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 怒りのあまり、瞬きさえ忘れていた。
 睨みつけた公司館の一室から目を離せない。暗いカーテンに隠されたあの窓の向こうで、あの人が高笑いしているのが聞こえてきそうだ。
 ぼくはこぶしを握った。ぎゅっと握りすぎて、爪が深く食い込む。
 爆発音に起こされ、ざわめく地下住民の声が背後から聞こえてくる。
 ざわめきの止まない中、ぼくはゆっくりと右足を上げ、そして踏み出した。
 踏み出せば早い。公司館の正面扉に手をつき、ぼくはまたその扉を押し開ける。
「アラン!!」
 その時、ぼくの背後から、大声がぼくを呼び止めた。
 その声に、ぼくはどきっとした。セイだ。
「セイ……」
 振り返るか、振り返らないか――ぼくは迷った。
 きっと、このままみんなを巻き込まずにぼくは行くべきだ。一人で戦って、死ぬのなら一人で死ぬ。
 しかし、答えが出るその前に、セイがぼくの腕を引っ張って振り向かせた。
 追ってきたのは、セイだけではなかった。メリサ、アンドリュー、フランさんに、ランスさん――もちろん、顔なじみの他のアンダーグラウンドの住民たちも、大勢だ。
「何があったんだよ! またアンダーグラウンドが揺れたんだぜ。地震みたいに……それで、来てみれば、何だよ……あれ」
 セイが目を見開いたまま、どこか怯えた表情で広がる煙を見つめた。
 いっこうに消える気配のない煙。今ではまるで雨雲のように、曇り空と一体化を始めている。
 ぼくは何も答えられないまま、ただ顔をうつむかせた。
 すると、ざわつく人々の中から、メリサがセイそっくりの不安げな表情で進み出てきた。
 その隣には、ティーマと、付き添ってきたヒロノブさんが居る。ティーマも口をへの字にした、同じような表情だった。
「この子がおかしなこと言うの……ヴォ、ヴォルト君が……壊れちゃったって」
 メリサが唇を押さえながら、ぼくに囁くようにそう言った。
 その言葉に、ぼくの頭がズキンと痛む。
「……ヴォルトは死んだよ」
 ぼくは少しだけ唇を動かし、呟くように答えた。
 その言葉に、メリサがはっとして煙の上がるほうを向く。セイはもっと目を見開き、ぼくの腕を強く握った。
 ぼくは少し身を屈ませ、ティーマと目線を合わせる。
「テイルは壊れてしまったよ、ティーマ」
 苦笑いさえできないぼくの口から、擦れた小さな声が漏れた。
 ティーマは不安げに眉を八の字にして、首を傾げる。
「どう、して?」
「お父様がテイルに危険な仕事をさせたんだ。ドグラスが来て、ぼくを壊そうとした――テイルとヴォルトは、ぼくを守って……死んじゃったんだよ」
 ぼくが答えると、ティーマはぐっと眉を寄せ、首を横に振った。
 いやだ。泣きそうになりながら、そう否定するティーマを、ぼくは思わず抱きしめる。
 ティーマが力なく肩を落としたまま、ぼくの肩に顔を埋めた。
「どこに、いったの? ティーマ、さび、しい」
「そうだね……ぼくも、寂しいよ……」
 そう言葉にした途端、急に、また悲しみがぼくを襲ってきた。
 嘘だと思っていたかった。ヴォルトもテイルも、きっとまたひょっこりぼくの目の前に現れて、笑顔で手を振ってくれるんじゃないかって。
 そう思っていたかった。でも、ティーマが二人の死を認識したことで、その希望は砕かれた。
 もう、二人は居ない。ぼくの認識ミスなんかじゃない。本当に、二人はこの世界から居なくなってしまった――。
「泣くな!!」
 突然、セイが叫んだ。
 耳元に響いた怒鳴り声に、ぼくは顔を上げる。すると、セイがぎゅっと握ったこぶしをぼくの額に押し当てた。
「まだ泣いちゃいけない。まだ終わってないんだ!! オレだって、あいつのこと、結構気に入ってたんだぞ……!」
 眉を吊り上げてそう言いながら、セイは青い瞳からぼろぼろと涙を零した。
 それに負けないぐらい、顔を覆った手の向こうで、きっとメリサも泣いている。
 そう言いながらも、自分では止められない涙に、セイはぎゅっと唇を噛んだ。
 そして、腕で強く顔を拭う。
「泣くなよ」
 搾り出すようにそう言ったセイと同時に、アンドリューの手がぼくの肩を叩いた。
 アンドリューも同じく、心配そうな顔をしている。そうか、ぼくには――こんなに心配してくれる仲間が、まだこんなに居たんだ。
「……大丈夫、ぼくは泣かないよ」
 ぼくはセイの水色頭を撫で、微笑んでそう言った。
 ぼくの中に、何かがこみ上げてくる。悲しみではなく、進まなきゃ。そう思わせる、ありがたい何かが。
「そう、まだ終わってないんだ」
 ぼくは体を起こし、再び正面扉と向き合った。
 ガラス張りの向こう側のロビーには、まだ公司たちは居ない。行くなら、今だ。
「待って。行くなら、私たちも行くわ」
 扉に手をかけたぼくを、フランさんが呼び止めた。
 フランさんのために、人々が道をあける。フランさんはまっすぐにぼくに向かってくると、まるでヴォルトのようにいたずらっぽく微笑んだ。
「計画が少しずれちゃっただけよ。殴り込みの内容は同じ。そうでしょ? リーダー」
「殴り込みね……まあ、いいんじゃない」
 ぼくの隣で、アンドリューが苦笑いをする。
 そしてぼくのほうへ向き直り、再びぼくの肩を叩いた。
「君が行くなら、僕らも行く。止めたって無駄さ。頑固な仲間たちだからね」
 アンドリューのその言葉に、何人もが「そうだ」と頷いた。
 きっと――今ぼくが頷けば、みんなは迷うことなくついてきてくれる。
 だけど、本当にそうするべきだろうか……?
「で……でも……」
 その時、顔をうつむかせ、迷うぼくに、アンドリューがそっと囁きかけた。
「仲間を一人で行かせたりしたら、キヨハルさんに怒られる」
 その言葉に、ぼくは顔を上げる。苦笑いして肩をすくめるアンドリューに、ぼくも思わず、引きつった顔がほころんだ。
「……うん」
「OK、じゃあ、もう文句はなしだ。さあ、世界を変えに、殴り込みと行こう。間違っても、当たって砕けたりするなよ。キヨハルさんに怒られる」
「わかってるわよ。行くなら、早く行きなさい!」
 大勢のくすくす笑いと、フランさんに押されながら、ぼくは公司館の扉を押した。



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