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ブリーズ・オブ・シネンシス 




 親愛なるアナ

 ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム好評だったよ!
 僕は今、海に囲まれた白亜の街に居るんだ。
 小さな島だが、世界一お茶の集まる島との噂どおり、この街は本当にお茶屋が多い。
 最近王女様のお輿入れがあったらしくてね、島のあちこちにお祝いムードが残っている。
 街並みも本当にきれいだ。
 アナ、新婚旅行はここにしよう!

 追伸:君好みのフレーバーティー見つけたから送るよ
 追伸:勝手に持ってってゴメンね


「あの……馬鹿――――ッ!!」

 屋根を吹き飛ばしそうな怒号が、昼下がりのカメリア家へ響き渡る。
 作業台の上でせっせと手仕事をしていたヴェラは、繕いものを投げて飛び上がった。
 あの沈着冷静なアナが怒鳴った。これは只事ではないと、作業場と隣り合う店舗へ飛び込んでいく。
 するとヴェラが到着するより先に、髪をかきむしったアナが息荒く作業場に入って来た。
 その手には、先ほどポストに落ちたばかりの、一通の手紙が握られている。

「アナ! 一体どうしちゃったの?」

 顔にまとわりつくヴェラを申し訳なさそうに見て、アナは無言のまま商品を置くチェストへ向かった。
 引き出しのひとつを開け、重いため息を落とす。ヴェラが後ろから覗きこむと、中は空っぽだった。

「ヴェラ……本当にごめんなさい。あなたの茶葉、全部持ってかれちゃったわ……」
「え!? ど、どうしてっ?」
「私がわかりやすい所に入れておいたのがいけなかったのよ。そろそろあいつが戻ってくる頃だって、わかっていたはずなのに……」

 アナらしくもなく、憔悴しきった様子でチェストに寄りかかり、怒号の原因を改めて見下ろした。
 親愛なるアナ、なんてありきたりな挨拶から始まり、言うべきことを最後に持ってくる常識外れの手紙を、ヴェラも上から下まで大きく首を振って眺める。

「“愛を込めて、ライナス”……彼、もしかしてアナのフィアンセ?」
「違うわよ……ただの幼なじみ。お隣のシネンシス茶園の次男坊でね、何年か前に私のお茶を持ってふらっと放浪に出たきり、まともに帰ってこないの。結婚だのなんだのって文句は、昔からあいつが使うご機嫌取りよ。男って、本当にもう……!」

 まだ頭に血がのぼっているのだろう。勢い任せに手紙を引き破ろうとして、ヴェラが慌てて止めに入った。

「でも、アナ。ここにはわたしのお茶、好評だったって書いてあるわ!」
「だって、あれは今日のお茶会で皆に配るんだって、あなたが楽しみにしていたものじゃない。今から作り直すにしても、もう材料が残っていないし……」
「ううん、いいのよ! 今日だって最初のお茶会で、皆がおいしいって言ってくれたから、配ろうと思ったんだもん。こんなおいしいお茶、妖精だけの楽しみにしとくのもったいないわ。アナの作った私のお茶が、海を飛び越えていったのよ! これってすごいことだわ!」

 ヴェラは興奮に肩をはずませ、色粉をまいて飛びあがった。
 ぱっと輝く満面の笑みに、沸騰していたアナの頭もゆるやかに熱を冷ましていく。

「そう……ね。本人がそう言うなら、罪を咎めることもできないか」
「うん! だからアナ、今度許婚の彼が帰ってきたら、わたしのこと紹介して」
「許婚じゃないってば」

 ライナスから送られてきた小包には、いくつかの陶器や缶入りの紅茶と、輿入れした王女様や白亜の街を描いた絵手紙。ほのかな潮の香りと共に、彼が廻ったのであろう、美術館や博物館のパンフレットも入っていた。

「ほらアナ、見て。きれいな王女様」
「あ、N&Sの限定品……こっちのもいいデザインね。エミリーの音色……これも素敵な名前……」

 結局、今日のお茶会には、ヴェラのお茶と引き換えにやってきた、お茶都市土産の紅茶を出すことにした。
 何を話そうかと絵手紙を見ながら話し合い、どれがあらかじめ作っておいた茶菓子と合うかと、数個のお茶を試飲する。
 海の向こうから来たお茶は、ヴェラも知らない、さわやかな風の匂いがした。

 開け放たれた仕事場の窓から、きまぐれな風が花びらをのせてふわりと舞い込んでくる。
 裏山に広がる青々とした茶畑を眺め、カップを傾けながら、アナはふっと目を細めた。

「ねえ、アナ。今アナが考えていること、当ててあげよっか」
「なあに?」
「“こんな美味しいお茶が飲めるなら、新婚旅行も悪くないなぁーっ”」
「ふふっ……バレたか」
〜fin〜





あとがき

アナにはちょっとダメな幼なじみが居る、というのは、部誌1を終えた後から考えていたネタでした。
そして部誌2の「お茶都市物語」を読み終えた後、あっ、これだー。と思い立ち、書いたのが以上の超短編であります(笑)
タイトルは「シネンシスの風」いつかアナがライナスのためにお茶を作ったら、のイメージからつけました。
裏設定としてはアナの父親が亡くなった時からライナスはアナのお茶を持って放浪の旅を始め、カメリア茶園の名をひっそりと世界に広めている、という。
(シネンシス家はライナスの兄が継いでいるので大丈夫)
ライナスの「結婚しよう」はわりと本気なのではとアナも気付いているでしょうが、彼が満足して地元に帰ってくるまで、どうこうなることはないでしょうね。
あとがきに本編より力を入れてるってどういうことだ(笑)
ほぼライナスが出したいがためのお話でした。

作中に出てくるN&Sの紅茶やエミリーの音色については、ぜひ
創作クラスタお茶部・お茶都市物語」をご覧ください。

***霞ひのゆ


[Photo Material:ミントBlue]


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