第十五話 おしおきとさよなら
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 ロビンは城の外へ出て、試しに魔法陣を書いていた小石を柵の外へ投げてみた。
 見事に魔法は破られていたようだった。小石は高く弧を描き、城の外へポトンと落ちる。
 壁や床はかなり壊してしまったものの、なんとか暗黒魔法を打ち破ったロビンを、ミス・ロビンは早速ヨランドに報告しに行こうと急かした。
 しかしロビンは首を横に振り、高くではためく黄色い国旗にニヤリと微笑む。
「今度は王様におしおきだよ、ミス・ロビン」
「おしおき? どうして?」
「だって僕の理想の王様像を最初の国でぶち壊されちゃった! 王様ってもっと国民のことを思ってて、ピンチの時は一緒に戦ったりするんだと思ってたのに」
 ロビンは顔を顰め、城の中心で光る二人の王のステンドグラスにフンと鼻を鳴らした。
 どうやら、さっきヨランドが言っていた、だらけて太った王様達が許せないらしい。
 ロビンらしいといえば、ロビンらしい。いつもだらけたりふざけたりしては、メイファにおしおきをくらっていたのは他でもないロビンだもの。
 ミス・ロビンはやれやれと承諾し、空のてっぺんに居る太陽から注がれる光を避け、ひんやりと冷たい城内へ飛び込んだ。
「わかったわ。でも、どうやっておしおきするの?」
「言っただろ、王様を運動させておいてって。ひどい仕打ちをしてくれたお礼に、僕が運動させてあげるよ」
 日陰に入り、ニヤリとたくらみ顔を浮かべるロビンに、ミス・ロビンは何だか不安を覚えた。

  *

 小さな魔法使いにすべてを任せたが、正直なところ、ヨランドはとても不安だった。
 実はこの十年間も、何人かの魔法使いがこの国を訪れ、我こそ呪いを解いてみせると挑戦を試みた。
 しかし、なぜかあの魔法に触れようとすると、一瞬にして体が焼けただれ、大けがを負ってしまうのだ。
 それがいっそう双子王のかんしゃくを煽り、ついには少しでも疑わしい者はすべて罰しろという、とんでもないふれまで出させてしまった。
 近頃では、ついに双子王を見限り、一族を連れて国を出て行く民も少なくはない。ただでさえ国と見栄を張るには小さな国なのに、このままでは国家存亡の危機も目に見えている。
 あの子の弟子だというから、任せてはみたものの――もし弟子の力でもどうにもできなければ、自分は小さな命を犠牲にしてしまうことになる。
 もう少し、二人の王が大人になってくれさえすれば――国民と力を合わせ、この魔法を解くことのできる魔法使いを探すことができていれば、きっと早くに城から開放されていただろうに。
 一つでは足りないため二つ並べた高価な椅子、つまりは四つの椅子を軋ませ、最低限に体を動かして本日五回目の食事をとる双子の王を見て、ヨランドは思わず小さなため息を零した。
 そんなヨランドに気づき、双子の家老の片割れ、ノランドが部屋の反対側からじろりと睨んでくる。
 弟は決して魔女や魔法使いを信じようとはしない。彼も自分と同じようにあの子を、十年前の若き魔女を、直に目にしてきたはずなのに。
 たったひとつの疑念で、なぜ全ての魔法使いを悪と思えるのか――ヨランドには双子の王と弟の気持ちがわからず、独り静かに首を振った。
 その時、目の前で山ほどの食事を運んでいたメイドたちが、突然大きく悲鳴をあげた。
 甲高い声に驚いて顔を上げると、なんと大皿に乗せた丸焼きの豚が立ち上がり、まるで生きているように鼻を鳴らしたではないか。
 それだけではない。連なって運ばれていた皿の上の食材たちが、次々に飛び起きては、まるで生きているかのように動き出す。
 あまりに不気味な現象に、メイドたちはついに皿を放り投げ、部屋から駆け出していってしまった。
「「これは、な、な、何事だ!」」
 パンパンに膨らんだ体を仰け反らせ、双子の王が同時に叫んだ。
 突然の事態に、弟のノランドはヨランドそっくりの顔をひきつらせ、なす術もなく香草をまとった焼き豚に追い回されている。
 双子の王はひとりでに飛んできたグリーンピースを山ほど撃ち付けられ、立派な赤マントで必死に顔を隠した。
 その時、空飛ぶ焼き魚を追って部屋を見回したヨランドの背後で、トントンと窓を叩く音がした。
 振り返れば、そこにはやはりあの魔法使いの少年が居た。しかしミルクティー色だったローブは黒く染まり、ほうきではなく背中に生えたコウモリのような翼で、悠々と空を飛んでいる。
 もしもロビンが魔法使いだと知らなければ、それは人の子に化けた悪魔のように見えるだろう。
 少なくとも、ヨランドを除く三人には、ロビンが本物の小悪魔見えたようだった。双子の王が引きつった悲鳴をあげ、この時久々に椅子から飛び降りた。
 ロビンはオスカーを化けさせた大鎌で双子の王を指し、怒ったメイファそっくりに精一杯眉をつり上げる。
「やい、そこの焼き豚王! 今からこの城は、僕がもらっちゃうからな!」
 ロビンは大声でそう言い、大きく鎌を振り上げた。
 魂をもぎ取られるとでも思ったのか、双子の王は手と手を取り合い、短い足でドスドスと床を踏み鳴らす。
 ヒィヒィと息を切らせながら少しずつ移動しているのを見ると、どうやらあれでも走っているようだ。
 ロビンは大きなガラス窓の手前でピタリと鎌を止め、間抜けな双子王の姿にニヤッと笑みを浮かべる。
「やったね、大成功!」
「重いわ! 落ちちゃう!」
 ロビンの背中にくっついた翼が、甲高い声をあげる。
「待って、まだまだおしおきが甘いよ、ミス・ロビン」
 ロビンはそう言って、今度は城の出口へ向かって飛んでいった。

