122「……戦いたくない」
それでも、ぼくはそう呟いた。
すると、ゼルダは軽く鼻で笑い、胸の前で腕を組んだ。
「ここから出て行って、君はもっと弱くなったね。前より臆病で、弱虫だ」
ゼルダが顔を顰め、ぼくと同じ声で罵る。
ぼくはまぶたを伏せ、軽くこぶしを握った。
「……それでもいい。弱虫でも、臆病でも……ぼくは、もう何も壊したくないんだ」
そして目の前の自分に、弱々しく訴えた。
女々しくったっていい。情けなくったっていい。
もう、破壊は生みたくない。
前のような情けない表情のぼくに、ゼルダがため息を零した。
ため息をつく時、眉が少し下がる。そんな癖まで、嫌になるぐらい、ぼくとそっくりだ。
「逃げるなんて、許さないよ」
ゼルダがきっぱりとそう言い、再びぼくを睨みつけた。
ゼルダが体勢を低くする。来る――
嫌だって、言ってるのに!
ゼルダが目の前から消えた瞬間、強い念力がぼくを突き飛ばした。
とっさに顔を腕で覆ったが、それでも衝撃は防げなかった。
ぼくは軽く宙を飛び、よろめきながら着地する。
広い部屋の中で、壁に背中が当たった。
すかさずゼルダがぼくの首を掴み、壁に打ちつける。
「抵抗しないのなら、そのままお前を壊す。そして、下に居る仲間も、全員殺してやる」
ゼルダが瞳を赤く染め、唸るようにそう言った。
その言葉に、ぼくははっと目を見開く。そうだ――皆が、まだがんばっているのに!
「そんなこと、絶対にさせない!」
ぼくはゼルダを突き飛ばし、そしてようやく戦闘体勢に入った。
徐々に、目の前が赤く染まっていく。それを見て、ゼルダが少し笑った気がした。
ゼルダが両手を軽く広げる。その仕草には、覚えがあった。
案の定、ドン! という爆発音と共に、水しぶきが上がった。
建物の中に雨が降る。ぼくは雨の中へ目を凝らし、ゼルダの動きを確かめる。
ぼくなら、真正面から仕掛けたりしない――こっちか!
振り向くと、やっぱりゼルダが居た。そしてその右手には、いつかと同じ氷塊の剣が作られている。
ゼルダが右腕を振りかざした。ぼくはとっさに両手を突き出し、手のひらへ氷の盾を作って防いだ。
しかしもとは同じものだったぼくたちだ。氷の武器はどちらも相打ちとなり、パキンと割れ落ちる。
ゼルダが軽く舌を鳴らした。そしてぼくから距離を取り、ぼくと同時に再び右手に氷剣を作り出す。
ゼルダがさっき爆発に使った水分が、水たまりになってぼくらの足元に染みてきた。
ゼルダが右半身を軽く引く。同時に、ぼくも同じことをした。
ぼくは右足で床を蹴り、ゼルダに向かって飛び出した。
しかしそれも同時だったようだ。振った氷剣は互いにぶつかり、キンと高い音を立てる。
「まったく、本当に、嫌になるぐらい」
ゼルダが笑みを浮かべながら顔を顰め、歯を食いしばって言う。
「ああ、似てるね」
ぼくも苦笑いを返し、そしてゼルダを押し返した。
ゼルダが少しよろめく。ぼくはすぐに右手の氷塊を溶かし、そしてその水滴をまるで弾丸のように指先から放った。
これは不意打ちだろう。そう思ったが、ゼルダは一発肩に受けただけで、他はかわした。
代わりに壁に穴が開いたって、何の得もない。ゼルダは肩を押さえ、そして間もなくぼくを蹴りつけてきた。
やっぱり、一発当たっただけでは動きは封じられないか。ぼくはその蹴りをかわしつつ、次の攻撃を考える。
しかし次は、ゼルダのほうが考え付くのが早かった。
体を屈めたぼくの背へ、手のひらに集中させた念力が打ち込まれた。
「うぁっ……!」
バキン、とまた背骨が音をたてる。今度こそは、体中に激痛が走った。
つま先に痺れを感じ、ぼくは思わず床にひざを着く。
「このまま折ったら、動けなくなるな」
ゼルダが鼻で笑い、さらに念力をぼくに押しつける。
「くそっ……!」
ぼくは力を振り絞り、右手を思いっきり後ろへ振った。
瞬時に作り出した氷剣が、ゼルダのわき腹へ命中する。ゼルダの手がぼくの背から離れた。
ぼくはそのすきに素早く立ち上がり、ゼルダへ切っ先を向ける。
しかしその時、ゼルダの背後にお父様とティーマの姿を見つけ、ぼくははっと目を見開いた。
だめだ――……壊したくない!
「臆病者!」
動きを止めたぼくを、ゼルダが罵った。
そして今度はゼルダがぼくに剣の切っ先を向け、ぼくの首を掴む。
「どうして君はいつもそうなんだ……! いい加減、見ていていらいらする!」
その言葉と共に、ぼくの目の先で鋭い氷が光る。
ぼくはぎゅっと目をつむり、そして再びゼルダの氷剣を押し退けた。
すぐに、ゼルダが剣を構えた。ぼくはとっさに避けたが、横を通った剣の切っ先はぼくの頬を切った。
共に切られた髪が、少し床に落ちる。ぼくは少し身を屈め、ゼルダの隙を見た。
壊れない程度に、動きを止めればいい。そのためには――狙うのは、腕だ!
ゼルダが再び攻撃を仕掛ける前に、ぼくが右腕を突き出した。
ゼルダの右肩に命中し、そして動きを封じる――はず、だった。
「――ゼルダ……」
ぼくの右腕は、真っ直ぐにゼルダの胸の中心を貫いていた。
ゴホン、とゼルダが咳をした。そしてヴォルトと同じ不気味な色の液体が、ゼルダの口から零れていく。
ゼルダが痛みに顔を顰め、そして強く歯を食いしばる。
「ほうら……だから言っただろ。君は弱虫で臆病だから、ぼくを完全に壊す急所を突くことはできない。ならばぼくのほうが……急所に当たるよう、体を動かせばいいだけのことさ」
ゼルダが体を貫いたぼくの右腕を押さえながら、擦れ声でそう言った。腕が、抜けない。
何で……どうして……――!
「嫌だ……放して! もう、ぼくは……――!」
ぼくは必死にゼルダから腕を引き抜こうとした。腕を包んでいた氷塊が溶けた今、腕の周りでゼルダが漏電しているのがわかる。
苦しそうに顔を歪ませるゼルダが、一瞬、ヴォルトと重なった。
嘘だ、嫌だ! もう、壊したくなんかないのに――!
「……これでまた、君は進める。喜びなよ、君、また、ぼくに……勝ったんだ」
ゼルダの瞳が、赤から、緑へ変わる。そして徐々に、その緑色さえ消えていく。
ぼくの腕を押さえていたゼルダの手が、ゆっくりと持ち上がり、そしてぼくの頬へ触れた。
「わかったろう……犠牲のない世界なんて――あるわけないんだ。アラン……」
ゼルダが、ぼくを見下ろして、呟く。
ぼんやりとした緑色が、薄く点滅する。徐々に、徐々に、ゆっくりと――
瞳が光を、失ってしまった。
next|
prev