037
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 何よりも丈夫に造られた、ぼくらの唯一の弱点は、首だ。
 いつも襟できっちりと隠した首の横には、強制終了スイッチがある。
 そこにある一箇所だけを強く絞めつけられると、ぼくは強制終了されてしまう。
 ぼくは、勝ち誇った顔でぼくを見下ろす“ぼく”を睨み、痛みに顔を歪めた。
 ゼルダはにやりと笑い、ぼくの首を、ゆっくりと絞めつけていく。
「う……っ」
 ぼくはぎゅっと目をつむり、ゼルダの腕を掴んだ。
 警告音で頭が痛い。決して、苦しくはない。だけど、これ以上絞められたら、完全に終了される。
 まったく動かなくなって、お父様が起動スイッチを押すまで、ただの人形になってしまう。
 だけど……
「こればっかりは、ヴォルトに感謝するよ!」
 ぼくはそう言って、ゼルダに手のひらを向けた。
 あまりコントロールしきれていないため、ゼルダの攻撃よりはるかに強い水鉄砲が、ゼルダを吹っ飛ばす。
 その瞬間に引っかかれたぼくの首からは、いくつかのコードがむき出しになってしまった。
 ぼくは素早く体勢を整え、ひとつ咳を零し、倒れたゼルダの様子を伺う。
 ヴォルトの言うことを聞いておいて良かった。ヴォルトは頑なにスイッチの場所を変えると言っていたんだ。
 きっと、こうなることを予想していたんだろう。さすがヴォルトだ。
 ゼルダはびしょびしょになった服を重そうにして立ち上がり、またぼくを睨みつける。
「なぜだ、お前……」
 ゼルダが言いかけた瞬間、ぼくは動いた。
 自分でも驚くほど早く、ゼルダの前に移動する。
 ゼルダの瞳にそっくりの顔が映る。ぼくは奴の首を両手で掴んだ。
「お前の体のことは、全てお見通しだ」
 ぼくはそう言い、ゼルダの首を絞めつける。
 ゼルダは真っ赤な瞳でぼくを睨み、ぼくの腕を押さえた。
「なぜお前なんかが生まれてきたんだ……! ゼルダは、ぼく一人で十分なのに……!」
 さっきのぼくと同じように、ゼルダが苦痛に顔を顰める。
 ぼくの目の前が、普段の色に戻っていく。といっても、今はゼルダの赤い瞳しか見えていない。
「ぼくは君じゃない。ぼくは、アランだ」
 ぼくはしっかりとそう言い、ゼルダの強制終了スイッチを押した。
 ゼルダは最後に一度、憎しみを込めてぼくを睨み、瞳を黒くした。
 ぼくはゼルダを離し、床に落とす。
 ゼルダは力なく床に横たわり、目を見開いたまま、まったく動く気配はない。
 ぼくは、動かなくなったもう一人のぼくを見つめて、人間が呼吸するように、体の中に満ちた熱気を吐きだした。
「もう君は、動かなくっていい。そのまましばらく、休んでいてくれよ」
 ぼくはそう呟いて、部屋の中を見回した。
 真っ白で清潔な部屋はどこへやら。灰色のほこりと、家具や天井の破片がそこら中にちらばっている。
 そしてキッチンの奥のほうで、赤い真ん丸の瞳と、怯えた黄緑色の瞳を見つけた。
 そうだった、二人を外に追い出してからするべきだった。
「ご、ごめん」
 ぼくは慌てて二人に駆け寄った。
「アラン!」
 ティーマはぱっと飛び出して、ぼくに飛びついてきた。が、テイルはキッチンの戸棚にすっぽりと収まり、引きつった悲鳴をあげている。
「お父様……! お父様――!!」
 縮こまって必死にお父様を呼ぶその姿に、ぼくは諦めにも似た感情が浮かんで、そっちは無視してティーマの頭にのった埃を払った。
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
 しかしティーマは首を横に振って、全身を晴れ晴れと輝かせる。
「すご、かった、です!」
 まるで、スポーツか何かの試合を見終わったような表情だ。しかも、味方が勝ったほう。
 ぼくはくすっと微笑み、もう一度ティーマを撫でた。
「アラン!」
 その時、もうひとつのぼくを呼ぶ声が聞こえて、ぼくは強烈な突進をくらった。
 わき腹にタックルをくらって、ぼくは思わずぐぇっと声を出す。
「ちくしょう! なんだよ、お前! あんなことしてまで抜け出すようになったか!」
「ヴォ、ヴォルト」
 ヴォルトだ。ぼくはズキズキするわき腹を押さえて、ヴォルトに苦笑いする。
 ヴォルトは部屋の様子と、破れたカーテンの下で転がっているもう一人のぼく、そして、傷だらけのぼくを見て、状況を瞬時に理解したようだ。
「お前、また俺に修理させる気か!」
 ヴォルトはそう言って、嬉しそうに笑った。
「お前、すげえよ! なんだよこれ! まるでバケモノだ!」
 珍しいほどのヴォルトの喜びように、ぼくはにやりと笑った。
「ヴォルトが造った、バケモノだよ」
 ぼくらはにやにやしながらお互いを称え、しっかりと握手をした。
「ありがとう」
 ぼくがそう言うと、ヴォルトは頷いたが、すぐにちらっとゼルダを見た。
「まぁ、ちょっと気の毒なことしちまったけどな……」
「うん、でも、いいんだ。ゼルダには、もう“お仕事”なんてして欲しくないし……ぼくが二人居たら、困るし」
「お前、最後のが本音だろう」
「まぁね」
 ぼくはわざと憎たらしく笑ってやった。
 ――ゼルダには、本当に気の毒なことをしたと思っている。
 ゼルダにしても、やっと手に入れた、自分だけの体だったはずだ。
 一週間やそこらで、取り上げてしまったのだから……。
 それを思うと、急に無理やり押さえつけていた罪悪感が戻ってきて、ぼくはうつむいた。
 この世界が平和になったら、ゼルダの“お仕事”の記憶や、お父様のデータを削除して、再起動させよう。
 兵器でも何でもない、本当の、ぼくのかけがえのない兄弟として……。
 ぼくは平和な世界の想像に夢中で、ヴォルトとティーマが必死に呼んでいるのに、気づいていなかった。

 ドッ...

 突然、背中に強烈な突進をくらった。
 その衝撃にぼくは後ろに仰け反ったが、倒れることなく、なんとか踏みとどまる。
「なに……!?」
 ぼくは擦れた声をあげ、振り向いた。
 ぼろぼろに破れたカーテン。明かりの射す窓辺。さっき倒したはずの、ゼルダの姿が、ない。
 ぼくは、頭の中で耳障りな音を鳴らす警告を無視して、首を動かした。
 うつむいた先では、ぼくの腹部から、ゼルダの右腕が突き出していた。
 毒々しい色の液体が、ゼルダの腕を伝い、床へ落ちていく。
 その周りで、バチバチと漏電する音がする。
 なんで……?
 時間の進みが感じられなくなった。ぼくは、もう一度振り向いた。
 ちぎれたカーテンの側にぺたんと腰をおろし、テイルが、人差し指を大事そうに掴み、縮こまって震えている。
「お父様は、私にもひとつお許しをくださいました! GXを再起動させる、お力を……!」
 テイルのか細い声が聞こえる。
 なんだって? それじゃあ……。
 ぼくは、自分の体が徐々に壊れていくのを感じながら、ついにガクンと膝を折った。
 ゼルダの真っ赤な瞳と、にやりとした口が、ぼくの目に映った。



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