045
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 ぼくが部屋に戻ると、ちょうどテイルがティーマをマーシアに会わせるために、屋上へ出かけていた。
 これ幸いと、この時ぼくはついに、素早くヴォルトに計画のことを打ち明けた。
 最初は、ヴォルトはこれ以上ないぐらい目を丸くしてぼくの話を聞いていたが、そのうち、だんだん顔がニヤニヤしてき始めた。ヴォルトが、話に乗ってきている証拠だ。
 一通り話し終わると、ヴォルトはまず、長く深いため息をついた。
「まったく、なんて計画だ」
 椅子に寄りかかったヴォルトの言葉に、思わずぼくは困り顔になる。
「仕方ないだろ。ぼくのちっぽけな脳みそじゃあ、これぐらいしか出てこないんだから」
「人間よりは重たい脳みそを持っているはずだぜ、俺たちは」
「あぁ、そうだね。それを小さくしたのはヴォルトだもんね」
「なんだと?」
 いつものいがみ合い。ぼくらはしばらく睨み合った後、また同時にため息を吐いた。
「わかってるよ。こんな計画じゃあ、絶対成功しない」
「いや」
 ヴォルトはふと考え込むような仕草を見せ、ぼくの予想を覆した。
「もう少し計画を練ろう。基本的には、それが一番だ」
「なんだって?」
 ぼくは、自分で考えた計画のくせに、絶対に成功しない気がしていた。
 現実主義のヴォルトが、こんな夢のような計画に賛同するなんて。
「大体、穏便にこの公司館から罪人を抜け出させるのは、無理だ。何より、牢獄は地下の地下だからな。壁を壊すわけにはいかない。それに、階段を使って地上へ上がったとしても、見回りの公司に見つかるのがおちだ。いいか、そんなことになったら、俺たちだけじゃなく、マルシェ=マコルフィーや他の奴らたちだって命はないと思え。誰かが混乱を起こし、全員がそっちに集中していない限り、大規模な会議や集まりのない公司たちを出し抜くのは、不可能だろう。絶対に成功しない」
 すらすらと自分の意見を口にしていくヴォルトに、ぼくは次第に、暗い顔を輝かせた。
「じゃあ、やっぱりぼくが暴れて……!」
「いいや、俺がやる」
 ぼくの提案は、ヴォルトにきっぱりと断られた。
 しかしその意見には、ぼくも首を横に振る。
「だめだよ。ヴォルトにマルシェさんたちを逃がしてもらわないと、困るんだ」
「何でだよ?」
 ヴォルトがムッと顔を顰める。
 ぼくはまた表情を暗くし、ため息をついた。
「言いたくはないけれど、ぼくの脳みそより、ヴォルトの脳みそのほうが数段格が上だからだよ」
 ぼくはキッパリとそう言ったけれど、「本当に認めたくないけどね」と付け足した。
 そう言ったぼくを見つめて、ヴォルトは思いっきり顔を顰めている。
 からかいの嘲笑でもなく、「まさかこいつ、まだどこか壊れているんじゃ」って顔だ。
「きっと、ぼくはそれで捕まる。そして粗大ゴミ行きさ。別にいいんだ。もし運がよかったら、またヴォルトが拾ってぼくを造ってくれるだろう? ぼくはロボットだ。そんなこと……簡単」
 そうさ、ぼくはロボットだ。生身の人間のように、死んだりしない。
 ぼくが消してしまった人々は、もう戻ってこないけれど、ぼくは基本データが破壊されない限り、何度でも戻ってこれる。
 それが、せめてもの償いとなるならば、ぼくは何度でも壊れよう。
「ばかやろう」
 ヴォルトの唸り声に、ぼくは顔を上げた。
 ヴォルトがいっそう顔を顰め、ぼくを見下ろしている。
 本当はぼくが見下ろしているのだけれど、ヴォルトの威圧的な態度を前にしては、そんな気になった。
「え?」
 ぼくは首を傾げる。
「他の奴らはともかく、マルシェ=マコルフィーが俺の言うことを聞くもんか」
 ヴォルトは親指で背後を指し、きっぱりとそう言った。
「あの男は、俺とお前の違いを、よく知っている。もし俺が、「ここから出してやる」なんて言っても、あいつは「いい」と断るに違いない。しかし、お前が言ったらどうだ。「ここから出ましょう」、その一言。奴は二つ返事でOKするはずだ」
 言葉使いの差じゃないからな、と付け足すヴォルトを、ぼくは口をぽかんと開けて見つめた。
 やっぱり、ぼくなんかよりヴォルトのほうが、格上の脳みそを持っている。
 だって、ぼくにはさっぱりわけがわからないんだから。
 間抜けな顔をしているぼくに、ヴォルトは軽く張り手を食らわせた。
「いてっ」
 ぼくは叩かれた頬をさすり、ヴォルトを睨む。
「まぁ、そういうことだ」
 自己完結。ヴォルトはあっさりとそう締めくくり、胸の前で腕を組んだ。
「実行は早いほうがいい。公司たちが、裏切り者探しに夢中になっている間に」
 ぼくは思わず、気づけばコクコクと頷いていた。なんだか、いつの間にかヴォルトが指揮を取っている。
 でも、そのほうが絶対良さそうだ。ヴォルトに従おう。
「まずは、何をすればいい?」
 首を傾げるぼくに、ヴォルトが頷く。
「まずは、地下三階の奴らに計画を話すことが必要だろう。それが先だ。反対する奴なんて居ない。お前が言えばな。いいか、絶対公司に聞かれるんじゃないぞ。早く、そっと、だ」
「うん。大丈夫さ。地下三階に公司が居るところなんて、ほんの少ししか見たことがない。万が一見つかっても、ぼくはこの公司館を自由に歩ける特権を持っている。「散歩です」の一言で、絶対ごまかせる」
「変な奴だと思われるだろうな」
 ヴォルトがにやりと笑う。
「いいさ、ぼくは元からおかしいんだ」
「へぇ、ひねくれ者から格下げだな」
「違うよ、プラスされただけさ」
 ぼくらは、お互いににやりと笑い合った。
 ヴォルトが椅子を軽く後ろに倒し、二本足でうまくバランスを取る。
「まぁ……ようやく、外に出られるんだな」
 ヴォルトの零したその言葉に、ぼくははっとした。
 そうか――ぼく、外に出られるんだ……。
 この公司館から、開放されるんだ。
 そう考えたとたん、ぼくの心は、喜びに満ち溢れていた。
 しかし、見下ろしたお茶に映ったぼくの顔は、笑ってはいなかった。
 旅立ちには別れが必要不可欠。
 テイル、ティーマ、シオン、マーシアとは、さよならだ。



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