第十四話 解除魔法
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 メイファの魔法陣は、やはり城全体を取り囲んでいた。
 しかも厄介なことに、城の模様替えや改装でばかでかい家具が魔法陣を踏み潰していたり、広間をなんとなく彩るあまり意味のない絨毯に隠されていたりと、隅々まで細工がないかを確認するのは、ロビンの大嫌いなかなりの根気と努力が必要だった。
 中腰の姿勢のまま、細くなったり太くなったり、時には思いもよらぬ方向に呪文が続いていたりする魔法陣を追って城を横切り続け、ついには城の反対側へとたどり着く。
 ありとあらゆる魔除けの文句を書き連ねた一文を指差し確認しながら、ロビンは飛んだ文章を探してうつむいていた顔を上げた。
 コン、と床に石ころが落ちる。目の前に現れた絵と壁をぶち抜いた大穴に、ロビンは大きく息を呑んだ。
「何これぇ!?」
 ロビンが思わずあげた声が、城の中へわんわんと響き渡った。
 後ろから追っていたミス・ロビンが、ロビンの絶叫にひっくり返りながら羽ばたいてくる。
 ロビンがミス・ロビンと並んで見つめているのは、明らかに先ほど自分のあけた大穴。
 しかし、二人はまだ城を一周していないのだ。つまり、なぜだか逆方向の同じ絵にも、同じ穴が開いてしまっている。
「一周してないよね? ねえ」
 ロビンはミス・ロビンに問いながら、向こうの壁まで直結している背後を振り返った。
 やっぱり、向こうにも穴が開いている。こっちにまで開けたつもりなんてないのに!
「魔法でしょ。さっきヨランドが言っていたじゃない。双子の王様のために、メイファが左右まったく同じようにする魔法をかけたって」
「何それ! 面倒くさい!」
 思わずそう嘆いたロビンを、ミス・ロビンが引っ叩いていった。
「その面倒くさいことをなんとかしないと、ここから出られないの!」
「で……でも、それじゃあ魔法陣が狂っちゃうはずだよ。前後左右対象の魔法陣なんてないんだよ? 僕、習ったことも見たこともないし……なのに、なんで魔法がかかっちゃってるわけ?」
「わからないわ。メイファがすごいんじゃないの?」
 けろりとそう言うミス・ロビンに、ロビンは頬を膨らませた。
 メイファの魔法がすごいのは、弟子の僕だからこそよくわかってる。でも、本当にそんな魔法陣存在しないんだ。
 ロビンは引きずって歩いていたオスカーを肩に担ぎ、念のためぶちあけた穴の中へ足を進めた。
「あれ?」
 その途端、ロビンはある変化に気付いた。メイファの魔法の要、八芒星(オクタグラム)がこちらにはない。
 ロビンは再び入り口で突っかかったオスカーを投げ、這いつくばるようにオクタグラムのあるべき場所を調べた。
 ほこりを払っても、魔法反応はない。それどころか、この部屋には魔法の気配さえ感じない。
 むしろ、とても冷たい何かに、睨まれているような……――。
「ねぇ……ミス・ロビン。ここもメイファの匂いがする?」
「匂い? そうね、言われてみれば、その部屋の中からはしないわ」
「逃げて!」
 ミス・ロビンが答えたとたん、ロビンは振り返って小部屋の外へ飛び出した。
 その時、まだ部屋の中に残っていたロビンの片足を、明らかに人の手と思われる黒い影が掴んできた。
 ぐんっと片足を引っ張られ、ロビンは床に叩きつけられる。まるで影から生まれたような黒い手が、ロビンの足首をぎりぎりと締めつけていた。
 すぐにミス・ロビンが悲鳴をあげ、ロビンの足首を掴む影めがけて体当たりしようと飛び込んでくる。
「触らないで!」
 しかしロビンがとっさにミス・ロビンを払い退け、床へ素早く魔法陣を描いた。
