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「なん……ッ」
 ヴォルトが、目を大きく見開いた。
 いつものように、バカじゃねぇの、の顔が、歪む。
「何バカなこと言ってんだ! お前、もうあそこには戻らないって誓ったんだろ!」
 ヴォルトがぼくの胸ぐらを掴み、噛みつくようにそう言った。
 ぼくはただ目を伏せたまま、何の反論もできない。
 ただ、これだけは譲れない。誓いをやぶったって、約束をやぶったって、ぼくは公司館へ行く。
 ぼくのその決意を、ヴォルトも感じ取ってくれたのだろうか。少し、服を握る力が緩んだ。
 アンドリューが、片手でそっとぼくとヴォルトを引き離す。
「本気で言ってるんだね」
 じっと見つめてくるアンドリューの青い目に向かって、ぼくは頷いた。
 目の前で跡形もなく消されてしまったシオンの姿が、思わず浮かんでくる。
 あの方を、どうか助けて――シオンはそう言って、ぼくらの目の前で壊された。
 お父様を許すために行くんじゃない。仲間の遺言を守るわけでもない。
 ぼくは不良でいい。出来損ないでもいい。ただ、ぼくは知りたい。
「知りたいんだ。お父様の、本当の気持ちを」
 ぼくを見上げたままのヴォルトに、ぼくは、はっきりとそう言った。
 見開かれたヴォルトの目が、ゆっくりと伏せられる。
「……それでいいんだな」
 ――いつかと同じ言葉が、ぽつりと呟かれた。


 誰も、ぼくを止めることはなかった。
 ただ黙ったまま、歩き出したぼくを見守ってくれた。

 ぼくは、今――確かに、公司館の前に居る。
 相変わらず、地下世界で一番の威厳を保ち、その大きな屋敷は、ぼくの目の前に立ちはだかっていた。
 久々に見上げた作り物の空には、あの記憶と似た、曇った色の雲ばかり。
 もうここへは戻ってこないと誓ったあの日から、あまり日が経っていないような気がする。
 だけど、ぼくの中の時は、確実に動いていた。
 ぼくは変わった。公司館を出て、アンダーグラウンドへ行き、本当の仲間と出会い、そして本当の強さと優しさを知った。
 守るべきもの、命に代えても守りたいものが、ぼくにもできた。
 それは、なんて心強いんだろう。弱虫で情けなかったぼくは、今のぼくの中に、ひとかけらもないような気さえする。
 ぼくはすっと息を吸い込み、そして歩き出した。
 いつかは赤い手で押したあの正面扉。今は、たくさんの勇気に押され、“アラン”であるぼくが開く。
 キィ、と、軋む音がした。
「おかえりなさい」
 それと共に、懐かしい落ち着いた声が、ぼくを迎えた。
 やわらかい笑顔をぼくに向け、スプリング・グリーンの綺麗な髪を、ゆったりと揺らす。
「……テイル」
 広いロビーに、たった一人だけ立つテイルを呼ぶと、テイルはにっこりと微笑み返した。
 おかえりなさい。その言葉に、ぼくは少し顔を顰める。
「テイル、ぼくは……」
「わかっていますわ。帰ってきたわけでは、ないのでしょう?」
 テイルが薄手のショールを揺らし、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ティーマさんは、お元気ですの?」
「あぁ……うん。今日、来たよ」
 なんだか自然に接してくれるテイルに、ぼくは少し罪悪感を覚え、思わずうつむきかけた。
 テイルがぼくの腕に触れ、そっと背伸びをする。
「外へ出ましょう。公司さんたちが、来てしまいますわ」
 囁かれた言葉に、ぼくははっと顔を上げた。
 シンと静まったロビー。そうだ、いつもは公司がたくさん居るはずなのに、見張りの一人もいないなんて。
 嫌な予感がする。ぼくはテイルに手を引かれるままに、再び公司館を出た。
 公司館から十分に距離を取り、取り囲むようにして地下の街が広がっている。ぼくはもう一度、その大きな館を見上げた。
 お父様の部屋は、あそこだ――
「少し、顔つきが変わりましたわ」
 テイルがそう言いながら、そっとぼくの頬に触れた。
 その声に、ぼくは目線を戻す。なんだか、テイルがとても華奢に見えた。
「そうかな?」
「えぇ。何だか、たくましくなりましたわ」
 テイルがにっこりと微笑み、そして手を下ろす。
 ぼくは肩をすくめ、そうかな、と苦笑いを返した。
 すると、テイルがふと、目線を落とした。
「……言わないんですのね。前のように、ロボットは成長しないよ、って」
 どこか寂しげにも聞えたその言葉に、ぼくはぎゅっと手を握った。
 ロボットは成長しない――そうだな。いつかは、そう思っていたこともあったっけ。
「ぼくは変わったよ」
 テイルを見下ろし、ぼくはきっぱりと言った。
 テイルが顔を上げる。その表情は少し不安げに見え、でも、口元は微笑んでいた。
「そうですわね……――」
 ――その時、ぼくとテイルの間に、突然人の腕が突き出してきた。
「なっ……!」
 ぼくが声をあげる前に、その腕がぼくの首を掴む。
 突然とてつもない怪力に首を締められ、そしてぼくは投げ飛ばされた。
 風が耳に飛び込み、手足が千切れんばかりの衝撃に思わず顔を顰める。ぼくはなんとか足を着き、着地の衝撃で、少し地面が削れた。
 その衝撃を思わせる、濃い砂煙が辺りにたちこめる。
 その中で、テイルが悲鳴のようにぼくを呼んでいた。
「テイル、何をしている」
 その次に聞えてきた声に、ぼくは、思わず動きを止めた。
 圧倒的な威圧感、一瞬でわかる力の差が――ぼくの体を、小刻みに震わせていく。
 砂煙が落ち着いてくる。いやだ、晴れないで――あいつの姿を見たら、ぼくの力がなくなってしまう。
 逃げ出したい。しかしその思いとは裏腹に、ぼくの足は固まったまま、ただ砂煙に浮かぶふたつの影を見つめる。


 半身の竜。腰から上の、人の体。
 GX.No,1、ドグラス――そいつの赤い瞳は、真っ直ぐにぼくを睨んでいた。



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