057
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 ――ぼくってさ、いつだってそうなんだ。
 考えなしで、感情に任せて動くくせに、最後には、情けないぼくだけが残されて。
 結局、どうすればいいのか、何をすればいいのか、他人に頼らないと、何も出来ないんだ。
 大人しくお父様に従っているほうが、どんなに楽だったろうと、今、わかった。
 それでも、ぼくは、ただ……――

「ヒーローが……ほしかっただけなんだ……」

 まぶたを押し上げたのか、ぼくはまだ目をつむったままなのか。それもわからないぐらい、目の前は真っ暗だった。
 ただ一つ、わかるとしたら、重い機械音をたてている、ぼくの本体が側にあること。
 それと、ぼくは横になっていること。それだけだ。
 ひんやりと冷たい、水の中に居るような感覚……ここは……ぼくのラボだ……。
 ぼく、どれだけここに横たわっていたんだろう……。
 服の上にうっすらと埃が積もっているから、たぶん、一週間は経っているかな……。
 ぼくは、ほんの少し開いてしまっていた口を、そっと閉じた。
 それと同時に、ぼくの頭上が、明るく光り始める。

 パチ、パチ、パチ

 キーボードを叩く、軽い音がする。
 ぼくは横になったまま、ゆっくりと右腕を上げ、軽く手を振った。
「……やぁ」
 ぼくの擦れた声に、ゼルダが答える。

 パチ、パチ、

“こっち向いてよ”

 ゼルダの、直接頭の中に響くような、不思議な声が話しかけた。
 ぼくは右腕を体の横に戻し、小さく首を横に振る。
「……うん、ごめん。今……動かないみたいなんだ」
 ぼくがそう言うと、ゼルダは顔を顰めた。

「情けない」

 今度は、明らかに普通の声が聞こえて、ぼくは起き上がり、振り返った。
「お前がぼくだって思うと、ぞっとするよ」
 ゼルダがそう言って、ぼくの後ろに立っていた。
 腕を組み、嫌そうに顔を顰め、ぼくを見下ろしていた。
 そう、ぼくの本体からではなく、“ゼルダ”で。
 ぼくが唖然と人型のゼルダを見ていたら、ゼルダはさらに顔を顰め、嫌味な感じに首を傾げた。
「GXが自身を造り出せることはよく知っているはずだ。ぼくがぼくを造ったって、文句ないだろ」
 ゼルダが言う。
 ぼくははっとして、作業台の下に積み重ねられていた、ぼくらの部品であろうものを、探した。
 ぼくがゼルダと話そうとした時、椅子代わりにして、ゼルダに嫌な音をたてられた、あれだ。
 しかし、ひとつもない。あのがらくたは完璧な部品となって、完成品をぼくに見せつけている。
 ぼくは顔を上げ、もう一度ゼルダを見上げた。
 ゼルダは、ぼくの手と自分の手を重ねて、「ほら、指の長さが違うだけ」と言う。
 ぼくはパクパクと口を動かし、言葉を探した。
「……どうやって?」
 しかし、出てきたものは、答えがもう出ている質問だった。
 ゼルダは嫌そうに顔を顰め、もう一度胸で腕を組む。
「決まってるじゃないか、本体に入ったまま、自分で自分を造ったんだよ。君たちが暴れているうちにね」
「……へぇ」
 気の抜けたような返事しか、出てこない。
「ねぇ、ヒーローって何だよ」
 ゼルダが、突然そう問いかけた。
 その言葉に、ぼくははっと口を結ぶ。
 しまった、さっきの言葉、外に出ちゃってたんだ。
 まさか、マルシェさんを脱獄させて、この世界を変えるヒーローになってもらうんだ、なんて、昔のぼくにも言えないよ。
 ぼくは眉を八の字に下げたまま、無言でゼルダを見上げた。
 すると、ゼルダはつんと唇を尖らせ、短くため息をつく。
「まぁ、いいさ」
 ゼルダは素っ気なくそう言って、ぼくの隣に座ってきた。
 作業台が、苦しそうに軋む。ぼくらは、見かけよりかなり重い。
 ぼくはなんとなくゼルダと反対側に体を寄せ、苦笑いしながらゼルダを見た。
 相変わらず、嫌なぐらい、ぼくにそっくりだ。
 ただ、ぼくは情けなく背を丸めているけど、ゼルダは、背筋をぴんと伸ばし、堂々とそこに座っている。
 ただそれだけでも、優等生と劣等生、いや、不良の違いが見えてくるものだな。
「君ってさ、本当に間抜けだよね」
 ゼルダが、うな垂れているぼくに言った。
 相変わらず口が悪い。
 ぼくは黙ったまま、苦笑いしておいた。
 そんなぼくに、ゼルダは相当いらいらしているようだ。
 胸の前で腕を組み、新しい緑の目を細める。
「本体にデータを置き忘れたりしてさ。何もかも、ぼくは知っているよ」
 その言葉の後、一瞬の間を置き、ぼくはあっと目を見開いた。
 しまった。
 ぼくが本体からこの体に移るとき、必要最低限のデータしか持ってこなかったんだ。
 置いてきたその中に、マルシェさんたちの脱獄計画を考えたデータが、少しでも残っていたとしたら……。
「君の人工頭脳は、穴が開きすぎの網みたいだ」
 言葉にはしないものの、ゼルダはそんな感じで、追い詰められたぼくを見下ろしてくる。
 もちろん、身長も座高も同じなのだから、正確には見下ろしてはいないのだけれど。
 ぼくは唇を一の字に結び、思わず目をそらした。
 どうしよう――ゼルダは、どこまで知っているんだろうか。
 聞いたって、ゼルダはぼくだもの。話してくれるわけがない。
 ゼルダは、絶対お父様にこのことを話す気だ。だって、ゼルダはいい子ちゃんの優等生だもの。
 いや、もしかしたら、もう話してしまっているのかも……――

 ぼくがいろいろなことを巡らせていたら、ゼルダが、ひょいと台から飛び降りた。
 そして、ぼくの前に立ち、不安げに顔を上げるぼくを見下ろす。

「勝負しよう」

「ぼくを倒すことが出来たら、黙っていても、いいよ」
 ゼルダは、相変わらず無愛想な表情のまま、そう言った。



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