129 ――公司長、ギルバート=アリックスの最後の力によって、地下世界は、崩れ落ちた。
巻き込まれたはずの地下住民たちは、身を寄せ合い、その衝撃に耐えていたはずだった。
しかし、人々の頬を撫でたのは、鋭い瓦礫や潰される衝撃などではなく、
どこか懐かしいような、暖かい、太陽の日差しだった。
「何が……起こったんだ……?」
身を寄せ合っていた人々の中で、セイが一人、ゆっくりと立ち上がった。
それに、アンドリューが続き、次にメリサが続く。
徐々に、恐る恐る立ち上がり始めた人々の目に映ったものは、何一つ変わりない自分たちの街と、そして、
見渡す限り、何の障害もない、広い土地の姿だった。
頭上には澄んだ青空が広がり、暖かい太陽と、優しい微風が顔を撫でていく。
いつの間にか、あの刺すような雨も、止んでいた。
「ここは……地上……なのか……」
濁りのない、澄み切った青空を見上げ、アンドリューが小さく呟いた。
人々が徐々に広がって行き、恐る恐るという様子で、自分たちの居る土地を探り始める。
そんな中、ただ一人、見つからない人物を探していたセイが、
何かを見つけた途端、すぐに駆け出した。
「アラン!!」
その声に、アンドリューは振り返った。そうだ、彼の姿が、見当たらなかった。
アンドリューは、セイに続いて駆け出した。妹のメリサも兄のあとに続き、そして先頭を走るセイの目には、確かに彼の姿が映っていた。
彼は、みんなに背を向け、空を仰いでいた。
度重なる強い衝撃に耐え、ボロボロになった体が、風に吹かれて軋む音をたてる。
セイはそんな彼に近づくと、すぐに正面へ駆け込み、その顔を覗き込んだ。
――ビー玉のような青い瞳が、見開かれた。
「おい……ふざけんじゃねえよ……何、情けない顔……してんだよ……」
セイが彼の肩を掴み、苦笑いしながら、揺さぶる。
アンドリューと共に駆け寄ったメリサは、もうその事態を理解してしまったのか、彼の手前で崩れ落ちるように座り込んでしまった。
それでもアンドリューは彼に駆け寄り、そしてゆっくりと、足を遅めていく。
そして空を見上げたままの彼を覗き込んだ瞬間、思わず息が、止まった。
彼は、微笑んでいた。
とても、とても嬉しそうに。とても、幸せそうに。
あの日、初めて出会った時の、ぎこちない笑顔そのままで、
青空をその瞳に映し、頬に一筋の涙を零して――
それでも、
微笑む瞳は黒く染まり、その体は、もうピクリとも動こうとしなかった。
「何笑ってんだよ……! おい! 返事しろよぉ……――アラン!!」
セイが彼の体を揺すり、必死に呼びかけた。
しかし、見上げた目に溜まった水滴が頬へ零れ落ちるだけで、彼は瞳の色を取り戻そうとはしない。
揺さぶられるたびに、造られた体が、ギシギシと音をたてる。
それでも、アンドリューは泣きながら揺さぶるセイを止めることはできず、自分もまた、無言のまま涙を零していた。
「おまえがいなくなっちゃったら……オレたち……これからどうすりゃいいんだよぉ……!」
セイが彼に縋り、汚れたシャツに顔を埋め、泣いた。
メリサも手に顔を埋めたまま、そのあまりにも悲しい最後に、声を抑えきれずに泣いている。
アンドリューは、ただ立ち尽くしたまま、黒く染まってしまった瞳を見つめていたが、
セイのその言葉に、ゆっくりと、腕で顔を拭った。
「……生きるんだ」
彼の代わりに、アンドリューが、呟いた。その言葉に、セイがゆっくりと顔を上げる。
そして、徐々に事態に気づき、集まってきた地下住民たちへ、アンドリューは向き直った。
乾いた風が、アンドリューの金髪を揺らす。
アンドリューはぎゅっとこぶしを握り、決意を込めて、言った。
「まだ、世界は終わっていない。まだ進める。僕たちは……生きているんだから」
――ぼくたちは、生きています――next|
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