027
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 ――それから一週間後、ぼくは目を覚ました。
 ぼやける目の前で、緑色の前髪が、海草のようにゆらゆらと揺れている。
「……よぉ」
 下のほうで声が聞こえて、ぼくはぼんやりとそれを見つめた。
「おそよう。アランくん」
 ヴォルトがにやりと笑って、ぼくを見上げている。
 すごく久々に見た気がする……。ぼくも、にやりと笑い返す。唇のはしが持ち上がり、薄く開いた。
 この前のヴォルトと、ぼくが、正反対になったようだ。
 なるほど。水槽の中からの眺めも、すべてがゆらゆらしていて、なかなかおもしろい。
 ぼくを見上げるヴォルトの腕や足は、もちろん全部くっついていた。
 反対に、ぼくの腕や足はすべて取り外され、代わりにあの太いコードの束が刺さっている。
 ぼくが腕を動かすように念じると、隣の一回り小さな水槽の中で、力なく指を折り曲げていた肘から先が、少し動いた。
 なるほど、ちぎれても動ける。人間じゃなくてよかった。
 ぼくは、ぷっと吹き出した。吹き出したのは吐息ではなく、水槽の中の無色の液体だった。
 反対側の水槽には、ぼくの左手が入っている。その向こうには、左足。とすると、右腕の向こうには、右足の入った水槽があるのだろう。
 ぼくは、一通り自分の体を見回した後、ヴォルトに目を戻した。
「……元気?」
 ぼくは、ぱくぱくと口を動かした。口ではない別の場所から、はっきりと声が出る。
「……まぁな」
 ヴォルトは頷き、少しばつが悪そうに苦笑いした。
 ぼくは弱々しく微笑み返し、ヴォルトに慰めの言葉をかける。
「ヴォルトに会いに行ったことで罰を受けたわけじゃないよ。だから、そんな顔しなくていい」
 すると、ヴォルトは急にぐっと眉を寄せた。苦しそうな顔だ。
「お前、何したんだよ。本当だ。俺に会いに来るぐらいで、こんなことにはならないだろ」
 ヴォルトのはっきりとした意見に、ぼくはまた顔をうつむかせた。
 ヴォルトより高い位置に居るので、あまり意味はないけれど。
 なんだか、目を合わせたくなかった。
 それでもヴォルトは、ぼくをじっと睨み続ける。
 ぼくは、ヴォルトとは目線を合わせないように、ひたすら自分の体に繋がったコードを見つめる。
 何分も沈黙が続いた後、ついにヴォルトも目をそらし、ふーっと息を吐きだした。
 そして、「何があったんだよ」と苛立ち気味に呟くヴォルトに、ぼくは覚悟を決め、はっきりとした声で話し始めた。
「ティーマを止めようとしたんだ」
 ぼくの言葉に、ヴォルトははっと顔を上げる。なんだって! って、顔だ。
「“お仕事”をしようとしているティーマに、攻撃して、止めようとした」
 ぼくは苦笑いし、言った。
 ヴォルトは言葉もなく、お前が!? という顔をしている。
 ぼくはまた小さく嘲笑を零し、さらに顔をうつむかせた。
 緑色の前髪が、ふわりと水中を移動する。
「でも、ぼく、止められなかった。ティーマも、自分も」
 そう――止められなかった。
 あの時、振り返った一瞬、ティーマがぼくの考えをわかってくれた気がした。
 だけど――違ったんだ。ティーマはお父様に褒められて、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。
 ぼくは結局、ティーマも、あの場に居た人たちも、ぼく自身も、何ひとつ、守ることは出来なかった。
 ぼくの気持ちを変えただけでは、なにも、変わらなかった……。
 ぼくは顔を歪ませ、滲み出る罪悪感を抑えきれずにいた。
 そんなぼくを、ヴォルトはただじっと睨みつける。
「お前の目的は、何なんだ?」
 ヴォルトが突然大声を出した。ぼくはびっくりして、顔を上げた。
 目的? と、ぼくは首を傾げる。
 しかし、首に刺さっていたコードがプツンと抜けたので、それ以上傾げないことにした。
 ヴォルトはじっとぼくを見つめたまま、何も言わない。ぼくの返事を待っている。
 ぼくの? 目的?
 なんのための?
 ぼくは顔を顰めた。
 なんだかぽっかりと記憶が抜けているような気がする。
 ぼく、何でティーマに攻撃なんてしてしまったんだっけ。

 ティーマ? 誰?

 ああ、そうだ。一週間も起動していなかったんだから、マルシェさんたちが腹ペコだ……。

 マルシェさん?

「あれ、ぼく、今なんて言った?」

 ぼくは目の前に居る茶髪の少年に問いかけた。
 少年はぎょっとした顔で、ぼくを見ている。
 この子は誰?

「きみは、だれ?」



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