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クリスティーネのおはなし 




「クリスティーネ!」
はっと目が覚めた時、クリスティーネはまだ夢の中にいた。
とても甘くて美味しいものを口いっぱいにほおばって、いい香りのするその幸せをじっくり噛みしめていたはずだった。
しかし、自分がはんでいたのは一本のわらだと気づき、クリスティーネは顔を顰めてわらを吐き出した。
クリスティーネが眠っていたのは、弟たちとつい最近作り上げたわらのベッドの上だった。知り合いから古いわらの束をもらい受け、それに使い古したシーツをかぶせただけのもの。
寝心地も使い勝手も良くないのに、なぜこんなものを作ったのかといえば、弟たちが童話の主人公が使っていたものを再現したいと言い出したことが始まりだった。
しかし、二、三日遊んだだけで弟たちはすっかり飽きてしまい、今となってはクリスティーネ専用の昼寝用ベッドとなっている。
やわらかなベッドの上から両腕を伸ばし、気だるそうに起き上がる。シーツの下から抜けだしたわらがクリスティーネの髪にからまり、鳥の巣のようなオブジェを作り出していた。
今、呼ばれた気がしたのは夢だろうか? 髪にささったわらを抜き取りながら、クリスティーネは鏡をめざして小屋の中を横切った。
ここはあくまでクリスティーネの“昼寝部屋”であり、馬屋かと言われれば否定はできない簡素な作りの小屋だった。
歪んだ板のあちこちから日の光が差し込み、どんなに修理しようと雨が降った日には本当に悲惨なことになる。
クリスティーネが小さな頃には、小さくて真っ白なお人形の家のようだと思ったものだが、もはやペンキの剥げた小屋にその面影はなく、小屋を取り囲む伸び放題の雑草に取り込まれるのもそう遅くはないだろうと諦めている。
わらのベッドの反対側にある鏡に向かう途中、クリスティーネは二つの人影の前を横切り、一度立ち止まって引き返した。
そこには二体のトルソーが立っていた。一般的な女性の体形を模したトルソーには、赤いギンガムチェックのワンピースが。隣に立つ子供用のトルソーには、大人用を縮小したようなおそろいの青のワンピースがかかっている。
子供用のほうは、もはや仕付け糸の抜糸を残した完成間近となっているが、大人用のワンピースには色形様々な布がまち針で取りつけられており、何やら迷っている様子がうかがえる。
ふんわりとしたシルエットを出すために腰に取り付けた布を、少し持ち上げて具合を見る。もっと布を足すべきだろうか。それとも、腰に大きなリボンを? しばし立ち止まったまま思考を巡らせたが、結局何もすることなくクリスティーネは鏡の前に向かった。
もとはといえば、ここはクリスティーネの母親のアトリエだった。もうずいぶん前に服を作るのをやめてしまっているが、当時は予約待ちが五年を超える、街でも指折りの人気作家だったという。
今では刺繍針さえ持たない母親に、なぜやめてしまったのかと問いかけたこともあった。しかし、帰ってくる返事はいつだって「大人の事情」とやらが絡んでくる。
クリスティーネは理解も納得もできぬまま母親のアトリエを受け継いだが、唯一受け継がれなかったのはその抜群のデザイン力だ。友達や知り合いはそんなことはないとクリスティーネを励ますが、やはり母親の作ったドレスはどれも一味違い、クリスティーネの作るものにはない輝きを持っている。
そうだ、ママの作ったドレスこそ、あの夢の中で味わった甘くていい香りのする砂糖菓子のようだった。
どんな女の子も童話のお姫様になれる不思議な力を持った服。身につけた誰もが笑顔になり、甘い甘い幸せの香りのする、女の子への最高のご褒美。
クリスティーネは鏡の前に立ち、髪を整えながら母親がドレスを作る姿を想像した。
あんなにも楽しそうだったのに。栗色の髪を子供のように嬉しそうに揺らしながら、この小さなアトリエでお姫様の服を作っていたママ。
「クリスティーネ! どこにいるの?」
