016「テイル……アラン、怖い顔」
ティーマはテイルの着物のはしをぎゅっと握って、心配そうにぼくを見ている。
「そうですわねぇ……」
テイルが、同じく心配そうに返事しているのが聞こえる。
ぼくは二人に背を向けてソファに座り、眉間にしわを寄せて、胸の前で腕組みをしていた。
時々いらいらして足を鳴らすと、テイルとティーマがそのたびにびっくりしてぼくのほうを見る。
ぼくはそれも気にせず、低く唸りながら必死にありったけの思考をめぐらせた。
でも、なんでヴォルトは、地下三階にいけば、このことをぼくに伝えられるとわかったのだろう?
マルシェさんは、ヴォルトを知っているのだろうか?
マーシアの居る屋上で、ヴォルトが見ていた……交信をしていたのは、マルシェさんだったのだろうか?
マルシェさんは、一体、どれほどの力の持ち主なのだろう。
並の能力者以上の力を持った公司たちを、跡形も残さず消し飛ばしてしまうなんて。
考えるだけでも、恐ろしい。並の能力者以上の能力を与えられたぼくがそう思う、それほどの力だ。
でも、一番悪いのは、お父様じゃないか。
地下世界の政治を取り仕切る長という地位を使って、下のものを思うがままに操っている。
ましてや、自分では手を出さないくせに、ぼくたちにそんな……酷いことを、何も教えずにさせているなんて。
そうだ、今考えてみると、なんて恐ろしい人だろう。
公司たちも、この街の住民も、みんなそうだ。
誰一人反抗しないで、お父様の言うことがすべて正しいと思っているなんて……。
この世には、そんな悪いやつをこらしめる、ヒーローなんて存在は居ないのだろうか。
――ヒーロー。
たとえばこういう物語には、必ず悪いやつを正す、正義のヒーローが必要だ。強くて、かっこよくて、悪者をこてんぱんにできる力を持った存在が。
だけど……ぼくなんかが、そんなこと、できるわけないじゃないか。
ひょろひょろした体に、過去を引きずりやすい女々しい性格。
どうして公司たちは、ぼくをがっちりした体の、男らしい性格にしてくれなかったんだろう。
ぼくは苦笑いしながら、自分の手のひらを眺める。
ちょっと人と違う能力があるだけだ。ましてやぼくは……ロボット、なのに。
後ろから聞こえてきた笑い声に、ぼくは、ちらっと振り返った。
他愛ない会話に花を咲かせ、無邪気に笑う姉妹の笑顔が、今のぼくには、なんだか切なかった。
ティーマやテイルは、きっとまだ何も知らないんだ。どうして自分が造られたのかも、それによって、どれだけの人を傷つけてきたのかも。
会話が途切れると、ティーマが椅子の上でじれったそうに体を揺らし始めた。
テイルが席から立ったのを見ると、どうやら今日のお菓子のお披露目を待っているらしい。
テイルが、よくケーキをおみやげにするときに入れてくれる白い箱を持ち上げたから、ティーマは歓声をあげて喜んだ。
しかし、二人して箱を開けて中を覗くと、その顔は一瞬で暗く変わってしまう。
「あらあら、まぁ……これは、もう食べられませんわね」
ティーマに残念そうな表情を向け、ため息混じりにテイルが言った。
指輪が何個も光るその手の上には、嫌な色のかびが生えたケーキがある。
「えぇー」
それを見て、ティーマが不満そうに声をあげた。
「どうしてかしら、昨日買ってきていただいたばかりですのに……今度はちゃんと管理しておかなくっちゃ」
テイルはとりあえずかびケーキを皿に乗せ、キッチンの端のほうへ押しやった。
「今日は、おかしは、ないの?」
ティーマが体を揺らし、今にも泣き出しそうな声を出す。
テイルは慌てて、「いいえ」と首を横に振った。
「大丈夫ですわ。代わりのものを用意してもらいましょう? だから泣かないでくださいな。ね?」
代わり?
その言葉に、ティーマは、ぱぁっと顔を輝かせる。
「うん!」
そして椅子の上に立ち上がり、嬉しそうにピョンと跳ねた。
そして両腕をぐっと大きく広げ、今にも飛んでいきそうなぐらい高く飛び跳ねる。
「もっと、もっと、おっきな、ケーキ!!」
その瞬間、ぼくはぴんときた。
そうだ、そうだよ。代わりだ。
「そうだ、小さなかびケーキより、おっきなおいしいケーキだ!」
そう言って突然立ち上がったぼくに、テイルとティーマはびっくりして会話を止めた。
「ど、どうしましたの?」
少しの沈黙の後に、テイルが恐る恐る問いかける。
ぼくはニヤニヤする顔を隠さないまま、首を横に振った。
テイルがいつもと違うぼくに戸惑って苦笑する。それを見て、ぼくはさらにニヤニヤしてしまった。
かびケーキに主役になってもらう必要なんかないんだ。
ぼくなんかじゃない、ヒーローを。
ぼくなんかよりずっとずっと力のある人に、ヒーローになってもらえばいいんだ!
ぼくより、うんと力のある……
そうだ! あの人が、一番ふさわしい。
地下三階の牢獄にいる、マルシェさんだ!
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