007
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「お前は何もわかってないんだ! 優等生のいい子ちゃんには、どうせわかんねぇんだよ!!」
 怒鳴るヴォルトの両手から、わっと炎が上がった。
 ぼくを睨みつけるヴォルトの目が、みるみるうちに真っ赤に染まる。
 突然の出火に人々がざわめき、側の反物屋のおばさんが、悲鳴をあげて売り物のじゅうたんをかぶった。
 逆に好奇心旺盛な人間たちが、ぼくらの周りに集まってくる。
 しかしその時ぼくには、目の前のヴォルトをぼこぼこにすることぐらいしか頭になかった。ぼくもむっと顔を顰め、その火を消してやろうと強く念じた。
 徐々に目の前のすべてのものが赤く染まり、ぼくの中からふつふつと何かが湧き出てくる。
 すると、空気中にある水分が音もなく集合し、ヴォルトの頭上に大きな水の塊が現れた。
 落ちろ!
 ぼくが命じたら、プールのような水塊はヴォルトを直撃した。
「頭を冷せ!」
 ぼくはヴォルトに向かって、大声を出した。
「余計なことをしなければ、ヴォルトは傷つくこともないじゃないか! ヴォルトが反抗しなければ、ぼくらの監視だって、こんなに厳しくなることはないんだ!!」
 ぼくは一気に言い放った。ついに言った。言ってやった。ぼくの不満を。
「なんだと……?」
 全身がびしょびしょになりながら、ヴォルトがぼくを睨んできた。
 血のような真っ赤な目に、ぼくは思わず怯む。しかし、ぼくも負けじと目を細めたら、ヴォルトの体が炎に包まれた。
 突然の人体発火に、物好きな見物人たちが、悲鳴をあげて逃げ出していく。
「お前にはわからねぇよ!」
 轟く怒鳴り声と同時に、ぼくを炎の玉が襲ってきた。
「わからないよ!」
 ぼくはそれを避けて、負けじと大声を出す。
「わかろうともしないくせに!」
 また火の玉が飛んでくる。
「だって、ヴォルトが教えてくれないじゃないか!」
 ぼくはヴォルトに指先を向け、水鉄砲のように水を打ちつけてやった。
「冷てぇな!!」
「水だからね!」
 ぼくたちは散々撃ちつけ合った後、いったん互いに動きを止め、荒くなった息をととのえた。
 お互い、ひどい格好だ。ヴォルトはびしょ濡れだし、ぼくの服にもこげ跡がついてしまっている。
 周りに居た見物人は、あまりの危険さに、いつの間にかどこかへ逃げていってしまっていた。
「ヴォルトは、自分勝手すぎる」
 しん、と静まり返った大通りに、ぼくの声が響く。
「お前たちは、わからねぇよ」
 それでもヴォルトは息を落ち着かせながら、反論してくる。
「何がわからないって言うんだよ」
「オヤジがすべてのおまえたちには、わからねぇって言ってんだよ」
「だから、なにがだよ!」
 ぼくはやけになって叫び、水浸しの地面を踏みつけた。
「何がわかってないのか、それがわからないんだから! ヴォルトには、何かわかったことがあるって言いたいのか?」
「あぁ、そうさ」
 ヴォルトはフンと鼻を鳴らし、濡れた地べたに腰を下ろした。
「俺には、わかる。……わかってしまったんだ」
 ヴォルトの声が、辺りに響く。
 ぼくは荒い息を抑え、頭を冷静にしようとしながら、ようやく首を傾げた。
 伝わっていない様子のぼくに、ヴォルトは眉間にしわを寄せ、いらいらと指で地面を突く。
「お前、もしも俺が誰かに壊されたら、どうする?」
 突然の、ヴォルトからの質問。
「え?」
「俺じゃなくてもいい。ティーマや、テイル、マーシアが、誰かに、壊されたとしたら」
 ヴォルトの表情が曇ると同時に、ぼくを妙な不安が襲った。
 みんなが、誰かに壊されたとしたら……?
 ヴォルトやティーマ、テイルにマーシアも。
 みんな……?
 ゾクッとした。
 想像しただけで、嫌だ。だって、みんなが……いなくなるなんて。
「……いやだ。そんなの」
 ぼくは首を横に振り、答える。
「そうだろう」
 ヴォルトが頷いた。
「違うというほど、わからねぇ奴だとは思っていなかったぜ」
 ヴォルトはそう言って、ぼくに苦笑いした。
 その笑顔で、ようやく場の雰囲気が少し緩んだ。ぼくも、「まぁね」と苦笑いを返す。
「じゃあ、もしもそうなったら、お前、どうする?」
 しかしヴォルトは笑みを消し、また質問してきた。
 緑に戻ったぼくの目を、真っ直ぐに見つめて。
 もしも、みんなが壊されたら――ぼくは、すぐに答えを出した。
「きっと、許さない。復讐に行ってやる」
「あぁ、だろうな。俺だってそうだ」
 ヴォルトはぎゅっとこぶしを握って、地面を叩きつけた。
 響く重低音に、地面が揺れた気がした。ぼくは思わずビクッとし、一歩引き下がる。
 ヴォルトは打ちつけた手で今度は顔を覆い、手のひらの中でくもった声をあげた。
「お前、それを自分でやっていることに、気づかないのか?」

 ……え……?

 ぼくの体に、ピリピリと何かがが走ったような気がした。



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