031「おかえり、なさい!!」
一週間ぶりに真っ白なぼくらの部屋の扉を開けると、早速ティーマの突進をくらった。
まだ扉を開けたばかりなのに、いつだってティーマは、ぼくだということをぴたりと当てる。
ぼくは強烈なタックルに苦笑いをしながら、いつもどおりティーマの頭を撫でた。
「ただいま、ティーマ」
「ああ!」
ぼくの声をさえぎるように、テイルが歓喜の声をあげた。
珍しく衝動的なテイルに、今まで座っていた椅子が音を立てて倒れる。
「ああ! もう、お会いできないかと思っていましたわ! だって、あんなになってしまって!」
「大げさだなぁ」
泣き声交じりのテイルの声に、ぼくは困り笑いをした。
なんだか、すごく久しぶりに、皆の姿を見た気がする。
ティーマがぼくの背中を押して、テイルはぼくのために椅子を引いてくれた。
「ありがとう。シオンが、ぼくを迎えに来てくれたんだ」
ぼくはテイルに礼を言い、いつものぼくの席に腰を下ろす。
ティーマがぴょんぴょん跳ねながら、ぼくの向かい側の席へ座った。
「シオンさんが……まぁ、わたくしもお目にかかりたかったですわ」
テイルはお茶の準備にとりかかりながら、残念そうにそう言った。
ぼくは頷き、軽く辺りを見回す。変わらない部屋。変わったといえば、ソファーのカバーが白からカーテンと同じクリーム色になっているぐらい。
「そうだね。もう、ずっとここには来ていないからね、シオンは」
「シ・オ・ン、ティーマ知らない!」
ティーマはぴょんと椅子に飛び乗り、ぼくに身を乗り出してきた。
「あぁ、そうか。ティーマは、まだ会ったことがないっけ」
今度会いに行こうか、とそう言い、ぼくの側にあったクッキーの皿をティーマのほうへ押しやる。
「うん」
ティーマはにっこりと笑い、皿を受け取った。ティーマは、クッキーを並べるのが好きなんだ。
満面の笑みに、ぼくもつられてにっこりと笑い返す。
すると突然、ティーマがぐっと顔を顰めた。
そしてまた身を乗り出し、近距離でじろじろとぼくを見つめる。
いつもながら、意味不明なティーマの行動に、ぼくは思わず仰け反った。
「だあれ? これ、だあれ?」
ティーマの突然の質問に、ぼくはきょとんとするしかなかった。
ティーマの隣でお茶の準備をしていたテイルが、ぼくと同じような表情をして、首を傾げる。
「なんだって?」
ティーマはじっとぼくの目を見つめたまま、大真面目顔で首を横に振った。
「アラン、違う、違う。これ、アラン、違う。だれ?」
ティーマはぼくを指さし、困り顔でテイルに訴えている。
ぼくはただ苦笑いしたまま、首を横に振るしかなかった。
アラン? それは、誰の名前?
「ティーマさん? この方は、アランさんですわ」
テイルまで不思議そうに首を傾げ、ぼくを指してそう言った。
アラン? それは、誰? 違う、ぼくは……
「違う、違う。アラン、違う」
ティーマは不機嫌そうに頬を膨らませ、頑なに首を横に振った。
そして白い扉のほうを向き、どこか寂しそうに眉を下げる。
「アランは、どこに、いったの?」
「ぼく、アランじゃないよ」
とりあえず間違えを正そうと、ぼくは言った。
テイルが、あなたもおかしくなってしまったの? というように、不安げにキョロキョロし始める。
そんな様子に戸惑いながら、ぼくは自分を指さした。
「ぼく、ゼルダだよ」
忘れちゃったのかい? と首を傾げると、今度はテイルがはっと息を呑んだ。
「ゼルダ!」
そして急に胸を押さえ、まるで、その言葉が聞きたかった! というように、黄色い悲鳴をあげる。
「アランさん、いいえ、ゼルダさん! やっとわかってくださったのですね!」
テイルが歌うような声でそう言い、喜びのあまり、くるりと一回転した。
どうなっているんだ? わけがわからない。
「アランって、誰の事?」
「いいえ! いいえ! いいんですのよ」
テイルは唇に指をそえ、嬉しそうにうふふと笑った。
一方ティーマは、ぼくと同じように、いや、それ以上に眉間にしわを寄せ、まだぼくを観察している。
「ゼ、ル、ダ」
ティーマはぼくを指し、確認するようにしっかりと言った。
「うん、そうだよ」
ぼくは自分を指し、頷く。
すると、ようやくティーマがにっこりした。
「ゼ、ルダ! ティーマ、覚えた!」
「うん、そう。よかった」
「ゼルダ!」
ティーマは新しいワードを覚えた時と同じように、嬉しそうに椅子の上でぴょんぴょんと跳ねる。
褒めて褒めて攻撃をくらいながら、ぼくはとりあえずこれで解決したのだと自分に言い聞かせた。
でも――ティーマはなぜ、ぼくの名前を突然忘れたんだろう?
アランとは、誰のことだろう?
テイルは何を隠しているんだろう?
ヴォルトはどこ?
「ああ、そうだ。ヴォルトはどこ?」
ぼくの質問に、テイルが突然笑顔を崩し、ツンとそっぽを向いてしまった。
そして黙ったまま、途中だったお茶の用意に取りかかる。
「ヴォルトは?」
もう一度きくと、テイルは不機嫌そうに、ふん、とため息をついた。
「あんな方、知りませんわ。お父様をひどい言葉で罵るんですもの」
テイルはわざとカップを音をたてて並べながら、いかにも不機嫌そうに呟く。
「信じられませんわ……あんな、反逆者に……脱獄だとか……ああ、恐ろしい……」
テイルの独り言を聞きながら、ぼくは、またわけがわからない、と肩をすくめた。
ぼくが居なかった一週間のうちに、何かあったのだろうか?
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