その時、庭の方からクリスティーネを呼ぶ声がした。やっぱり夢じゃなかったんだ。
「はぁい! アトリエよ、ママ」
纏めた髪をピンで止めながら、クリスティーネは窓越しに返事をした。もとよりガラス窓のない木枠の向こうから、母親が声を聞いてこちらに駆けてくる。
「あぁ、やっぱりそっちに居たの? もうずいぶんと探していたのに……」
たった数十歩で歩き回れる庭で、どうして迷子になれるものか。
クリスティーネは小柄な母親に苦笑し、窓から身を乗り出した。
「何か用? 買い物なら、ドミニクかデニスに言って。まだコロナのドレスができていないの」
「パパがお弁当忘れていっちゃったのよ。学校が始まる前に、届けてくれないかしら」
そう言って差し出されたのは、何やら赤黒いしみのある布袋。ねっとりと両手に張り付くように垂れ下がった物体が、とても食べ物とは思えない異臭を放っている。
「ママ……あのね、昨日パパも言っていたけれど、たまには外食しないと、レーネのお家が商売あがったりよ。あ、でもママのお料理が嫌ってわけじゃないのよ。最近上達してきたし……」
「でしょ、そうでしょ? だからイザークに食べてもらいたいの! ふふ、見てクリスティーネ。今日はお庭でとれた野菜のサンドウィッチよ。これがアスパラのハチミツ漬けで、メインにはニンジンとジャガイモをスライスして入れてみたの。あと、これがちょっとわからなかったんだけど……カラシナに似ていたから、たぶん同じ味よねぇ」
嬉しそうに広げて見せた今日の作品は、やはり生ゴミのような異臭を放っていた。珍しくベーグルも自分で焼いてしまったらしい。黒コゲの輪っかが父親の頭の上に浮いている姿を想像してしまい、クリスティーネは身震いした。
パパの今後の人生のために――パパの教えている数学クラスの生徒のためにも、この愛妻弁当をどうにか処分しなければ。クリスティーネは作りかけの妹のワンピースを名残り惜しそうに振り返り、渋々配達の依頼を受けることにした。
「わかったわ、ママ。じゃあ学校まで届けてくるから、コロナのワンピース、仕上げだけでもしてくれない?」
「ふふ、その手には乗らないわ。クリスティーネ、あなたの作品よ。あの子、そのワンピース着て来週の発表会に出るの、すごく楽しみにしているんだからね。もちろん、あなたとおそろいで」
「ママ……」
「クリスティーネ。あなた子供服は作れるんだから、もう少し大きなサイズを作ることだって出来るはずよ? 自分の着る服を作ると思って、ね?」
簡単に言うけど……。クリスティーネはため息にその言葉を乗せ、少女のように微笑む母親をうらめしげに見つめた。
しかし伝説のデザイナー、エルザ=マリアはわざとらしくくるりとスカートをひるがえし、鼻歌交じりに母屋のほうへスキップしていく。
そしてその娘のクリスティーネ。料理を兵器に変える魔法の手を持つ尊敬すべきアーティストの後ろ姿を、朽ちかけたアトリエの中から複雑な思いで見送った。








エピローグ的な。物語の冒頭的な。意味不明ですよね。
妹がツイッターの「ドイツ名つけちったー診断」で、自分の名前をローマ字とか漢字表示とかいろいろ変えて何度も試み、ついに一家族作り上げたって話をツイッターでしたのですが。
その妹が昨日熱烈に語っていた妄想の内容を、うろ覚えで文章にしてみました。
こうだったよね? 長女クリスティーネは栗毛の女の子で、ママのエルザマリアは昔超人気デザイナーだった。パパのイザークは数学者(か、学校の先生)で、長男ドミニク次男デニス、次女コロナで、ビンデバルト一家。
それに、昨日テレビでやってたハイジベッドとか妹の好きなギンガムチェックとか小物を組み込んでみた。

これだけのキャラクターを生む想像力があるのに、なぜ妹がモノ書きにならないのか不思議です。

***霞ひのゆ


[Photo Material:ミントBlue]


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