021
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 低い声に、ぼくは驚いた。
「あ……はい」
 ぼくは、“お前”がぼくのような気がして、つい返事をしてしまった。
「アランだな。違うか」
「いえ、ぼくです」
 ぼくは感覚のない指先に、ぽっ、と明かりをつけてみた。ちゃんとついたけれど、腕が上がらない。
 中を覗くと、手足についた鎖を邪魔そうにしながら、床に寝そべっているマルシェさんが見える。
 ぼくはふらつきながら、牢の前に膝をついた。
「もう飯か?」
 マルシェさんは起き上がり、ここはどこかと手で宙を掻く。
 マルシェさんは、目が見えないのだ。
 あんまりはっきりとぼくの考えていることを当てるものだから、時々忘れてしまいそうになる。
「いえ……すいません……」
 ぼくは、格子に額をついて寄りかかり、力なくうな垂れた。
 思わず声が、震えてしまう。
「……どうした」
 マルシェさんが起き上がって、手探りで床を触り、こっちへ向かってくる。
「お前の顔は、どこだ」
 いつものセリフだ。
「ここです」
 牢から伸ばされたマルシェさんの手をとって、ぼくの頬に当てる。
「……どうした。泣いているのか」
 ぼくの頬に伝う氷の水滴に気づいたらしい。そんなことを言って、マルシェさんは顔を顰める。
「……いいえ……」
 ぼくは、泣けないんだ。
 どんなに悲しくても、どんなに大声で泣き声をあげても、涙は出ない。
 ぼくは、ロボットだから。
「そうか」
 マルシェさんは、見えない瞳でぼくを一点に見つめながら、ぼくの顔を触る。
 表情を確かめているのだ。マルシェさんはそうやって、会話を探す。
 ぼくはできるだけ、嬉しそうな顔をしてみせた。
 顔は引きつるが、なんとか口元と目だけは笑っているように。
 するとマルシェさんは、途端に手を止めた。
 そして、ゆっくりと口を開く。
「アイツは人一倍繊細に造られているから、物事を重いほうに受け止めやすいんだ」
 マルシェさんは、低い声でそう言う。
 ぼくは、突然の言葉に驚き、顔を上げた。
「俺は、もうだめだ。アンタなら、あいつらを……。俺の、友人であって、兄弟を」
 目を伏せて、ぼくの頬から、手を離す。
「助けてやってくれ……」
 そこで切れたマルシェさんの言葉に、ぼくは小さく首を傾げた。
 マルシェさんは何も言わず、ぼんやりとぼくの胸の辺りを見ている。いや、見えてはいない。
 話しかけるのもなんだか気が引けて、ぼくは、マルシェさんの腕から下がっている重そうな鎖を、少しつついた。
 それに気づいたのか、マルシェさんが再び口を開く。
「茶色い小僧が、言っていたぜ」
 その言葉に、ぼくはすぐに思いついた。ヴォルトだ。きっと、そうだ。
 なぜ、マルシェさんがヴォルトのことを?
 ヴォルトは、やっぱりここに来たのか?
 マルシェさんは、なぜヴォルトの髪や瞳が、茶色だと知っているんだ?
 いろいろな疑問が、いっぺんにぼくの壊れかけた脳内を徘徊する。
 こういうときに、マルシェさんのあの不思議な能力が発揮される。
「あの小僧は目も茶色だろう。お前より、少しだけ年下だ」
 マルシェさんはそう言って、ヴォルトの背丈ぐらいまで腕を上げる。
「お前の目は、緑だろう。髪の色も、深い緑だ。ひょろっちいが、背は高い」
 マルシェさんはずばり言い当て、にやりと笑った。
 ぼくはキョトンとしながら、マルシェさんの話を聞く。
「俺の目は見えねぇがな、上で忌み嫌われた“悪魔の能力”は、まだ壊れちゃいない」
 マルシェさんは、不思議な人だ。
 まるで、ぼくの目を勝手に使って、ぼくの見てきたもの、考えているものを覗き見ているように話す。
「あの、生意気小僧の名前は?」
 マルシェさんは、重い鎖を牢に引っ掛けながら、ぼくにきく。
 ぼくはぼんやりとした意識からはっと我に返り、慌てて答えた。
「あ……、ヴォルト」
「ヴォルト、そうか。その、ヴォルトはな」
 マルシェさんは言いかけ、深くため息をついた。
「お前のことを、ひどく心配していたぞ」
 え……?
 マルシェさんの言葉に、頭の中でバチ、バチ、と音がする。
 人一倍暴れん坊で、人の事なんて、ぜんぜん気にしない。あのヴォルトが?
「ヴォルト、は……ここ……に?」
 思わず、声をつまらせる。
 なぜ?
「あぁ、だいぶ前だったがな。あいつは、ボロボロだった」
 マルシェさんはぼくを見上げ、全てを話し始める。
「服も、体も、心も、すべてボロボロで、死に物狂いでここへ来やがった」
 その言葉に、背筋にゾクッと悪寒が走った。
 きっと“罰”の後だ。
 ぼくは眉を寄せ、黙って続きを待つ。
「ちょうど、そこだ。お前の居るあたりに、あいつは倒れこんだ。俺たちがいるのも、知らずにな。死んでたまるかって耐えるように、背中、震わせてよ、泣いてんだ。取り返しのつかないことをしてしまった。許してくれ。ってな」
 ぼくの頭の中の回線が、重い音をたてている。
 これ以上、聞きたくない。そんな気がする。

 ヴォルトは強いんだ。
 ぼくなんかより、うんと、うんと強くて、
 ヴォルトは……

「だから俺は、話しかけてやったんだよ。そうしたら、めいっぱい強がりを言った後、顔をくしゃくしゃにして、言ったんだぜ? あいつらを助けてやってくれ、ってよ」
 マルシェさんは、苦笑いをする。
「あいつは、一瞬で俺の能力に気づきやがった」

「あいつは、強いが、その分弱いところもある」

 マルシェさんの口元だけが、にやりと笑う。


「そう、お前にそっくりだぜ? なぁ……“ゼルダ”さんよ」


 その言葉に、ぼくは思わず震えあがった。

 体中が、凍ったように冷たくなるのを感じた。

 マルシェさんは、やっぱり、知っていた。

 ぼくの正体を、知っていた。



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