009「ぼ……ぼくは……」
ぼくの目の前が、急に真っ白になった。
右腕が、小さく震えている。
大げんかのすえの水滴が、腕を伝い、中指から地面へ落ちた。
音もなく地面に染み込む水滴を見つめながら、ぎゅっと震える手を握る。
ぼくは、見開いた目を閉じることができなくなっていた。
「ぼくは……」
返す言葉が見つからない。
必死で言葉を探すあまり、体全体が震えてくる。
お父様が、すべて正しいと思っていた。
ぼくはただ、その命令に、従うだけでいいと思っていた。
だって、そのためにぼくらは造られたのだから。
ぼくは、間違っていたのだろうか。
考えてもみなかった。
ぼくたちが、“消した”人たちにも、家族や、兄弟、友人や、恋人が居ることを。
そうだ。
悲しむ、
人たちが、
いることを。
どうして気づかなかったんだ。
どうして考えもしなかったんだ。
どうして、
どうして、
どうして……。
ぼくはぎゅっと目をつむり、顔を伏せた。
自分がしてしまったことが、もの凄く怖くなった。
今までの全てが、ぼくに圧しかかってくる。
泣き叫ぶ声、
命がけで家族を守ろうとする攻撃、
すべての命の重みが、
重い、
重いよ……
重たすぎる。
「許さない」
「復讐してやる」
押しつぶされそうだ……――
「ごめんなさい……」
小さく呟いた精一杯の謝罪の言葉は、目の前で目を細めるヴォルトにも、聞こえていなかった。
ぼくの震えるひざが耐え切れず、その場に座り込もうとした、その時。
『戻っておいで、アラン、ヴォルト』
頭に直接響くような、優しい声がした。
そのとたん、ぼくたちの体が、ふわりと宙に浮いた。
そしてそのまま、公司館へ引き戻されていった。
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