If.
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 初めて目を開いた時、暗い天井と、そこを飛び交う様々な色の明かりが見えた。
 次いで、誰かが私の能力を操作したのだろう。意思とは関係なくそよ風が吹き、どこからともなく花びらがぱっと舞い散った。

「きれい」

 これが、私が最初に発した言葉。
 目の前を舞う花びらを見て、前持ってインプットされたあらゆる言葉の中から、人工知能が選び出した最適な言葉だった。
 それを聞いてほっとしたのだろう。息をつく音が聞こえ、いくつもの拍手が起こった。


風の踊り子irreplaceable flower


 私の好きなもの。きれいなもの。可愛らしいもの。華奢なアクセサリーや愛らしいお花。
 甘いスイーツや、お茶の時間も大好き。
 だから、薄暗いラボと仕事場とを行き交うだけの生活はたまらなくつまらなくて、
 大きなお仕事を終えた後、お父様にお願いをした。
 そうして作っていただいたのが、眩しいくらい真っ白で、清潔感と洗練された美しいものに囲まれた、私たちの愛しいお部屋。
 けれど、私は部屋の中ではひとりぼっちだった。
 仲良しのマーシアさんはそうそう持ち場を離れられず、シオンさんはラボのほうが好きだと言い、ドグラスさんは寄り付きもしない。
 レースのクロスをかけた真っ白なテーブルに、美味しいお茶菓子と美味しいお茶。けれど、三つの椅子はいつも空。
 そんな毎日に虚しさを感じ始めた頃、白い部屋に初めてのお客様がやってきた。

「こんにちは、はじめまして」

 とても背が高くて、しゃんとしているのに、にっこりと笑う表情はどこか幼くて、私はつい笑ってしまった。
 きょとんと目を丸くした彼に詫び、改めて挨拶をする。

「ごきげんよう。お会いできる日を、今か今かとお待ちしておりましたわ。お名前は、何とおっしゃるの?」
「ゼルダです。先ほど、お父様がつけて下さいました。あなたは?」
「私はテイルですわ。ええと、あなたの“お姉さん”…ということになるのかしら。どうぞよろしく、ゼルダさん」

 こうして私の部屋は、“私たちの部屋”になった。
 空席がひとつが埋まると、続けてまたひとつ、もうひとつと埋まっていった。
 口が悪く、少し乱暴者だけれど、仲間思いの弟がひとり。
 次いで、笑顔の可愛い、元気いっぱいの小さな妹がひとり。
 寂しかったティータイムが嘘のように明るくなって、私はこの瞬間が、ずっとずっと続くものだと、信じて疑わなかった。
 しかし、変化の波は、静かに打ち寄せていた。

「みんなの間だけでいい。ぼくのことを、“アラン”と呼んでほしい」

 ある日のお茶の時間に、彼は、いつになく苦しげな顔で、ぽつりと打ち明けた。
 前の名前で呼ばれると、なんだか胸がざわざわするのだと、彼は言う。
 私たちの名前は、お父様にいただいた大切なものだ。
 それを勝手に変えてしまうのは、お父様を悲しませることになるかもしれない。
 そう言った私に、彼は困ったように苦笑した。わかっているけれど、とグリーンの目が思いの強さを物語る。

「俺はいいぜ。人間の中で、一番一般的な名前だろ。そのほうが、お前に合ってるよ」
「ア、ラ、ン。ティーマ、覚えた!」

 下の兄弟たちは、すぐに彼の願いを受け入れた。
 彼にこれ以上辛い表情をさせたくない。それでも、お父様を悲しませたくもない。
 私は戸惑ったまま、答えを出せず、黙ってうつむくことしかできなかった。

