第五章 紅茶伯爵とサマー・ガーデン
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 紅茶が冷めるまでって――そう時間がないじゃないか。
 ダージリンは眉を寄せながらも、とりあえずニルと並んで“四季の扉”とやらと対峙していた。
 今その四季の庭のひとつ、“サマー・ガーデン”に居るから、ここで見える扉は三つ。目を凝らし、顔を近付けると、左から“スプリング・ガーデン”“オータム・ガーデン”“ウィンター・ガーデン”とそれぞれ扉に彫りこまれている。
 どうやらニルギリはこういった摩訶不思議な出来事が大好物らしく、大きな目をらんらんと輝かせ、その扉を食い入るように見つめていた。
「開けてみませんか? それぞれの季節にどんな問題があるのかもわかりませんし」
 ニルギリがスプリング・ガーデンの扉に鼻を押し付けるほど近寄りながら、くもった声でそう提案する。
 いかにも怪しい扉を開けるのはかなり抵抗がある。しかし、何もしなければあっという間に紅茶が冷めてしまうだろう。
「まぁ……うん、わかった」
 ダージリンはしぶしぶその提案を受け入れ、スプリング・ガーデンの扉を開けてみることにした。
 ドアノブに触れると、それはひやりと冷たい。ゆっくりと回し、春の扉を押し開けた。
 すると、とたんに冷たい空気が二人の足元に落ちてきた。夏の庭と相対し肌の凍るような気温に、二人はぶるっと身震いする。
 思い切って扉を押し開き、二人は中を覗き込んだ。春の庭――なのに、雪だらけだ。
 スプリング・ガーデン。想像では花畑が広がる優雅な春の光景を思っていた。しかしその面影もなく、一面真っ白な雪に覆われ、遠くに立ち並ぶ林の木々には葉などひとつもついていない。
 これは春というより、久しぶりの、冬だ。
「春が来ていないんですね……」
 横から覗き込んでいたニルが、白い息を吐いてそう呟いた。
 なるほど、雪どけがないから春が来ていない、というわけだ。それじゃあ、他の扉もこんな感じだろうか。
 ダージリンは春の扉を閉め、次に隣の秋の扉へ手をかけた。
 今度はためらうことなく押し開く。すると、現れたのは見慣れたセピア色の世界ではなく、青々と草木の茂る鮮やかな光景だった。
 空は秋らしく高くあるものの、太陽はさんさんと光を注ぎ、それに応えるように草木はのびのびと葉をのばしている。まるで夏だ。
「まぁ、きれい」 ニルギリがモノクルを直しながら、のんきにそう呟いた。
 しかしダージリンはその目前でバタンと扉を閉め、すぐに冬の扉に手をかける。
 そして押し開き、ダージリンは思わず、ため息をついた。あぁ――そっくりだな。


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