  *

 突然目の前に悪魔が現れ、城を乗っ取ると言い出した。
 それだけでも十年退屈していた双子の王には刺激が強すぎたというのに、逃げ出した城の中が、今度は大地震が起きたようにグラグラと揺れだした。
 熟れすぎたトマトのような顔を引きつらせ、双子の王は城の廊下という廊下を転げまわる。
 ようやく突き当りに引っかかったと思いきや、また反対側へ城が傾く。そのたびに球のように丸い体はなす術もなく背の高い花瓶と共にころころと城中を転げ回り、まるで悪魔の手のひらで遊ばれているようで、双子の王は恐怖のあまり家臣を呼ぶ悲鳴さえあげられなかった。
「はははっ! あんまりだらけてると、こうして悪魔に居場所を取られちゃうんだぞ」
 その時、楽しそうな笑い声と共に、転げ回る王のもとへあの小悪魔が飛んできた。
 双子の王はきつい傾斜のままの城のせいで角に追い詰められ、ただ手と手を取り合ってヒィヒィと呼吸を荒げる。
 すると、小悪魔は大人の身長ほどもある鎌を一振りし、ピタリと城の揺れを止めた。
 ようやく開放されるのかと、恐る恐る顔を上げた双子王の目の前へ、小悪魔は大鎌を突きつける。
 キラリと光った鋭い切っ先に、双子の王は再び引きつった悲鳴をあげた。
「さぁ選べ。僕にこの城を明け渡すか、僕を倒して城を守るか」
 小悪魔は健康そうな子供の頬に邪悪な笑みを浮かべ、色の違う両の目を細める。
「助けを呼んだってダメだ。執事さんも来ないぞ。お前たちには、もう信用してくれる家臣なんて居ないんだからな」
 まるで双子の王の考えを読んだかのように、小悪魔が双子王を追い詰める。
 フェントニ王はファンティニ王を、ファンティニ王は意地悪な小悪魔を見つめ、真っ赤な顔に滝のような汗を流す。
 なかなか答えを出さない王に、小悪魔は不機嫌そうに唇を尖らせた。そしてファンティニ王のぶあついあごの脂肪へ、鎌の背をチョイと押し付ける。
「し、城は、渡せない!」
 ヒヤリとした感覚に、ファンティニ王がついに引きつった声をあげた。
 悲鳴に擦れたその声は、一度では聞き取れないほど小さかった。
「何?」
「し、城は、渡さない! この城は、父上様から受け継いだ、大切な、し、城だ!」
 再びファンティニ王が叫んだ。
 その言葉に、小悪魔はチラッとフェントニ王を睨み、フェントニ王は慌てて頷く。
「じゃあ、これからはだらけないで、ちゃんと王様の仕事をする?」
 小悪魔が再び問いかけた。
 双子の王は豆つぶのような目をぎゅっとつむり、何度も何度も首を縦に振る。
「ちゃんと使用人や国民を大事にする王様になる?」
 ファンティニ王が頷く。
「牢に閉じ込めた人たちを解放して、ごめんなさいって謝る?」
 フェントニ王も頷く。
「じゃあ、いいよ」
 小悪魔はニッコリと笑い、ようやく大鎌を二人から離した。
 そしてそれを肩に担ぎ、今度は自身の指で改心した双子の王を指す。
「約束破ったら、今度は本当に魂を狩っちゃうから。いいね」
 小悪魔の最後の台詞に、双子の王は再びしっかりと抱き合った。
 何をしても不恰好なまん丸の王様たちに苦笑いし、ロビンは城の出口へ向かって飛んでいく。
「城の片付けを王様たちにやらせるっていうのも、いい手かもね」
 今に次のいたずらを思いつきそうなロビンの頭を、ミス・ロビンが片翼でピシャリと叩いた。
「元通りに直してあげなさいよ! さすがにちょっと、かわいそうだもの」
 そして城の外に出ると、ミス・ロビンは悪魔の翼からコウモリの姿へ、オスカーは鎌からほうきへ、ロビンは小悪魔から魔法使いの姿に戻った。
 ロビンは城の周囲に描いた魔法陣の上へ飛び降り、ヘキサグラムを足で消す。
 すると、斜めに傾いていた城が、ドスンと鈍い音をたてて元の位置へ戻った。
 城の中ではまだ勝手に物が飛び交っていたが、ちゃんと自分の定位置を探して正しい場所へ戻っているようだ。
「さ、おしまい。見つかる前に、行こうか」
 ロビンは軽く手を叩き、薄い砂煙をあげる城に背を向ける。
