第三話 小さな依頼
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 やわらかい光が心地良い。
 日光が肌をくすぐり、風が草のにおいを巻き上げていく。
 ここのところ、ずっと家にこもって課題の練習をしていたから、久々の秘密基地での昼寝は最高に幸せだった。
 メイファにさんざん召還魔法の手本を要求し、やっとものにしたかと思いきや、ロビンが呼びだせたのは結局ちっぽけなミミズ一匹。
 変身魔法は得意だから、布の切れ端をネズミに変えてメイファに見せたこともあったが、あっさり召還物ではないとばれて、昼飯抜きのおしおきをくらった。
 その時二重丸をもらい損ねたばかりか、今日はマンドラゴラの魔法薬にいたずらをして、魔獣草を生やしたのがばれてしまった。
 だってあんなものが生まれてくるなんて……まいったなぁ……今日の夕飯は食べられるのかな……。

   *

 つかの間の昼寝からロビンを呼び覚ましたのは、ブーツに小さなものが体当たりする感覚だった。
 いつも昼寝からロビンを起こすのは、ミス・ロビンに頬を叩かれる痛みなのに。
 眠気の覚めない頭をふらつかせ、ロビンはゆっくりと体を前に倒した。
 ぼやける目線の先に、小さな白いかたまりが並んでいる。
「……やぁ」
 ロビンはかたまりたちにむかって、ぼんやりと微笑んで挨拶をした。
「ロビン」
「ロビン」
 白いかたまりはロビンの前で、競い合うようにピョンピョンと跳ねる。ロビンは目を擦り、しつこい眠気を追い払った。
 何度か瞬きして、ようやくはっきり見えた白いかたまりは、まだ小さな子ウサギだった。四匹が体を寄せ合い、そっくりの顔して横に並んでいる。
「マレットはどうしたの?」
 ロビンはもう一度切りかぶ椅子にもたれかかり、黒いほうの目を擦る。
 ロビンの発した母親の名前に、四匹は突然急かされるように次々と飛び跳ね始めた。
「ママが連れて行かれちゃった」
「ぼくらが遊んでいる間に」
「ママがどっかにいっちゃった」
「おっきな口のオバケと一緒に」
 ピョンピョン跳ねながら、四匹が口々に訴える。
 その発言に、ロビンは顔をしかめた。
「オバケ? マレットは誰に連れて行かれたの?」
 ロビンの問いかけに、四匹はピンクの鼻をヒクつかせ、互いに顔を見合わせる。
「吼えてた」
「吼えてた。怖かった」
「灰色でおっきな」
「オバケに」
「目がギラギラして」
「口に角があって」
「ママをくわえて」
「すぐに見えなくなっちゃった」
「ちょっと待って」
 次々と出てくる証言を、ロビンは手をあげて制した。
 とたんに子ウサギたちは口を閉ざし、不安げに鼻をヒクつかせる。
 ロビンはこめかみに指をあて、四匹の証言をもとに想像を膨らませた。
 子ウサギたちは知らないものは何を見ても「オバケ」と言うから、多分見たことのない森の生物なのだろう。
 大きくて、口に角があって、灰色で、吼えるもの……――。
 行き当たった正体に、ロビンはさっと青ざめた。
「オオカミだ!」
 ロビンは慌てて立ち上がり、切りかぶ椅子の端っこで寝ていたミス・ロビンを叩き起こした。
「起きてよミス・ロビン! マレットがオオカミにさらわれちゃった!」
 ロビンの声に驚き、ミス・ロビンが飛び立つ。
 そして、「何ですって!」とキーキー声をあげるやいなや、ミス・ロビンが慌ててロビンの周りを飛び始めた。
 ぐるりと魔の森の空き地を見回して、ミス・ロビンが戻ってくる。どうやらミス・ロビンの目にも母ウサギの姿は見えなかったらしい。
「ロビン」
「ロビン」
 ロビンの足元で、子ウサギが助けを求めて跳ねている。
 ロビンは半ばパニック状態になりながら、自分のローブのポケットに手を突っ込んだ。
 変身魔法の芯に使う小石と、折れたり欠けたりしたチョーク石が五個。武器になるようなものはない。
 それでも、小さな子ウサギの頃から育てたマレットを、見捨てるわけにはいかない。
「君たちはそこを動いちゃダメだよ、僕がマレットを連れ戻してくる。ここには僕の魔法でオオカミは入れないようになってるから……多分。いいね!」
 ロビンは子ウサギたちにそう言うなり、魔の森へ向かって駆け出した。
「ロビン!」
 しかしすぐにミス・ロビンが後を追い、ロビンの後頭部に突進する。
 大きなこうもりに激突され、ロビンはたまらずによろめいた。
「ダメよ! まずはメイファに相談しましょう。あなたが行ってもどうにもならないわ!」
「そんなことしていたらマレットが食べられちゃうよ!」
 ロビンはミス・ロビンの体をひっ掴み、必死に揺さぶった。
「マレットはどこ? ミス・ロビン。ミス・ロビンならわかるでしょ?」
 緑と黒のオッド・アイは珍しく真剣だった。焼けつくような視線に見つめられ、ミス・ロビンは渋々口を開く。
「そうね……多分、そのまま真っ直ぐよ。あの子たちじゃないウサギのにおいがする」
 ロビンは一度行動を始めたら止まらない。それはメイファとともにロビンを小さな頃から見守ってきたからこそわかりきっている。
 ロビンはミス・ロビンを投げるように空中へ返し、森へ向かって駆け出した。
 ミス・ロビンが並走しながら、心配そうにロビンを振り返る。
「待って、丸腰でオオカミに会いに行くなんて。ましてやここは魔の森よ。いつだって未知の生物でいっぱいなんだから」
 そう言われ、ロビンはじれったそうに小走りしながらローブのポケットに手を突っ込んだ。
 さっきと同じように、折れたり欠けたりしたチョーク石が五個。いくらポケットを叩いたって、武器なんて出てくるわけがない。
 ロビンはポケットの中からチョーク石とつるつるした小石を取り出し、その場で足を止めた。ミス・ロビンも一歩遅れて引き返す。
「武器ぐらい、僕にだって」
 ロビンは息を荒げながら、自分の手の甲に小石を乗せ、その周りに簡単な魔法陣を描いた。
 小さくなったチョーク石を捨て、意識を集中させて手の甲に置いた小石を片手で包み込む。ぱっと一瞬光を発したかと思うと、白い小石が一瞬でナイフに変わっていた。
「やるじゃない」
 さすが唯一の特技。ミス・ロビンが賞賛の声をあげ、くるっと宙返りをする。
「あんまり迫力ないけどね」
 ロビンはそう言って苦笑いし、小さなナイフをぎゅっと握りしめ、また森の奥へ進んでいった。


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