 この時、強く強く、私は反発すべきだったのだ。
 そうすれば、後に起こる悲惨な出来事は、起こらなかったかもしれないのに。

 疲れて帰ってくるだろうと、お茶の用意をしていた時、飛び込んできた知らせに、頭の中が真っ白になった。
 彼が、末の妹の“お仕事”を阻止しようとした。
 無我夢中で部屋を飛び出し、彼のラボラトリーへ向かった。もし知らせが本当なら、悲惨な状態になっているに違いなかった。
 予感は的中した。夢中で名前を呼ぶ私に応えず、ぐったりと横たわった彼は、何人もの技術者たちによって傷ついた体を各部品に分解されていく。
 修理のためとはいえ、あまりに衝撃的な姿だった。耐えきれず、ラボを飛び出して階段を駆け上がり、踊り場にしゃがみ込む。
 私が、もっと早く、彼の異変をお父様にお知らせしていたなら。
 後悔の波に押しつぶされそうで、悲しくて悲しくて、痛くて痛くて、それでも涙は出なかった。
 私はロボット。造られた人形。
 感情と信じるものはあれど、身を削って流す涙は一滴もない。

 部屋に戻ると、何も知らない妹がひとり、席についていた。
 誰も居ない部屋の中で、四つの空のカップを前にした姿を見た途端、たまらなくなって小さな体を抱きしめた。
 彼は、この小さな体を、あと一歩で壊してしまうところだったのだ。
 どうしてそんなことができたのだろう?
 なぜそんな愚かなことを?
 どうして。どうして。どうして。
 いくら考えても、答えは出なかった。

 今回のことで、さすがに身に沁みたのだろう。
 彼は、いたずらに「アラン」と名乗るのをやめ、お父様にいただいた名前に戻った。
 なぜか、胸がちくりと痛んだ。
 きっと歯車が油切れを起こしたのだろう。そう思い、修理をお願いしてみたものの、悪いところはひとつも見当たらなかった。

 彼は、まるで人が変わったようにふるまった。
 物事に対して曖昧な反応を見せず、きちんとしていて、いつも自信に満ちている。
 向けられる笑顔は相変わらず可愛らしいものの、以前の笑みより、どこか無理をしている様子があった。
 もしかしたら、彼は嘘をついていて、またお父様に逆らうつもりなのかもしれない。
 そうなったら二度目はない。もう二度と彼が馬鹿な真似をしないように、私もひとつの決意を固めた。
 もし次に罪を犯したときには、私がこの手で、彼を止めてみせる。
 そしてもう一度、今度こそ真正面からぶつかって、彼の心を連れ戻してみせる。
 私はお父様にお願いをして、一つだけ“お許し”をいただいた。

 その力を、あんな形で利用することになるなんて、思いもよらなかった。
 対峙する同じ顔をした“二人”の彼。攻撃を受け、倒れた一方に、私は震える手足を何とか動かし、這い寄っていく。
 目の輝きを失い、力なく横たわる姿は、いつかの衝撃的な光景を呼び起こさせた。
 震える指で、彼の瞼に触れる。

 嫌だったのだ、あの笑顔が消えてしまうのは。
 たまらなく、嫌だったのだ。

 でも、思いは届かなかった。

 彼は、変わってしまった。
 “アラン”になってしまったのだ。

 真っ白な私たちの部屋には、ふたつの空席ができた。
 彼らが屋敷を出て行ってから、マーシアさんや、シオンさんまでも、時々私たちを気にかけ顔を見せてくれる。
 それでも、私の正面の席は、いつも空だった。
 ひじをついて、両手でカップを持つ姿も、
 困ったように笑って、首を傾げる姿も、
 何もない空間に吸い込まれたように、何もかも消えてしまった。
 野に咲く花が恵みの雨を欲するように、
 あなたは私にとってかけがえのないものだった。
 失って、はじめて
 “生きて”いけないことに、気づくのだ。
「テイル。痛い?」
 優しい妹が、小さな指で、私の乾いた目じりをそっとなぞる。
 私はその手を取り、両手で包み込んだ。
「えぇ。これが、“泣く”ということなのかもしれません」
 この身が裂ける悲しくても、それでも涙は出なかった。

