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 ゼルダの体から、力が抜けた。ゼルダが落ちてくる。
 ぼくの腕が、さらにゼルダを貫いた。
「ゼルダ!」
 ぼくはゼルダから腕を引き抜き、動かなくなったゼルダを受け止めた。
 ぼくの腕を伝い、床へゼルダの人工血液が落ちる。
 ゼルダを揺すってみた。しかし、ただ黒い目を虚ろに開いたまま、ピクリとも動こうとしない。
 漏電が続く。ポタポタと、胸の穴から液体が落ちる。
 光のなくなったその瞳は、悲しげに、「諦めろ」とぼくに訴えていた。
「いやだあぁっ……!」
 ぼくはゼルダを、縋るように抱いた。
 人と同じように暖かかった体が、確実に冷たくなっていくのがわかる。
 ぼくが――ぼくの片割れが、死んでしまった。
「なぜ……なぜ時は、同じことを繰り返す!」
 その時、突然お父様が、まるで噛み付くようにそう叫んだ。
 その声に、ぼくは顔を上げる。まるで最も嫌なものでも見たかのように、お父様が顔を歪めた。
「いい加減にしろ……神は――あの男は――! どれだけ私を苦しめれば、気が済むのだ!」
 喚くお父様の声が、頭に響く。
 頭の中が、まるで締めつけられているように、痛い。
 ああ、いろいろなことがいっぺんに起こりすぎた。頭が……ぼんやりとして……。
 繰り返す――どういうこと……――?
「ドグラス!」
 お父様が叫んだ。呼ばれたその名前に、虚ろになっていたぼくのまぶたが、はっと押し開かれた。
 強い能力反応を感じ、振り返ると、そこにはすでにあいつの姿があった。
 何度見ても恐怖を思わせる、その大きな爬虫類のような尻尾を揺らし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「はい……お父様」
 しかし、返事を返したその声は、明らかになぜか苦しそうだった。
 呼吸が小さく、鋭い爪のついた手で、右腕を押さえている。
 何かを隠しているのか……? それはドグラスがよろめきながら近づいて来た時、はっきりとぼくの目にも見えた。
 下半身を覆う蛇のうろこのようなものが、その腕までもを侵食しようとしているかのように、肌を破り、赤い血液と共に浮かび上がっていた。
 あまりに痛々しげなその様に、ぼくは顔を引きつらせ、目線を上げる。
 長い黒髪が、顔を半分覆っている。ドグラスはぼくらに目もくれず、ぼくの隣を通り過ぎて行った。
 顔色が悪く、その頬へも、明らかに腕と同じものが浮き出ている。
 頬から流れる血が、首を伝っていく。
 かろうじて開いているような虚ろな目は、公司館前で会ったドグラスとは、まるで別人だ。
 そんなドグラスに気づかないのか、お父様はぼくを指し、再び喚くように叫んだ。
「こいつを殺せ! 破壊しろ! もう、悪夢はたくさんだ!!」
 その命令に、ようやくドグラスの目がぼくへ向けられる。
 その途端、ぼくは固まった。まるでさっきの目とは違う。真っ赤な目には憎しみが込められ、いつものドグラスの威圧感がぼくを押す。
 ギラギラと光る憎悪の目に、ぼくは思わず、動かなくなったゼルダを抱き寄せた。
 すると、ドグラスの目が、またお父様に向けられる。しかしお父様に向けられたのは憎しみの目ではなく、まるで助けてくれと乞うようで、ドグラスの呼吸が小さくなっていく。
「でも……お父様、体が保てません。これ以上、動けば……」
「早くしろ! もう、私を苦しめないでくれ……!」
 ドグラスの訴えを遮り、お父様が頭を抱え、唸るように言った。
 まるで、何かの恐怖症に陥っているかのようだ。どうして、そんなにまで、ぼくらを……?