 そして意気揚々とオスカーにまたがったが、オスカーはここぞとばかりに抵抗し、ロビンを振り落とした。
「ぼうや!」
 その時、地面に転がったロビンを、ヨランドの声が呼び止めた。
 待ってくれ! 息切れをしていない声が聞こえたため、ロビンは慌てて右目を押さえ、小走りで駆け寄ってくる老人に振り向く。
 ヨランドは足を止め、しわの寄った額に汗を流しながら、ロビンの手をしっかりと握った。
「ありがとう、小さな魔法使い」
 ヨランドは息をきらせながら、嬉しそうに微笑んだ。
 ロビンも笑顔を返し、ミス・ロビンの差し出した眼帯を結ぶ。
「どういたしまして。外には出られた?」
「あぁ、確かに、魔法は解けていたよ。本当に……本当にありがとう」
 骨ばった手が再びロビンの手を握り、家老は何度も何度もロビンに頭を下げた。
 ロビンは照れくさそうに首を振り、「顔を上げて」とヨランドの肩を叩く。
「ワガママはすぐには直らないかもしれないけど、これからも双子の王様をよろしくね。国民を思う立派な王様になれるように……それに、魔法使いの誤解も解いて欲しいし」
「もちろん、私もまだまだ隠居するつもりはないよ。長年の甘えの償いに、せめてこの命尽きるまで、精一杯この国に貢献すると誓いましょう」
 胸にこぶしを当て、そう宣言した家老ヨランドは、出会ったときよりもずっと若々しく、生き生きと輝いて見えた。
 ロビンは頷き、再びオスカーを握りしめる。
「それじゃあ、僕、行きます」
「あぁ、本当にありがとう。そうそう、これは君のものだろう? それと少ないがこれを、せめてもの礼に」
 ヨランドはそう言って、取り上げられていたロビンの愛用のかばんと、抱えてきた白い布袋を広げて見せた。
 布袋の中は食料と衣服のようだ。朝からずっと何も食べていなかったロビンは、それを見てすぐに素直に腹を鳴らした。
 ロビンは贈り物を喜んで受け取り、礼を言うと、オスカーに跨って軽く地面を蹴った。
 散々なめにあった国から一刻も早く出たい気持ちはオスカーも同じらしく、荷物とロビンを乗せて、ふわりと宙に浮かび上がる。
 最後にもう一度、ロビンはヨランドを見下ろした。
「あのさ、メイファが魔法陣を敷いたあとに、この城に魔法使いが来なかった?」
「さぁ……魔法使いは、来ていないと思うが……。そういえば――確か旅人が一人、来ておったな」
「旅人?」
「若い男だった。そう……まるであの子の後を追うように来ては、あの子の魔法を見せて欲しいと言っておった。私は断ったはずだが……もしかしたら」
 まさか、とロビンを見上げるヨランドに、ロビンは小さく頷いた。
 間違いない――メイファがこんな魔法、かけるはずないんだ。
 きっとその旅人だ。暗黒魔法を使って、メイファの魔法陣をいじって効果を反転させたんだ。
 だけど、なぜそんなことを――? メイファに何か、恨みでもあったのだろうか……。
「その人、どこへ行ったの?」
「さぁ、それは……」
 ロビンの問いに、ヨランドは申し訳ない、と首を振る。
 ロビンは短くため息を零し、首を横に振ると、さらに空高く飛び上がった。
「ありがとう、おじさん。元気でね」
「君も、どうか元気で。良い旅を」
 骨ばった手を精一杯振るヨランドの姿が、小さくなっていく。
 白髪頭が豆粒になり、そして元通りの城の中へ入っていくのを見届け、ロビンはまっすぐ前へ向き直った。
 一面に広がる、雲ひとつない青空が、ロビンの再出発を見守っている。
 ロビンは澄んだ空気をすっと吸い込み、これから始まる旅の先を見つめた。
「行こうか」
 ロビンの呟きに、ミス・ロビンがくるりと回る。
 ロビンはしっかりとオスカーの柄を握り、再び進みだした。

 澄んだ青空の中へ――新米魔法使いロビンの旅は、まだまだ始まったばかり。




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