第一章 紅茶伯爵と家出少年
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 ――この街に最後の雪が降ったのは、もう三年も前のことだ。
 数年前の初冬には、薄く積もった雪で、少し歳の離れた姉と二人、小さな泥臭い雪ダルマを作ったことを思い出す。
 だけどもう、この街に雪は降らない。三年前の冬から、この国から冬が消えてしまった。
 もう十二月だというのに、街には相変わらずセピア色の秋が留まっている。
 夏には青々と茂った街路樹も、今はすっかり枯葉ばかりになり、これが落ちれば雪が降るというのに、まだどの葉も頑なに枝にしがみついている。
 こいつさえ、落ちれば。おれは息を切らせながら睨みつけていたその葉を、思い切り引きちぎってやった。
 ブチン、と音をたて、それは本体から抜け落ちる。しかし、その口は未だ青く、瑞々しい水滴がすぐに浮かんできた。
 まるで、人間の血液みたいだ。枯葉のくせに。人間でいうと、ただのじじいやばばあだろうに。
 必死に若さを保とうとしているそれが、今のおれをどうしようもなく最悪な気分にさせる。
「何なんだ」
 少年は悔しそうにそう呟き、そしてまた、駆け出した。




第一章 紅茶伯爵と家出少年

 ――あぁ、世界って、こんなもんなんだ。
 こうやってあてもなく走り回っていると、もう何もかもがどうでも良くなってくる。
 頬を撫でる風は擦り傷をつつき、体が前に進むたびに強く蹴られた膝が痛む。
 それでも少年は足を進めた。秋色の冬を見ないように、立ち止まって見つめないように。
 だから目をしっかりと開かない。だから人にぶつかる。何人かにぶつかり、謝れと怒鳴られたこともあった。
 こんなふうに膝小僧に擦り傷なんか作ったら、前は大騒ぎで大げさな手当てをされた。そして次の日に遊びに行こうと庭へ出ると、すぐに安静にしていないといけないと、家の中に引き戻された。
 姉さんは人間にはちゃんと自己治癒力があるから、傷なんて放っておいても治るのよ、なんて言っていたけれど。
 姉さん、嘘つくなよ。放っといたって血が出くるだけで、ちっとも治りやしない。痛いのは意識の問題だとか、おまじないで治るだの何だの言っていたけれど、どんなに気をそらそうとしても、やっぱりどこもかしこも痛いんだ。
 そうだ、姉さんは嘘つきなんだ――。自分が結婚して、家を継ぐって約束したくせに。


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