015 ――ヴォルトがなぜ、ぼくに「地下三階へ行け」と言ったのかは、未だにわからない。
だけど、ぼくの心は、明らかに変化しはじめてきた。
お父様は、必ずしも正しいわけじゃない。
それどころが、最もやってはいけないことをしていることや、それのせいで、家族や恋人、友人を亡くした人が居ること、ぼくらを、憎み、恨んでいる人が居ることを、知った。
ぼくは、いつものように食事を運んだ後、しばらく皆と話をしてから、部屋へ戻った。
あれからマルシェさんは、ぼくやあいつに憎しみをぶつけてくることはなくなった。
しかし、だからこそぼくは怖かった。この前、マルシェさんが言った、あの言葉。
「半身半獣の……化け物め……!」
マルシェさんの友人を消してしまったのは、あいつだ。間違いない。
考えるだけで、身の毛がよだつ。ぼくは、震えが止まらなくなってしまった腕を必死に抑えながら、いつもの白い扉を開けた。
「……ただいま」
「おかえりなさい!!」
扉を開けてすぐ、いつものようにティーマが飛びついてきた。
扉の前でぼくが言葉を発したわけじゃないのに、ティーマはいつだってぼくが来る時には扉の前で待機して、タックルする瞬間をわくわくと待っている。
「た、ただいま。ティーマ」
見た目より強烈な突撃に、ぼくはなんとか踏みとどまり、いつものようにティーマの頭を撫でてやる。
いつもならば、ティーマはここでにっこりと笑って、跳ねるようにテーブルに駆け寄って、またテイルのそばに座るはずなのに。
しかし、今日のティーマはぎゅっとぼくにしがみついたまま、なぜか離れない。
「どうしたの?」
ぼくの問いかけに、ティーマは答えなかった。
ただぼくをぎゅっと締め付けたまま、シャツに顔を埋める。
「アラン、寒いね」
ティーマの声が、ぼくの体に響いた。
ティーマは、気づいていたんだ。ぼくの震えの止まらない体を。
「寒いと、風邪を、ひくよ。いい子に寝ていて、くださいね」
ティーマは顔を上げ、いつものようにニッコリと笑んだ。
無邪気なその言葉さえ、なぜかぼくの胸に突き刺さった。
ぼくは喉の詰まるような思いを振り切り、ティーマを抱き上げた。
ぼくの数倍も軽いティーマの体が、ふわりと宙に持ち上がる。
「アラン?」
ティーマはキョトンと目を丸くし、子供っぽい表情でぼくを見つめた。
ぼくは、無邪気なその顔に、今にも泣き出しそうなくらい、顔を顰めていた。
ぼくは、ぼくたちは、なんて残酷な運命を辿らされているのだろう。
人の生を奪うことを、“仕事”として、この世に存在している。
人を“殺す”ことを目的に、ぼくたちは生み出された。
恨まれるために、憎まれるために。
「許さない」
そう、思われるのは、何も知らない、ティーマ、そして、皆。
憎しみの言葉を受けるのは、ぼくたちだ。
では、ぼくたちが、一番憎むべきなのは、誰だ?
ぼくらを、こんな運命に仕向けたのは……――
ぼくは、気づいた。
ヴォルトが教えたかったのは、これだったんだ。
ぼくたちが憎むべきなのは、
ぼくたちを造った、
ぼくたちにこんな仕事を押し付けた、
ぼくらに耐えきれない罰を与えた……――
お父様、だ。
少なくとも、ぼくはそう思った。
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