ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム ∵
「アナ」
「ん?」
「ありがとう……」
「いいえ。こちらこそ、いつもありがとね」
アナの指先がくしゃくしゃの髪を撫でる。その途端、堪えていたものが一気にふき出した。
真っ赤な頬に涙があふれ、ヴェラはわぁわぁ声をあげて遠慮なく泣き始めた。
アナに身の丈もあるハンカチを押しつけられ、ヴェラはそれを抱いてひとしきり泣いた後、何度も何度も鼻をかんで、ようやく落ち着きを取り戻した。
「アナ……アナ、あのね。わたし、そのお茶飲んでみてもいい?」
「当り前でしょ、あなたのお茶だもの。ほら、もう一度鼻かんで、いい子にそこに座ってなさい」
今ばっかりは「赤ちゃん扱いするな」とも言わず、ヴェラは大人しくその場に座り、ハンカチでぐしぐしと鼻をかんだ。
その間に、アナはヴェラ専用のカップを取ってきて、抽出されたお茶を零さないよう、そっとピッチャーに注ぎ入れる。
ポットを傾けた瞬間、いっそう香りが強く立ち、涙でぼやけたヴェラの目の前に、あの日のバラ園の様子が甦った。
自分のためお茶が、ヴェラの前に差し出される。
ヴェラというお茶は、先ほどのディンブラ茶より少し濃い、綺麗な紅い色をしていた。
「いただきます……」
熱いカップにそっと顔を寄せ、ふうふうと冷まして、ゆっくりと口に含む。
飲み込むと、華やかな香りが鼻を抜け、温もりがお腹に広がった。
「おいしい……」
自然と口から零れた言葉に、アナはほっと息をついた。
ヴェラの視線が、紅茶に映る自分から、ポットに残ったお茶へと移動する。
先ほどより、ほんの少し濃くなった水色の中。開いた茶葉と、ヴェラに良く似たピンクの花びら。そして黄色や白といった控えめな花の花びらたちも、一緒になってふわふわと舞っている。
それはまるで、小さな小さな妖精たちが、楽しげに舞い踊る笑い声が聞こえてくるようだった。
アナの願いが、伝えたかった言葉が、おそらく届いているのだろう。
アナはその場にそっと屈み、ヴェラと共にポットを覗き込む。
「ねぇ、ヴェラ。もし、本当に私に心を読む力があるのなら、私はヴェラの心をこう表したのよ……違う?」
アナの囁きに、ヴェラは一瞬眉をしかめたが、すぐに首を横に振った。
このままずっと、アナとグレイスと暮らしていきたいという気持ちは、本物だ。
それでも、生まれの同じ妖精たちと、もう一度笑い合いたい気持ちだって――本物だ。
「……アナはやっぱり、魔女だったんだわ」
「じゃあ、ヴェラ。私が魔女だとしたら、今度妖精の友達を連れて来てくれる?」
唐突な問いかけに、ヴェラはびっくりして振り返った。
自分の顔ほどもあるアナの大きな目が、驚いたヴェラを見てニヤッと微笑む。
「だ……だって、アナは魔女じゃないもん。人間は怖いものだって、みんな言ってるから……」
「そうね、私は魔女じゃない。でも、妖精を売ったりする怖い人間でもないはずよ。だからあなたが行って、伝えて欲しい。“アナ・カメリアは魔女ではないけれど、妖精とお茶をしたがるおかしな人間だ”って」
「で……でも、でもね。みんな、わたしの話、きいてくれないかも……」
「あら、少なくとも私の知ってる妖精は、“甘いお菓子”の話をすると、とたんに目を輝かせて飛びついてくるような子ばかりだけれど?」
わたしひとりしか知らないくせに! そう言いたげにぷうっと頬を膨らませたヴェラに、アナはくすくすと笑った。
そして腰をあげ、小さなメモ用紙にさらさらとペンを走らせていく。
「本当はね、私だってあなたと離れるのは寂しい。でも、妖精たちと仲直りもしてほしいの。だから、ヴェラ。あなたがここでお茶会を開くのよ。“ヴェラ”というお茶の発表会。“――甘いお菓子を、たくさん用意してお待ちしています。とびきりの紅茶を添えて――”」
出来あがった小さなチラシは、虫めがねが必要なほど小さな文字で、明らかに“妖精向け”だと一目でわかる。
ヴェラは渋い顔をしてチラシを見つめていたが、残ったお茶をぐいっと飲み干し、仕事の前のアナのように、ぱちんと両ほほを叩いて立ち上がった。
「アナ、これも書いておいて。“とびきりのおしゃれをしてお越しください。わたしも素敵なドレスでお迎えします!”」
「あらあら。今のままじゃ、三年かかってもお茶会は無理ね」
「う、わ、わかってるよ――っ!」
すっきりと晴れ渡ったある日の午後。
カメリア茶園のバラ園で、小さな妖精がひっそりとお茶会を開くという。
大きな犬が居るから注意――……妖精の国にそういった噂が流れるのは、もう少しだけ、後のこと。
ロゼ・ヴェラフィレア・パフューム「アナ。そのときは、グレイスを外につないでくれる?」
「そうね。でもあなたからちゃんとお願いすれば、あの子も友達を食べたりしないわよ」
〜fin〜
■あとがき
どもどもー(´∀`*)霞ひのゆでございます〜♪
お久しぶりの新キャラクター書き下ろし短編!
この作品は、Twitter上のお茶好きが集まる部活「創作クラスタお茶部」の部誌に提出するために出来上がったお話でした(*´艸`)
色×お茶というテーマの部誌の中で、私が担当したのは赤に近いピンク。
その色をじっと見つめているうちに、ひょっこり生まれたのがヴェラでした(笑)
派手な髪色、そしてドジな性格のおかげで、妖精に爪弾きにされていたヴェラ。
うっかり迷い込んだカメリア茶園のバラ園で、アナ・カメリアに出会いました。
犬のグレイスも含め、登場人物が全員女の子というのは、霞ひのゆ作品史上かつてない試みでございまして(笑)
でも、しっかり者で料理上手なアナのおかげで、なんともガールズ仕様な小説に仕上がったと思います(´∀`*)
できればもう少しコンパクトに収めたかったけれど、タルトは、タルトのシーンだけは、入れたかったの…(笑)
ロゼ・V・パフュームも掲載されている創作クラスタお茶部部誌、
「
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色とりどり、個性豊かなお茶のお話が盛りだくさんの13編!
閲覧は無料ですので、どうぞご覧くださいませませ(*^^*)
***霞ひのゆ
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