 初めて見たお父様のそんな様子に、ティーマが心配そうにお父様を覗き込む。
 ドグラスが、唇を噛んだ。そして、その目が再びぼくに向けられた途端、ゼルダが引き離され、ぼくは一瞬で放たれた念力に、なすすべもなく壁に打ちつけられた。
 今までで一番強い衝撃に、ぼくの体も、壁へもひびが入る。
「どいつもこいつも……役立たずめ」
 ドグラスが小さな呼吸の中で、呟くように言った。
 そしてぼくから取り上げたゼルダを掲げ――まるで握り潰すように、ゼルダを破壊した。
「ゼルダ!!」
 ドン、という鈍い爆発音に、ぼくは叫び、思わず身を乗り出した。
 もはやただの部品になってしまったゼルダが、床へと落ち、軽い音をたてる。
 ぼくがそのひとつへ手を伸ばす前に、ドグラスがぼくの胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「裏切り者めが……お父様を苦しめる者は、誰であろうと許さない」
 赤い目がぼくを睨みつけ、低く唸る。
 ぼくはドグラスの腕を掴み、必死に抵抗しようとした。
 しかしその時、突然ドグラスが苦しそうに顔を顰め、いとも簡単にぼくを離した。
 予想外のその行動に、ぼくは呆気なく床へ落とされる。ドグラスがぼくから後ずさりし、口を押さえた。
 そして赤い目を細め、ゴホン、と痛そうな咳をする。すると、ドグラスの指の隙間から、おびただしい量の血が流れ落ちてきた。
「ド……ドグラス……」
 吐き出された血が床へ落ち、水たまりのように広がっていく。
 その光景に、ぼくは始めて実感した。ドグラスは、やっぱり人間だったんだ。
 でも、どうしてこんな不気味な姿をしているんだ? 人間なのに、どうしてGXと呼ばれているんだ? どうして、そんなに苦しそうに……――
 猛スピードで思考を巡らせていたら、辛そうな咳を止められないまま、ドグラスが真っ赤な目でぼくを睨みつけてきた。
 念力を放たれたわけでもないのに、ぼくは体をぴたりと固めさせられる。
 しかし、その目――真っ赤な、ティーマのような目に、ぼくははっとある考えに行き着いた。
 まさか、そんなはず……――なくは――ないんだ。
「ドグラス……君はまさか……お父様の本当の息子なのか……?」
 ぼくは自分のその考えに顔を引きつらせながら、恐る恐る囁くように問いかけた。
 すると、明らかに憎しみを込められた真っ赤な目が、再びぼくにもの凄い威圧感を押しつける。
「黙れ!」
 ドグラスが叫んだ。必要以上に発達した犬歯が、血の滴る口元を恐怖に思わせる。
 しかし、その表情でぼくは確信した。間違いなんかじゃない、ドグラスは、お父様の本当の息子なんだ!
「それじゃあ、君の母親は、ティーマのモデルとなった……アミット=ライリスなんだ!」
「黙れ!!」
 ティーマそっくりの真っ赤な瞳を見開き、ドグラスが怒鳴る。
 そのたびに、ぼくの体をビリビリと威圧感が押す。しかし、その真実を知った今、ぼくのドグラスに対する気持ちに、変化が起こってしまった。
 哀れみと、そしてあの人への憎しみが、ぼくの中へ湧き上がる。
 お父様は、実の息子をも、殺人の道具として扱っていたんだ――!
「お前に何がわかる!」
 その時、ドグラスが吼えた。そして一瞬でぼくへ詰め寄り、血に染まった手でぼくを掴み上げる。
「お前に何がわかる! 無理な遺伝子操作によって、こんな奇形に生まれてきてしまった私の気持ちが……! 必要以上に与えられた能力でさえ、使えばその分この体が滅びていく……! そんな僕の気持ちが、お前にわかるというのか……!! お前なんかにわかるものか!!」
 ドグラスがぼくを揺さぶり、まるで狂ったように叫ぶ。
 ぼくは強い力で首を絞められ、声さえ出せなく、ただその苦しみに顔を顰めた。
 ドグラスの苦しみが、真正面からぶつかってくる。
 いつか――アンドリューが話した、「力の代償」という言葉が、ぼくの中に浮かび上がった。
「わかるものか……母を殺して生まれてきた僕の気持ちが……お前などにわかるものか……っ!」
 ドグラスが擦れた声でそう言い、そしてぼくを放した。
 首を絞められた感覚が張りついているようだ。何度も咳をしながら、ぼくは床へ倒れる。
 一気に浴びせられたドグラスの悲痛な叫びが、ぼくの頭の中で何度も響いていた。
 ドグラスが、ぼくの上でまた咳をする。ぼくの目の前に、大きな血痕ができた。
「私は……お前を破壊する。そして私も……死ぬ」
 ドグラスが唸る。そして鋭い鍵爪のついた足で、ぼくの腹を踏みつけた。
 ドッ、と衝撃がぼくを襲う。爪が肌を突き破り、食い込んでくる。
 その痛みに、ぼくは歯を食いしばった。
 ドグラスの本当の正体を知ってしまった今だからこそ、こんな所で終われない……!