 そして赤く光る魔法陣に手を突っ込み、足首を掴む手を叩き落とした。
 まるで怒ったネズミのような音を出し、魔法の手はやけどしたように跳ね上がる。
 ロビンは素早く足を引き、すごすごと戻っていく黒い手を見送った。
「今の、何!」
「罠だよ、黒魔術だ」
 突然の恐怖にパニックするミス・ロビンに、ロビンは冷静に説明した。
 しかし、さすがに今のはびっくりした。ヒリヒリしたやけどのような感覚に、ロビンがブーツを脱ぐと、足首が掻き毟ったように真っ赤になっていた。
「やっぱり誰か入ったんだ……誰かがここでメイファの魔法をいじったんだよ」
「今の、魔法? じゃあ、ロビン勝てるの?」
「そう簡単にはいかないさ。メイファの魔法を書き換えるほどの魔法だよ。多分……暗黒魔法だ」
 ロビンの口から出てきた言葉に、ミス・ロビンが小さく悲鳴をあげた。
 ロビンは腫れた足首をつつき、顔を顰める。
「この国に怨みがあったのか……それとも、メイファ自身と何かかかわっているのか」
「そんなのほっときましょうよ!」
「じゃあ城から出られないよ? 何とかするしかないさ」
 ロビンは痛む足になんとか力を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
 決意に満ちた険しい横顔には、もはや魔の森で師匠に怒られてぴーぴー泣いていた面影はない。旅に出て早々、何だか格段に頼もしくなった相棒の姿に、さすがにミス・ロビンも唖然と黙り込む。
 しかし、それもつかの間。また少しロビンを見直したミス・ロビンの目の前で、ロビンはものの見事にずっこけた。
 ピカピカの床に頭蓋骨が激突する音に、ミス・ロビンが慌てて飛び寄る。
「僕だってもうやだよぉ!」
 ロビンは額を赤くしながら、ようやく泣き言を言った。

  *

 ロビンは暗黒魔法陣から十分に距離を取り、ぶち抜いた大穴をじっと睨みつけていた。
 どうやら不用意に壁に穴を開けてしまったせいでひとつの封印がとけてしまったらしく、暗黒魔法陣からはいくつもの黒い手がヘビのように伸びては、ロビンが逆方向の穴の前で書いた変身魔法陣をつついている。
 逆方向にコピーされても魔力を失わないロビンの魔法陣は、強い暗黒魔法陣にいとも簡単に力を貸してしまい、黒い手は次々小さなハンマーに姿を変えていく。
 何だかからかわれているように思え、ロビンは両頬を膨らませていた。
「もうやだ。もう帰る」
「それ、もう十回も聞いたわ。今ので十一回」
 ミス・ロビンがロビンの膝の上で、うんざりとため息を零す。
 ロビンが腕を組んで考え始めてから、もう二十分は経過した。ミス・ロビンはそろそろ逆さになりたいと思い始める頃だろう。
「魔法陣を傷つければ力は消えるんでしょう? じゃあ、ちょこっと傷つけちゃいましょうよ」
「だから、中に入って魔法陣を消しちゃいたいんだけど、中に入ると暗黒魔法の中に取り込まれちゃうの。あっちもある程度は穴から出て来れるみたいだし、なんとか外から削る方法を考えなくっちゃいけないんだけど……あーっ、もう! うるさいな!」
 ハンマーに姿を変えて床を叩き回る暗黒魔法陣に、ロビンはついにオスカーを振り下ろした。
 大きなオスカーに叩きつけられ、暗黒魔法はまたネズミのような声をあげて黒い手を引っ込める。
 オスカーは必死に先っぽを丸め、暗黒魔法から逃げようとした。
 ロビンは顔を顰めたまま、音楽家のロールかつらのようになってしまったオスカーを引き上げる。
「ちょっと黙っててよ」
 ロビンは吐き捨て、丸まったオスカーの先を伸ばした。
 その時、ロビンは気づいた。オスカーもまともに暗黒魔法に触れたのに、やけどどころか、傷ひとつついていない。
 これだ!
