丸の中心をゼルダに合わせ、目を細めた。
 シュン、という音と共に、ゼルダが横に体を捻り、間一髪でかわした。
 ゼルダの後ろにあった充電装置が、代わりにレーザーの犠牲になり、どろどろと溶け落ちる。
 ゼルダは悔しそうにぼくを睨むと、素早く体をひねり、ぼくに回し蹴りをくらわせた。
 高価な機械をぶち壊したことに気を取られていて、ぼくはバカみたいにまともに攻撃をうけた。思わず顔を顰め、前のめりに倒れる。
 ゼルダが容赦なく次の攻撃を繰り出した。体の下でゼルダの手を氷塊が包み、鋭い凶器となってぼくの腹に襲いかかる。
 ぼくはとっさに腕を突き出し、同時に作り出した氷の盾がゼルダの攻撃を防いだ。しかしその衝撃は避けきれず、息もつけないまま今度は仰向けに仰け反る。
 すきを突かれる前に、ぼくは床を蹴って距離を取った。ようやくまともに見られたゼルダは、右腕に大きな氷塊を作り出していた。
 腕ほどの丈もあるそれは先端に向けて鋭く尖り、まさにぼくがよく“お仕事”の時に使っていた、氷の剣、あの武器だった。
 ゼルダがそれを振りかざし、飛び出してくる。
 ぼくの真正面で振り下ろされた瞬間、ぼくは間一髪で右腕を氷で固め、受けた。
 氷同士がぎりぎりときつい音をたてている間に、ぼくも、先端を鋭く尖らせる。
 ゼルダが真っ赤な瞳でぼくを睨みつける。ぼくはぐっと腕に力を込め、ゼルダを押し返した。
 ぼくはなんとかゼルダに押し勝ち、今度はぼくがそれを振り下ろした。
 しかし、ゼルダはいとも簡単にそれを避け、後ろからぼくにそれを突き立てようとする。
 ぼくは右手を強引に後ろに持って行き、なんとか、串刺しは免れた。
「ねぇ、ぼくらは人間じゃないんだよ。普通に斬り合ったって、互いに倒すことは無理だと思わないかい?」
 ぼくはそう言って、振り返る。
 ゼルダは眉を寄せてぼくを睨み、右腕でぼくを押し返した。
 氷塊が音をたてて、互いの右腕から崩れ落ちる。
「そりゃあ、そうか」
 ゼルダがそう言った瞬間、恐ろしいほど大量の水が、まるで龍のようにゼルダの後ろからぼくを襲った。
 突然のことに、ぼくは何の対処も出来ず、ラボストリーの分厚い鉄の扉に打ちつけられる。
 シオンに重力をかけられた時のように、圧倒的な水圧がぼくを押し潰そうとしてくる。全身が軋み、ぼくの命令をきかない水たちは、容赦なくぼくの喉の奥へ入ってきた。
 もがき苦しむぼくのほうへ、ゼルダがゆっくりと歩み寄ってくる。
「これが、ぼくらのお得意だろ」
 水の壁の向こうから、ゼルダが憎たらしい表情で言ってくる。
 ぼくはなるべく余裕そうな表情をしてやろうと思ったけれど、ここまで圧迫されていると、それは難しいものだ。
 ぼくは、なんとか抵抗しなければと、目をぎゅっと瞑り、精神を集中させた。
 頭の奥で、重い機械音がする。


 跳ね返れ。


 退け!


 退け!!


 それは、自分でも驚くほどの威力だった。
 ぼくの周りの水たちが、ぼくの命令を聞き、素早くゼルダに襲い掛かった。
 ゼルダが目を見開いたのもつかの間、次の瞬間には、部屋の奥で壊れた機械たちの上に、ゼルダが押しつけられていた。
 ぼくははっと顔を上げ、慌ててゼルダに駆け寄る。
 しまった。まさか、こんなことになるなんて。
「退いて」
 ぼくはゼルダの上に圧し掛かっている水に命令し、手を横に振る。
 パシャン、と軽い音をたてて、固まっていた水たちが床に落ちた。
 ゼルダは右腕を押さえ、顔を顰めている。重みで折れてしまったのだろうか。
「……大丈夫?」
 ぼくは手を差し出し、心配そうに問いかけた。
「君ってさ、本当……嫌な奴だよね」
 ゼルダが顔を顰め、差し出したぼくの手を睨む。
「ご、ごめん。ヴォルトがぼくを造ったときに、能力の制限をオーバーさせていたんだ。忘れてた」
 ぼくは苦笑いして、ゼルダの腕を掴んで立たせようとする。
 しかし、ゼルダはその手を見ないふりをして、顔をそらした。
「いいよ、もう。きっとそれを直したって、ぼくの負けは変わらないから」
 なんて意外な返事。
 ぼくは思わず、ぽかんと口を開けた。
 ゼルダがぼくに目線を戻し、また嫌そうに顔を顰める。
「行けよ。マルシェ=マコルフィーを脱獄させるなら、早いほうがいい。お父様がピリピリしているから、今にぼくたちが二人居ることがばれる」
 続いて出たまたしても意外な発言に、ぼくはさらに驚かされた。
 しかし、その通りだ。ゼルダの体が出来たとなると、お父様がぼくを呼び出す時に、ゼルダとぼく、二人の反応が現れることになってしまう。そんなくだらないことで終わるなんて、まっぴらごめんだ。
 ぼくは眉を寄せ、辛そうに右腕を押さえながら、がらくたの上に横たわるゼルダを見つめた。
 自分がそこに居るようで、なんだか、変な気持ちだ。
 そんなぼくに気づいたのか、ゼルダがまたぼくを見上げた。
 そして、呆れたようにため息をつく。
「ねぇ、あんまりそういう情けない顔、しないでくれるかな。君がぼくの兄弟だなんて、ぞっとするから」
 ゼルダの発言に、ぼくはまたあっと度肝を抜かされた。
 この顔も嫌だといわれても、今は直す気にはなれない。
「行けよ、ぼくはまだ少し、眠ることにするから」
 ゼルダが、ぼくと同じ緑色の目でぼくを睨みつける。
「ぼくは負けず嫌いだから……どうせ、君もそうなんだろ」
 ゼルダは右腕を押さえ、とても嫌な笑い方だけれど、やっと、ぼくに笑顔を見せた。



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