「ぼくはまだ……死ねない……っ!」
 ぼくは力を振り絞り、ドグラスに向かって左腕を突き出した。
 一瞬でぼくの腕を氷剣が包み、ドグラスの腹をかすった。しかし、体全体に薄く硬いうろこが浮き上がってきた今、傷などつけられない。
 しかし、ドグラスがまた苦痛に顔を歪めた。それはぼくの攻撃のせいではないだろうけれど、ようやくぼくを踏みつける力が緩んだ。
 ぼくはその一瞬を見計らい、その場からテレポートした。
 しかしやはり、近距離のテレポートしかできなかった。それもそうだろう。公司が五十人集まっても勝てないであろう人物が、今敵として目の前に居るのだから。
 ぼくはお父様とティーマの正反対へ姿を現し、再びドグラスを睨みつける。
 ドグラスはすぐにぼくを見つけた。口からは血液が滴り、呼吸はさらに荒くなってはいるが、その真っ赤な目は相変わらずぼくをビリビリと押しつけてくる。
 また、戦うしかないのか――。ぼくはついに決心し、ようやくドグラスと同じ赤に瞳を染め始めた。
 戦闘態勢へ入るぼくに、ドグラスが顔を顰める。ドグラスはあれ以上能力を使ったら、本当に死んでしまうのだろうか?
 だとしたら、少しでも助かる可能性があるのなら、ぼくは能力を使わずに行くべきだろうか。
 ……もしヴォルトが居たら、こんな考え、甘えていると怒鳴られただろうな。
 ぼくは苦笑いし、胸の辺りをさすった。
 大丈夫、ぼくは一人じゃない。――そう思ったら、急に体が軽くなった。
 ドグラスが、ぼくを睨みつけて唸る。
「もう少し時間があれば……お前など一瞬でチリにしてやったというのに」
「あいにく、ぼくはチリになっても、君の周りにまとわりつくと思うよ」
 ぼくはヴォルトのような生意気を言って、そして足を踏み出した。
 さっきとはまるで違うスピードで、すぐにドグラスの間合いに踏み込み、そしてドグラスの左胸に集中させた念力を打ち込んだ。
 ドッと衝撃音がし、ドグラスが体を引く。それと共に、また大量の血が吐き出された。
 それには、ぼくも思わず体を引く。すると、ドグラスの口元がにやりと持ち上がり、ぼくの腕を掴んで力いっぱい振り投げた。
 体が宙を飛ぶ。ガシャン! と大きな音をたて、気づけばぼくは、窓枠ごと公司館の外へ投げ出されていた。
 自分がスローモーションで動いていたと思えば、急に、猛スピードの落下が始まる。
 ぼくが慌てて下を見ると、そこには公司館前に集まった人だかりが見えた。
 まずい、このまま落ちるわけにはいかない!
 ぼくはとっさに公司館の壁に水を打ちつけ、そしてそれを素早く凍らせた。
 しっかりと公司館へ刺さるようにくっついた氷柱は、ぼくの腕へつながり、ぼくを支えている。
 一緒に投げ出された窓枠が落ち、下でばらばらに砕けた。
 間一髪。もしぼくなんかが落ちたら、何人も巻き込んで大穴を明けるところだった。
「甘いぞ」
 しかし、ドグラスのその笑みを含んだ唸り声と共に、公司館へ突き刺さった氷柱にひびが入った。
 パキン、と軽い音をたて、氷が折れる。ぼくはまるで振り子のように公司館へ振り飛ばされ、とっさに一室の窓格子へ捕まった。
 重たいぼくの体重に耐え、さびた格子がギシ、と音をたてる。
 頭上から、しぶとい奴だとでも言いたげな舌打ちが聞こえ、そして急に両足が重くなった。
 ドグラスが下へ移動したんだ。ずっしりと、地上へ引き寄せられる――まるでシオンのようだ。
 下を見れば、集まった人だかりの中心で、化け物がぼくを睨み上げている。
 もし、このまま落ちたら、ドグラスはためらいなくぼくを貫くだろう。ゼルダのように、胸に大穴を開けて……。
 もしそんなことになってしまったら――ぼくは死ぬか、または勝手な自己防衛に体を任せることになる。
 どっちにしろ、絶対に嫌だ。ぼくは引き寄せられる両足を軽く揺らし、少しでもドグラスから逃れようと、格子に力を入れた。
 しかし、ついにさびた格子はぼくの重さに耐えられなかった。緩んだねじが飛び、窓枠から格子が外れた。
 落ちる!



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