「やった! 解除できるよ、ミス・ロビン!」
 ロビンはオスカーを掲げ、跳ねるように立ち上がった。
「本当!?」
 ミス・ロビンがロビンの膝から転げ落ち、ひらりと宙へ飛び立つ。
 ロビンは頭上を飛ぶミス・ロビンに向かって、丸まったオスカーの先を向けた。
「これ! オスカーだよ! オスカーはメイファが作ったものだから、メイファの魔力が詰まってるんだ。きっとこれに僕の魔法を合わせれば、暗黒魔法を傷つけるぐらいできるよ!」
 色の違う両の目を輝かせるロビンに、ミス・ロビンは少し不安そうに首を傾げた。
「オスカー、嫌がってない?」
「ないない。大丈夫、大丈夫」
 とんでもない提案に柄をばたつかせる抵抗をよそに、ロビンはオスカーを床に押し付けた。
 くるりと柄を回すと、ちょうど封印の札が貼られていた場所に、メイファのオクタグラムの印があった。
 ロビンは暴れるオスカーをなんとか押さえ付けながら、メイファのオクタグラムの下に、ロビンの使う六芒星(ヘキサグラム)を刻んだ。
 星は魔法使いが使う一番簡単な魔法陣のひとつで、また魔法使いのレベルを表している。
 一般的に角があればあるほど上級の魔法使いとされるが、メイファ曰く、「ようは魔力がちゃんと伝わって、魔法が発動すれば何だっていい。丸になるほど角があっても、かっこ悪いでしょ」とのことだった。
 バランスの取りにくい丸い柄に、不恰好な星を刻まれ、オスカーは不機嫌そうにロビンの手から飛び立った。
 逃げようとひとりでに浮かんだオスカーを捕まえ、ロビンはオスカーの柄を地面に向ける。
「さあ、大役に変身だよ」
「何に変身させるの? 遠くのものを傷つけるから……槍とか、火かき棒?」
「もっとカッコいいのがいいよ。ほら、せっかくの旅のはじめなんだから……こう、カッコいいの」
 ロビンは足元に書いた魔法陣に力を送りながら、目を閉じて変身後のオスカーの姿を想像した。
 ブツブツと何度も独り言を言った後、ようやくロビンは「これだ!」とオスカーを魔法陣の中心に突き立てた。
 パン! 弾けるような音と、一瞬の光の後に、オスカーの姿が剣に変わった。
 子供の好きな冒険話の中に出てくる、勇者の振るう幅広の剣によく似た剣だった。もっとも、ロビンは実物どころか絵すら見たこともないので、有り余る想像力をふんだんにつぎ込んだ空想物にすぎない。
 ほうきから身の丈ほどの大剣に変わる重さは半端ではなく、ロビンは思わずよろけたが、倒れることなくなんとか踏みとどまる。
「うーん……魔力を送りすぎたかな。こんなに重たくなるなんて」
「必要以上のものを作りたがるのは、ロビンの悪い癖ね」
 ミス・ロビンが大剣の周りをくるりと回り、変身残りがないかを確かめた。
「うん、大丈夫よ」
「じゃあ、やるからね」
 ロビンは意気込み、ぎゅっと黄金の柄を握り締めた。
 すると、徐々に剣先に魔法の力が集まり、ほのかに光りだす。
 解除魔法反応に気づいたのか、暗黒魔法陣は慌てて黒い手をばたつかせ始めた。
「ちょっと待って、これって突き刺すの? 振り下ろすの?」
「どっちでもいいわよ! 早く退治して!」
 ミス・ロビンの金切り声と共に、ロビンは思い切って大剣を振り下ろした。
 大剣は残っていた絵画と壁を巻き込み、暗黒魔法陣の上にドスンと重い音をたてて落ちる。
 すぐに城の下に敷かれた魔法陣へ、ロビンの大剣から解除魔法が送り込まれ、鈍く光りだした。
 微弱な光でも、どうやら暗黒魔法には効いているようだった。ピーピーと泣き声のような音を出しながら、いくつもの黒い手が苦しそうに床を跳ねる。
 しかし、暗黒魔法陣もそう簡単にはやられなかった。大剣に変わったオスカーを取り込もうとするかのように、ぐるぐる巻き付きながら、ロビンのほうへ向かってくる。
「ちょっ、ははは早く早く早く早く!」
 ロビンは慌ててオスカーをのこぎりのように動かし、必死に魔法陣を傷つけようとした。
 しかしゼリー状の黒い影に阻まれ、うまく傷つけられない。
 確実ににじり寄ってくる黒い手に、ミス・ロビンが取り乱し始めた。
 ロビンは必死に落ち着けと自分に言い聞かせ、剣の先端へ魔力を送り続ける。
 その時、ブチッと何かが切れるような感触がし、ついに剣先が硬い地面に突き刺さった。
 暗黒魔法の手がロビンに触れる、ほんの一歩手前だった。長年の巣だった魔法陣を傷つけられ、暗黒魔法は砕けた炭のようにボロボロと崩れていく。
 自ら青白い炎をあげ、焼けながら消えていく暗黒魔法を見下ろしながら、ロビンは徐々に恐怖に引きつった顔を緩めていった。
「やったわ!」
 ロビンより先に、ミス・ロビンが歓喜の声をあげた。
 くるくる回りながらミス・ロビンが目の前を横切ったところで、変身魔法が解け、オスカーが剣からほうきの姿へ戻っていく。
 ロビンはいくらか軽くなったオスカーを握り締め、歓声をあげることなく、初めて自分一人で暗黒魔法を打ち破ったという達成感に浸っていた。



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