036
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 ぼくは裸足で、お気に入りだった絨毯の上を歩いていく。
 一歩一歩踏みしめて、歩いていく。
 もう一人のぼく。大嫌いなもう一人のぼく、ゼルダのもとへ。
 少し前から、公司が二人向かってきた。
 公司はぼくに気づくと、素早く廊下の脇によけ、いつも通りぼくに道をゆずる。
「お疲れさま」
 ぼくは素っ気なく声をかけて、深々と頭を下げる二人の前を通り過ぎた。
 なぜ公司がぼくらをこんなふうに丁寧に扱うのか。それは、お父様の命令でもあり、ぼくらを恐れているからでもある。
 ぼくらの力は、人間の一人や二人、ほんの少しの細胞のかけらも残さず、一瞬で消滅させることが出来る。
 おそらく、ぼくらの“お仕事”を、実際に目にしたものは少ない。それでも、噂からそれを知ったのか、お父様から教え込まれているのか、公司たちのぼくらを見る目には、いつだって“恐怖”が混じっている。
「今の、No,5だろう? なんだか、雰囲気が違うな……裸足だしよ」
 ぼくが通り過ぎた後に、そんなヒソヒソ話が聞こえてきた。
 そうさ、ぼくはもう違うんだ。お父様が造った、“ゼルダ”じゃない。ぼくは、ぼくとヴォルトが造り上げた、“アラン”だ。
 “ゼルダ”は、ここに居てはいけない。もう一人のぼくは、ここに居てはいけない。
 同じことを繰り返してはいけない。お父様を尊敬してはいけない。これ以上“お仕事”をしてはいけない。
 昔の“ぼく”は、今のぼくが消し去る。
 ぼくは決意をこぶしに握り、ぼくらの部屋がある階へ、階段を上がっていく。
 一面真っ赤の廊下が、いつかのデータを呼び起こした。大雨を浴びたようにびっしょり濡れたぼくの周りは、赤、赤、赤。その光景の中で、どこかで子供が泣いている。
 叫びだしたい過去を、ぼくは決意と一緒にこぶしに握った。残酷な光景に、雨上がりに輝く、生命の緑をかさねておく。塗り替えるのだ、と、頭のどこかでぼくが言った。
 ゆっくり、はやる気持ちを抑えながら階段をのぼると、長い廊下の先に、白い扉が見えてきた。
 ぼくは無垢で何にも知らない扉を睨みつけ、扉へ向かって足を踏み出す。
 ヴォルトがぼくに入れた強気な心が、ぼくの足を、少しずつ速めていく。
 ついに駆け出し、気づいたら、大きな音をたててその扉へ飛び込んでいた。
「まぁ! なんですの!」
 扉がぶつかると共に、テイルの悲鳴があがる。
 いつものテーブルの周りに、三人が座っていた。ティーマと、今立ち上がったテイル。そして、
「退け! そこは、ぼくの場所だ!!」
 ぼくはそいつを睨みつけ、はっきりとそう言ってやった。
 ぼくの居場所で、驚いた表情をしている、もう一人のぼくに。
「アラン!」
 ティーマがぱっと顔を輝かせて、ぼくに突進してきた。
 懐かしい行動――戻ってきたんだ。ぼくはしっかりとティーマを受け止める。
「アラン! アラン!」
 ティーマはぼくを抱きしめ、赤い目をまん丸にして新しいぼくを見つめた。
「おかえり、なさい!」
「ただいま、ティーマ」
 ぼくはティーマを撫でながら、真っ直ぐにゼルダを睨んだ。
 驚きに見開いた目が徐々に状況をつかみ、ゼルダもぼくを睨みつける。
「なぜだ。お前は消えたはずだろ」
 ゼルダが立ち上がり、ぼくと同じ声で、唸るように言った。
「本体に逃げていたんだ。お父様とお前に消される前に、首から伝って」
 ぼくはそっくりに唸り、首を指してみせる。
 その言葉に、ゼルダが顔を顰めた。心当たりがあったんだろう。
「完全に消したと思っていたのに……」
「残念だったね」
 憎たらしく、ふんと鼻で笑ってやった。
「一体、なんなんですの!」
 交互にぼくらを見ていたテイルが、口を押さえ、ヒステリックに叫んだ。
「こいつは、ぼくの残り物さ。不要データがしぶとく残っていたんだ」
 ゼルダが言う。その言葉に、ぼくはカチンときた。
「あぁ、そうさ。お前とぼくは違う。ヴォルトが造ってくれた新しい体の、ぼくは“アラン”だ」
 ぼくはティーマを引き離し、ゼルダに歩み寄った。