 もし、彼が次に目の前に現れた時には、私たちは敵同士になる。
 覚悟していたはずだった。
 だけど、いざ彼の姿がこの目に映った途端、今にも手を伸ばしてしまいそうになった。

 あぁ、駄目、駄目なのに。
 私は壊れてしまった。
 お父様の大事な命令も、素直にきけないほどに。

 胸の歯車がキリキリと音をたてる。
 もしもこの体が壊れてしまうなら、一度でいい、一度でいいから、私の最後の願いをきいて。

 優しいあなたに、これ以上悲しい顔をさせたくない。

 笑って。

 どうか笑って。


 気が付けば、目の前は炎に染まっていた。
 何もかもを焼き尽くす炎、それを右腕に纏い、彼と対立する弟の姿。
 強張った彼の表情に、乱暴者の弟は、もう二度とくしゃっと笑うことはできないのだと確信した。
 私は夢中で炎のあがる腕にしがみつき、標的を合わせまいと必死になって押さえ込んだ。
 悲しみに体を震わせながら、止めを刺すつもりでいたのだろう。起き上がろうとした彼を、私は止めた。
 炎に体をなめられながらも、こうして何ひとつ偽ることなく、もう一度真っすぐ目を見て話をできることが嬉しかった。

 笑って。

 どうか笑って。

 私の大好きなあなたでいて。


 猶予は残されていなかった。
 出来る限りの力を振り絞り、たとえ爆弾が爆発しても、なるべく被害の出ない場所を選び、テレポートする。
 爆発を最小限にするため、二人の周囲に風のバリアを張り巡らせた。
 それだけで私の体はからっぽになってしまったが、それでも不思議と満ち足りていた。
 炎は私の体を塵と変え、偽りの曇り空に舞い上がっていく。
 いつかの美しい花びらが、舞い踊っているように見えた。


「きれい」





END...







こんにちは、霞ひのゆです。
久々に一本書きあげました。号泣しました。感情移入しすぎるのは相変わらずです。
この短編はニコ動で出会っためざめPの「うそつき」という曲にインスピレーションを受けて書き始めました。
([初音ミク] うそつき [オリジナル] (3:33) http://nico.ms/sm14703600)
テイルに、ぴったりだったのですよね。テイルの生き方に寄り添っているような歌詞に聞こえて、これは書かねばならんと久しぶりに筆を取った次第です。

マーシアは母、ティーマは娘だとしたら、テイルは恋人。
公司は男性の職業ですから、作業員たちもGXに自分の身近な異性を重ねていたのだとしたら、人形とはいえ特別な感情が芽生えてもおかしくないと思ったんですよね。
だからきっと、愛しい人が最初に目にするものは、美しいものであってほしいと思ったんでしょう。
そんなことから、最初のシーンとなりました。

テイルは花でした。だから雨に恋をしてしまうのは仕方がないんです。
テイルにとってアランはヴォルトみたいな「弟」ではなくて「彼」。イヴにとってのアダムだったんです。(出会う順序は逆ですけど)
テイルがひとりきりで白い部屋にいるという絵はずっと前から頭の中にありました。
GXはナンバーが新しくなるほど人間に近付いていっているイメージなので、ナンバー1、2、3、は必要性を感じないだろうなと思ったんですよね。
ならばあの部屋を作ったのはおそらくテイルだろう、と。そうすれば彼女の好みのもので部屋が埋め尽くされているのにも納得がいく。

アランとゼルダの激しい戦いで、彼女の心も楽園もすべて滅茶苦茶にされて、
たとえゼルダがアランの敵であろうと、彼女が愛した彼が含まれるのは間違いなくて、
魔法の指を使って起こしてしまったのかな。
まぶたを撫でるというのは、GXを再起動させる際の仕草です。

なんだか感情のままにぶつけてしまったので、飛ぶような短編だったと思いますが…。
少しでも、皆の傍らで微笑んでいた彼女のことを、心のどこかにとどめてもらえるとうれしいです。

***霞ひのゆ



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