 近づくと、本当にそっくりだ。隅から隅まで、憎らしいぐらい。
 ゼルダはぼくを睨み、ぼくはゼルダを睨んだ。
「そうか、ヴォルト……あいつが残っていた。記憶データを消し忘れていた」
 ゼルダが悔しそうに呟く。部屋の隅でまたテイルが悲鳴をあげた。
「誰か! だれか! 一体、何が起きていますの!? ゼルダさんが、二人……!」
「ぼくはアランだ!」
 まだ引きつった声をあげるテイルに、ぼくは思わず叫んだ。
「こっちが、アラン、こっちが、ゼルダ。こっちが、アラン」
 ティーマがテイルの側に行き、ぼくらを交互に指さしている。
 一目では、テイルにはまったくわからないだろう。指の長さしか違わないぼくらを瞬時に見分けることが出来るのは、きっと最新型のティーマだけだ。
 案の定目をキョロキョロさせ、引きつった顔の戻らないテイルから、ゼルダのほうへ目線を戻した。
 ぼくと同じ緑色の瞳が、悔しそうにぼくを睨んでいる。ぼく、こんなに目つき悪くないぞ。
 そう思って顔を顰めたら、ゼルダが突然ぼくの首を掴み、後ろの扉に押しつけた。
 バァン、と扉が鳴る音に、テイルがまた悲鳴をあげる。
「こんな事をして、何が目的だ。大人しく、本体の隅で眠っていればいいものを!」
 複数の声を重ねたような奇妙な声で、ゼルダが言う。
 憎しみをこめてぼくを睨む瞳が、じわじわと赤く染まっていく。
 それに同調するように、ぼくの目の前も染まり始めた。
「大嫌いなもう一人のぼくを、消去するためさ!」
 ぼくが言葉を発した途端、大きな爆発音が起こり、目の前が埃や灰に包まれた。
 どうやらお互いまったく同時に、攻撃を開始したようだ。
 テイルの叫び声と、ティーマのキャーキャー声が聞こえる。
 ぼくは爆風に吹き飛ばされたが、しっかりと新しい足で床を踏みしめ、なんとか踏みとどまった。
 しかし、そこは廊下の絨毯の上だった。
 さっきまで押さえつけられていた白い扉は完全に破壊され、部屋の奥には、ぼくと同じように踏みとどまったゼルダが見える。
 ぼくは目の前のぼくが憎たらしくて、舌を鳴らし、目の前に現れた二重丸の中心をゼルダに合わせる。
 シュン、ドォン、という音が同時に響き、ぼくはまた吹っ飛ばされた。
 どうやらまた同じ攻撃を同時にしたらしい。
 ここまで正確だとは……ヴォルト、ちょっと恨むよ。
 ぼくはさっき上がってきた階段の壁に叩きつけられ、階段の下まで転がった。
 さっきまで肌を傷つけないようにしていた自分が、急にばかばかしく思えてきた。
 ぼくはすぐに立ち上がり、階段を駆け上がる。
 部屋の向こう側では、引き千切れたカーテンにつかまって、なんとか体勢を整え直しているゼルダが見えた。
 ぼくは今だと言わんばかりに、ゼルダに向かって走り出す。
 その時、ゼルダの瞳がまたぼくを捉えた。しかし、まったく同じ考えのぼくらだ。ぼくは、すぐに標的になっている顔を反らし、ゼルダに向かってレーザー砲を撃つ。
 しかし、ゼルダもそれを避けた。
 テイルの大事にしていたけばけばしい花瓶が、ゼルダの代わりに犠牲になる。
 キッチンに隠れているテイルが、また悲鳴をあげた。
「壊したーっ!!」
 ティーマがキッチンカウンターから顔を出し、ぼくを指して叫んでいる。
 ぼくはゼルダから少し距離を置いて、次の攻撃に備えた。
 ゼルダは立ち上がった瞬間に、ぼくのほうに人差し指を向けた。
 強烈な水鉄砲が、ぼくを襲った。どのぐらい強烈かは、ぼくだからわかる。
 ぼくは不意打ちに顔面を直撃されて、体勢を崩す。
 ゼルダはぼくのすきを見逃さなかった。一瞬でぼくに駆け寄り、ぼくの首を掴む。
 ぼくは首を掴まれたまま持ち上げられ、中吊りになった。
 ぼくは小さく唸り、顔を顰める。
 ゼルダが勝ち誇ったような表情で、ぼくを見上げている。
「お前の体のことは、全てお見通しだ!」
 ゼルダが憎らしい笑顔でそう言う。そして、渾身の力でぼくの首を絞めた。
 その瞬間、ぼくの頭に激痛が走った。



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